ドライブ・マイ・カー |
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Drive My Car |
監督 |
濱口竜介 |
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脚本 | 濱口竜介 大江崇允 |
原作 | 村上春樹「ドライブ・マイ・カー」など (『女のいない男たち』 文藝春秋刊収録) |
製作 | 中西一雄 山本晃久 |
出演者 | 西島秀俊 三浦透子 霧島れいか 岡田将生 |
製作会社 | 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会 |
配給 | ビターズ・エンド |
公開 | 2021年8月20日 |
上映時間 | 179分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 英語 韓国語 北京語 ドイツ語 |
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すごくすごく、コミュニケーションの話。
自身と、相手と、相手の心のどこかと、過去と、自分の知らない自身と、
日常と、精神世界と、もう、全て。
直接的であれ、潜在的であれ、
そして、そう、
人間てさ
傷つくんだよね。深く ほんとうに。
ラストについて、色々考察されているようで、いくつか読んだけど、
私にとってしっくりくるものもこないものもあって、
「いろんな解釈があっていい」と言ってるのもあったけど、
監督的にはしっかりと意味を作って撮ってるんじゃないかな。
「Drive my car」のタイトルが、このラストを想うと
ああ、みさきがある意味ほんとのというか裏の、主人公なのかなと思いました。
人生に翻弄されて形成されたみさき、母親への恨みや罪悪感や愛やらの呪縛から、
自身の人生を生きる(まだ20代だものね)ことのスタートの希望。
北海道で家福に「ただ、そう人だったんじゃないですか」とつぶやくように出た言葉、
その、諦念からの悟りを体得しているかのようなみさきもこれまで言語化できていなかった、
「母はただ、そういう人だった」というそれ以上でもそれ以下でもないこと。期待もなく、愛がないとかでもなく、ただそういう人だった て。
母からの理不尽な扱われ方も、辛い生活を送る母や自分への悲しさも、
絶望も罪悪も、時々現れる母の屈託のない少女「さち」も、
自分の過去も未来も まるっと引き受けて
「ただ、そういう人だった ただ、そういうことだった」
て、
花を撒き、タバコを植えて、
人生への自立をスタートする。
人の運転の代行ではなくて、自分の車、「私、この車好きです」の車を運転していく。
そして家福は、
「その時ちゃんと傷つくべきだった」
と、わかって
みて 悔いて 溶けた涙を流して
受け入れて でも喪失の現実で
かなしくて わからなくて でも知って
再生 を、する。
それでも、生きていく。
自身の傷と、自分と、生きていく。愛した音も、知っていく。
過去のしがらみと習わしと想いのつまった車を、みさきへと手放す。
たのではないかな、とね。
岡田将生がすごい。
空気感からもう、高槻に乗り移ってる。
力強い生命力を持った闇のようなもの、不安定さや欲の光がすごい。
西島秀俊の滲む格好良さもずっと見ていられて染み入るし
霧島れいかってアラフィフなの?!水泳が趣味ってボディ美しい説得力よ、自慰行為のようなセックスも
三浦透子もすごい、心のどこから出てくる声なのだろうと演技なのだろう、佇まいも無二な感じ
そして手話役のパク・ユリムは表情・空気感・細やかな仕草、全て素晴らしい、
こういう方々がいるんだもん、
俳優って、かなわないよなあ、、
あとあと、
ジンデヨンさんの眉毛!もうそれだけでイイ人感とか、この作品に人生の優しさのようなものを体現してくれてて(もう、顔だけで!)
あと、私的には日本人参加者の一人の松田弘子さんて方、青年団の方なのかな、すごく良かった。
音楽もイイ仕事してる!石橋英子さん。
なんども反芻に耐えうる、奥行きと力のある美しい映画だった。
良かった、観て。