先日、ジャーナリスト・門田隆将さんの著書

「狼の牙を折れ」を読了しました。



本年(2024年)1月末、1970年代の日本の新左翼過激派集団である「東アジア反日武装戦線」のメンバーだった、桐島聡容疑者発見のニュースがあり、先月の21日に、フジTV系の「奇跡体験・アンビリーバボー」で、このノンフィクションを映像化して放送していたので、読んでみたくなりました。



本書は、昭和49年8月30日(1974年)に起きた「三菱重工ビル爆破事件」のノンフィクション。


「狂気の犯罪」に、警視庁公安部はどう立ち向かったのか?



この書の白眉だと思う点は、捜査に当たった、警視庁公安部の刑事等、事件関係者への丹念なインタビューにより、昭和50年(1975年)5月19日の犯人逮捕に至るまでの経緯が、捜査官を含め、全て、実名で詳細に述べられている点です。


更には、捜査の指揮を執った、土田國保警視総監の日記も初公開されています。


犯人グループに迫る、警視庁公安部の捜査の様子が、まるで、現場に居るかのようには詳しく書かれていました。



事件発生当時の首相は田中角栄、田中角栄は、この年12月に退陣し、三木武夫内閣が誕生。


三菱重工ビル爆破事件は、ダイナマイト700本分もの爆薬が使われ、死者8名、重軽傷者385名の惨事となった事件。


犯行声明を出したのは「東アジア反日武装戦線 狼」と名乗るグループで、以後、逮捕に至るまで、幾度となく、連続企業爆破事件を起こす事になります。



被疑者逮捕時の警視総監は、土田國保氏。


警視庁警務部長の任に着いていた、1971年12月同期からの贈答品を偽装した郵便爆弾により、夫人の民子さんが爆殺されています。


民子夫人の実父である野口氏は、「民子は苦しみましたか? そうでしたか、それならよかった。数万の職員に代わって逝った事だろうから、民子も悔いてはいないだろう。」と述べられたと記録されてます。


土田氏は、この時の記者会見で、このように述べている。「犯人に私は呼びかけたい、君らは卑怯だ! 自分の犯した重大な結果について、自ら進んで責任を負う事は出来ないだろう、しかし、少なくとも一片の良心があるならば、このような凶行は今回限りでやめてもらいたい、そして、私の家内の死が、善良な何の関係も無い都民、あるいは警視庁の第一線で働いている、交番の巡査諸君や機動隊の諸君や家族の身代わりになってくれたのだというような結果が、ここで生まれるならば私は満足いたします。以上です」と述べられています。


深い悲しみと怒りを胸中に留めての2人の言葉であったのだろうと察します。


捜査は、スクープを狙い、捜査関係者に夜討ち朝駆けを掛ける報道陣とのせめぎ合いでもあったようです。


情報管理を尽くしても、どこからか捜査情報は、洩れるのでしょう、逮捕決行日を5月19日と決めた、その前夜5月18日の夜、被疑者逮捕の情報を掴んだ記者が土田警視総監宅を訪れます。


要件は、5月19日の朝刊に被疑者逮捕の記事を載せるという事。


土田警視総監は記者に「輪転機を止めてください! 危険です、犯人達は既に、次の爆弾を持っている、もし、気づかれたら、捜査官だけでなく、一般市民にも被害が及ぶ可能性がある」と記者に懇願します。


「人命を脅かす危険性の回避」か?  それとも、スクープ報道」か?


新聞社上層部は「スクープ報道」を優先。


5月19日早朝、捜査官は、これから行う筈の逮捕を既に書かれている朝刊を目にします。


捜査幹部からの指示は「犯人が新聞記事を目にする前に逮捕せよ!」でした。


公安は7名の被疑者を逮捕。


その内の1名は所持していた青酸カリにより服毒自殺。



同年8月、マレーシアのアメリカ大使館とスウェーデン大使館を日本赤軍が占拠、彼らの要求により、日本政府は「連続企業爆破事件」の被疑者1名を釈放。


1977年、ダッカ事件(日航機乗っ取り)で、同じく2名を釈放。


これは、今から50年前に日本中を震撼させた事件でした。


当時は、僕自身は、4歳でしたので、もちろん記憶など無く、学校では教わらない日本の歴史の一幕。



本書を読み終えて、日本が「テロ発祥の地」といわれる所以が、少し分かる気がしました。


目的の為には無関係な人の命を奪うのは当然だという思想は、オウム事件にも繋がる怖さだと思いました。


しかも、何の反撃もせず、時の総理の三木さんと福田さんは「人命は地球より重い」と、日本赤軍側に何億ドルもの大金を支払い、テロリストである犯人達をみすみす逃がしたという罪は、やはり大きいと思いました。


しかも、死刑判決が下された爆破犯も、関与した犯人も含めて、全ての裁判が終了していないという理由で、未だに処刑されていません。


この点に関しましては、個人的には、法改正が必要だと思います。


地道な公安の実態が、門田さんの渾身のルポで良く理解出来るだけに、警察関係者の悔しさが激しく伝わって来る1冊です。