立ち直ったと思ったら、またまた…
イタリアまで…
はい、素直にお弁当の話題に。
朝の情報番組で映え弁当の詰め方をやってたけど、
私のはそれほどでもないや![]()
ただ、そんなつもりはなかったのに
気がつけば
ま ご わ(は) や さ し い
に近いおかずが入っていた。
これは母のお弁当の再現がベース。
お弁当箱はOL時代に使っていた1つ。
母のおかずの多くは
ササミの塩焼き、ピーマンの塩炒め、
ゆで卵(又は玉子焼き)の3つ。
ちなみに
母はササミのスジを取らないで焼いていたので
食べる時に端っこの硬い部分だけ残していた。
もしかしたら、そのまま食べちゃってる時もあったかも?w
それにプラスして
ミニトマトの塩昆布和えはゴマ油を少し
大豆煮(昆布、ひじき、干し椎茸、人参、切り干し大根)
小松菜の芥子漬け
ご飯には刻み海苔と白ゴマ、自家製梅干し
ゆで卵にはマヨネーズとフライドオニオン
ま…煮豆
ご…白ゴマ
は(わ)…ワカメ、昆布、海苔等の海草類
や…トマト、ピーマン、漬物
さ…魚…入ってな~い
し…干し椎茸
い…芋類
「さ」と「い」以外はクリアしたかな?
毎回入れられるワケじゃないもんね。
だって子供のお弁当は週5だもの、
お母さんは大変だよね。
高校3年間、母は自分の分と2つ
お弁当を作ってくれてたわけだけど、
幼稚園と小学生の低学年の時も時々お弁当だった。
水曜と土曜が給食のない幼稚園時代や休みの日、
目が覚めると母はすでに仕事に行っていて
枕元にお弁当が置いてあった。
あの時代は当然レンジなんてものはなく、
冷たいのが当たり前だった。
だからかな?
自分で作ったお弁当は温めない。
お店のお弁当もレンチンしない事もある。
私の中では、お弁当は冷たいものなのだ。
そしてアルマイトに入ったお弁当を
一人で食べていたあの頃を思い出す。
時々、近所の老夫婦の家で食べたりもしたけどね。

