葉真中顕さんの著書「ロスト・ケア」を読了しました。
2023年の3月に、松山ケンイチさん、長澤まさみさん主演で映画化されたようです。
映画化された際に、小説では男性だった検事の大友秀樹が、女性検事の大友秀美に変更されています。
この小説は、高齢化社会が抱える様々な問題と尊厳死と言うものについて、否応なしに考えさせられる内容の小説でした。
ネタバレしない程度に,あらすじを。
戦後犯罪史に残る凶悪犯に降された死刑判決。
その報を知った時、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く、痛ましい叫び。
「悔い改めろ!」
介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味。
現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに、圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る!
全選考委員絶賛のもとに放たれた「日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作」。
「老人介護で疲弊している家族を救う為」という理由から「ロスト・ケア」と名付けて、43人もの大量殺人を行った『彼』。
正義感を唱え、犯罪者を悔い改めさせようとする検事の大友秀樹。
大友は,同級生の佐久間が勤務する,老人介護施設に父親を入居させます。
大友の父が入居する、老人介護施設で働き、退職後に、勤務していた介護施設の顧客データを持ち出し、オレオレ詐欺に加担し、老人を騙し、金儲けをするという事に罪悪感の無い、大友の同級生佐久間功一郎。
自宅で介護している母が、突然死して、ほっとしているシングル・マザーの羽田洋子
そして、寝たきりの老人の安楽死。
その是非を問う社会問題、しいては、人間の尊厳を問う物語。
物語中に、関連文献として出てくる聖書の一節の「人にしてもらいたいと思うことは 何でも、あなたがたも 人にしなさい」という"黄金律"と呼ばれる言葉が登場し、キリスト教に由来する言葉も数多く登場します。
犯罪を裁く、検事の大友は「誰もが望んでいる老人を死なせる事が悪なのか?」・「この世には、罪悪感に蓋をしてでも、人を殺すべき時がある」との『彼』の問いかけに戸惑います。
もし、そうであるなら「死刑を判決するのは矛盾しないのか?」など、とても大きなテーマに真っ向から挑んだ物語でした。
数学科出身の検察事務官の椎名が、流出した介護施設のデータの中に法則性を見つけ、犯人逮捕へと向かう場面が描かれた描写が、個人的には面白かったです。
タイトルの「ロスト・ケア」とは、被介護者の生命を終わらせる事により、介護者と、被介護者の両者を救う方法の事です。
読み始めた当初「その理屈は、逃げでしかないのでは?」とも思いましたが、読み終えた後は「果たして、本当に そうなんだろうか?」と著者が、読者に訴えて掛けているようにも感じました。
認知症は、酷い状態になれば、自分の事も場所も時間も全ての事が分からなくなってしまいます。
介護をしてくれているのが、自分の子供だと分からず暴れ回る事もあります。
糞尿をまき散らし、子供を罵る事もあります。
そこには紛れもない「地獄」とも呼べる光景が、あります。
そして、そんな状況に陥る可能性は、多くの人が持っています。
多くの人が持っているのに、実際、体験してみないと認知症への理解は難しいものです。
もし、今後、自分自身が介護される側となり、施設に入る金銭的余裕なども無く、家族に介護される事になったら、果たしてどうするのか?
子どもや孫の事さえも、ろくに分からず、被害妄想で暴れたり、夜な夜な徘徊したり、下の世話をして貰う事になったら、果たしてどう感じるのだろうか?
しばらくの間は、大丈夫かもしれませんが、介護する側も、次第にストレスを溜め込み、遂には、家族からの虐待を受ける事などになってしまったら?
そんな状況では「一体、誰が望んで、何の為に、自分は生きているのだろうか?」とは思わないのだろうか?
そして、それを感じながら生きる事ほど、人間の尊厳を踏み躙る事は無いのではないだろうか?
それならば「いっそ殺してくれ!」と、願わずにいられるのだろうか?
読み終えた後に、そんな事を考えさせられる小説でした。
小説内で、営業停止命令を受け、解散した介護施設は、コムスンが、モデルだと思いますが、小説内での佐久間のように、コムスン消滅後に顧客名簿を悪用し、オレオレ詐欺を実行した輩が、実際に居たのかも知れないなぁ〜!と、個人的には思いました。
そう考えると、未だに減る事が無い、オレオレ詐欺の被害も、介護施設などから顧客名簿が流出しているの事も原因でもあるのかな?とも思いました。
余談ですが、小説内で登場する、介護施設に飾られている写真の、介護施設の会長と握手をしている現役総理大臣は、おそらく、あの元・総理だと思います(苦笑)