今日は「シティ・ポップの帝王」こと、山下達郎さんのお誕生日なんです。
今回の個人的アルバム・レビューは、1995年に発表された、山下達郎さん通算2作目のベスト・アルバム「TREASURES」を。
ムーン・レーベル在籍12年目にして、初のベスト・アルバムです
1983年のムーン・レコードへの移籍後から、1995年までの、主にシングル曲を中心とした、ベスト・アルバムです。
定番曲の「JR東海・クリスマス・キャンペーンソング」の「クリスマス・イブ」・「RIDE ON TIME」以来の8年ぶりのベスト10ヒットの、TBS系ドラマ「海岸物語」の主題歌「ゲット・バック・イン・ラブ」を始めとする、スタンダード・ナンバーに加え、「ANA沖縄キャンペーンソング」の「高気圧ガール」・日本TV系の「ベスト・フレンド」の主題歌「世界の果てまで」・「蒼氓」などの佳曲を多数収録。
更に、初CD化の「スプリンクラー」・「踊ろよフィッシュ」などを収録。
そして、大瀧詠一さんリミックスによる「パレード」を“おまけ”で収録。
結果として、山下達郎さんにとって、初めての、全曲、作詞・作曲のアルバムとなりました。
このアルバム以降にリリースされたシングル曲やこのベスト・アルバムから漏れた、その他の作品は、2002年に発表された、ベスト・アルバム
「RARITIES」に収録されました。
実現しませんでしたが、当初は「DOWN TOWN」と「RIDE ON TIME」も入れたいと思っていたと仰ってました。
「クリスマス・イブ」の間奏のコーラス・メロディーはパッヘルベルの「カノン」の引用。
「鉄腕アトム」をモチーフにした「アトムの子」は、マンガ家の手塚治虫氏へのトリビュート・ソング。
「蒼氓」以外は、全てシングル曲です。
しかしながら、単なるシングル・ベストとは、少し趣が違うと感じます。
「高気圧ガール」と「スプリンクラー 」に、1980年代前半の「夏男・達郎」のイメージは残りつつも、一曲毎に歌のテーマもサウンドも、だんだんと内省的且つ、優しい眼差しになっていく感じを受けました。
決して声高にメッセージを表現する人ではありませんが、その眼差しの変化に一つのメッセージを感じ取る事が出来ます。
山下達郎さんは、アメリカン・ポップスへの深い愛と憧憬を胸に抱きながら、日本の街や、風景の中での人の気持ちを描き、日本のポップスの定型を作りました。
名もなく一生を過ごす人々の魂に捧げる、本当の意味でのスピリチュアル・ソングである「蒼氓」を聴いて、改めて山下達郎さんの音楽には、一貫して人間に対する「愛」があるという事を感じました。
1.高気圧ガール
ムーン・レーベル移籍後、初のアルバム「MELODIES」からの先行シングル。
イントロを、アカペラと、パーカッションで始めるというアイデアは、ずっと前からあったようですが、実際に試みたのは、この曲が最初だと言います。
曲中の「ため息」は、竹内まりやさんの「ため息」です。
2.スプリンクラー
アルバム「MELODIES」リリース直後にシングルのみでリリースされ、本作で初CD化。
リリース当時「夏男・達郎」らしくないと評判があまり良く無かったと言いますが、詞・曲・演奏共、達郎さん個人的には、とても気に入っていてその後もライブのレパートリーとして取り上げられています。
演奏の途中で登場する、エレキ大正琴は、歌に絡んで、何か印象的な音が欲しくて」選ばれたとか?
また、雨の音は、スタジオに転がっていた「太田裕美さんのライブ用素材テープの中の雨のSEが最高だった」という事で、そのまま使われました。
竹内まりやさんのシングル「恋の嵐」でも、他になかなか良い素材が無かった為に、最後の雨のSEで、同じものが使われました。
この他、元のマルチ・トラック・テープに色々と手を加えた、達郎さん曰く「むりやりのロング・バージョン」が、後にベスト・アルバム「RARITIES」に収録されました。
3.ゲット・バック・イン・ラブ
〜Get Back In Love-〜
奥田瑛二さん・麻生祐未さん主演のTBS系のドラマ「海岸物語 昔みたいに…」の主題歌として制作され、後にアルバム「僕の中の少年」に、イントロのコーラスが若干異なるアルバム・ミックスで収録。
ライブ・アルバム「JOY」には、ライブ・バージョンが収録されています。
いつまで経っても、周りから要求される「夏だ、海だ、達郎だ!」に苛立ち、「もう、アップ・テンポでのシングル・リリースはイヤだ、バラードがやりたい!」とダダをこねていたら、スタッフが、この企画を持って来たと言います。
達郎さん自身、納得の行く作品が生まれ、「RIDE ON TIME」以来のベストテン・ヒットとなりました。
本作にはアルバム・ミックスにて収録。
余談ですが、僕の泣き歌の1つです。
4.風の回廊
ホンダ・クイント・ インテグラのキャンペーン・ソングとして制作、後にアルバム「POCKET MUSIC」に収録。
この曲で描かれている「過ぎ去った恋の中の現実とも、幻影ともつかない女性像」は、達郎さん自身の詞の重要なテーマの一つであると言います。
完成が遅れた為に、スケジュールが遅延した結果エンジニアの吉田保さんが、次の仕事で、ハワイへ行ってしまい、生まれて初めて、自分自身でミックス・ダウンを行う羽目になった楽曲です。
この曲は達郎さんにとって、初めてのデジタル・レコーディングであり、同時に初めてコンピューター・ミュージックを導入した、レコード制作上の一大分岐点でもあったと言います。
5.アトムの子
アルバム「ARTISAN」収録曲。
後に、1992年にシングル・カットされ、2000年発表のシングル「JUVENILEのテーマ〜瞳の中のRAINBOW〜」と、2009年発表のシングル「僕らの夏の夢 ⁄ ミューズ」に、それぞれのライブ・バージョンが収録されました。
達郎さん曰く「漫画というカテゴリーを遥かに越えた巨人」であり、1989年に死去した、手塚治虫氏へのトリビュート・ソングを「鉄腕アトム」をモチーフに書こうと思い立ったのが、アルバム完成の10日前。
どうしてもアルバムに収録したくて、連日の徹夜で仕上げ、なんとか間に合わせた楽曲です。
6.エンドレス・ゲーム 〜Endless Game〜
篠ひろ子さん・紺野美沙子さん主演のTBS系のドラマ「誘惑」の主題歌として制作、後にアルバム「ARTISAN」に収録されました。
原作のあるドラマだったので、そのイメージに合わせて作った所、達郎さん自身にとって、大変珍しい、マイナー・コードのメロディーに。
ところが、いつもの歌い方では、演奏のオケに全く馴染まず、うつむき加減で歌って、なんとか乗り切ったという楽曲です。
その意味では、多分に作家的な視点で書かれた曲だと仰っています。
7.踊ろよ、フィッシュ
シングルとしてリリースされ、後にアルバム
「僕の中の少年」にアルバム・バージョンで収録されました。
「高気圧ガール」以来、4年ぶりの「全日空・沖縄キャンペーン・ソング」として制作されましたが、この時期、達郎さん自身が、1980年代の初期に行っていた、リゾート・ミュージックと言われるような開放的なスタイルのものに、ほとんど興味が持てなくなっていたと言います。
それでも事務所スタッフから「達郎が、夏をやらなくてどうする!」とハッパをかけられ、この仕事を引き受けたと言います。
楽曲的には決して嫌いな訳では無かったようですが、達郎さん自身の中に、何か拘りがあった為なのか、シングル・バージョンは、未CD化のままでした。
このベスト・アルバムには、最後にコーラスが、リフレインして、ブレイクする、正式にリリースされたものとは異なるシングル・バージョンが収録されています。
8.ターナーの汽罐車 〜Turner's Steamroller〜
アルバム「ARTISAN」からのシングル・カット曲ですが、シングル・バージョンは、エンディングにも、ボーカルが入っています。
ある晩訪れたパブの、トイレに続く暗い廊下の影で、長い髪に黒いワンピースの女性が顔を覆ってすすり泣いているのを目撃した経験と、イギリスの画家ターナー(Joseph Mallord William Turner)の絵画「雨、蒸気、スピード」(Rain, Steam and Speed)のイメージとを、強引に掛け合わせて、出来た楽曲だと言う事です。
この曲は当初、普通のドラムと、ベースのリズム・セクションで、レコーディングされましたが、曲の持つ耽美的なイメージに近づけたいとの意向で、打ち込みのリズムに変更されました。
このベスト・アルバムへの収録に際し、イントロのSEが、カットされています。
9.土曜日の恋人
フジTV系の「オレたちひょうきん族」のエンディング・テーマ。
Bobby Veeや、Gary Lewis and the Playboysの諸作品に代表される、1960年代のSnuff Garrettの線を狙った楽曲で、楽曲的には気に入っていたものの、1985年のご時世には、あまりにアナクロな願望だった為、音作りにとても苦心したとか。
今回も、新たにミックスがやり直されていますが達郎さんは「10年も経つのに、まだ、いじり足りなくて、今回、また新たにミックスをやり直してしまいました。ビョーキですね」と、自ら、仰っています。
10.ジャングル・スウィング〜Jungle Swing〜
アルバム初収録作品。
日産・スカイラインCMイメージ・ソング。
フル・バージョンは、CMサイズと歌詞が一部異なります。
歌詞の“9thのコード”は、9代目スカイラインに因んでのもので、曲のイメージは、黒澤明監督作品の「野良犬」の中で、笠置シズ子さんが「ジャングル・ブギー」を歌うシーンが元になっているとか?
達郎さんは、U2の「Desire」がリリースされた頃、Bo Diddleyのビートを使った曲を作ってみようと思い立ったと言います。
歌詞については「この頃はテクノ・ディスコみたいな音楽が流行り始めた時期だったので、“そんなフェイクなビートじゃ、とても踊れやしない”という歌詞を思いついて、代わりに何を聴かせてほしいかな? と考えたら、Arthur Conleyだと思って
“スウィート・ソウル・ミュージック”にした」と語っています。
11.世界の果てまで
松雪泰子さん、深津絵里さん主演の読売TV・日本TV系のドラマ「ベストフレンド」の主題歌として制作され、シングルのみで、発表されました。
「Endless Game」同様、結果的に作家的な意思が強く出た、達郎さんの作品としては、異色なアプローチとなった楽曲です。
このベスト・アルバム収録に際し、リミックスされています。
12.おやすみロージー 〜Angel Babyへのオマージュ〜
ライブ・アルバム「JOY」からの先行シングル。
元々は、鈴木雅之さんの1987年のアルバム「Radio Days」の為に書き下ろされた和製ドゥー・ワップ・ソングで、タイトルは、Rosie &The Originalsの1960年のヒット・シングル「ANGEL BABY」から取られています。
達郎さん自身も気に入っている作品で、自身のライブでも、アカペラ仕立てにして、度々、披露されています。
ライブ・バージョンは、バック・トラックが、テープのカラオケなので、このベスト・アルバムへの収録に際し、オーディオ的なグレードを、もう少し上げたいとの理由から、ライブでのリード・ボーカルを元の演奏が入っている、マルチ・トラック・テープに、そのままプリントして、ミックスし直されました。
13.クリスマス・イブ
「MELODIES」収録曲。
バロック音楽でよく聴かれるコード進行なので、「何か、その風味を入れたい」と考え、ふと思いついたテーマが「クリスマス」だったと仰っています。
その時、シュガー・ベイブ時代にトライして、未完だった曲の歌い出し「雨は〜」が、突然蘇り、歌詞は、あっという間に出来たと仰っています。
どうせなら、間奏に、本物のバロックを引用しようと、昔から大好きだった、パッヘルベルのカノンが選ばれました。
The Swingle Singersのスタイルを、一人アカペラでやろうというので、8小節のレコーディングに半日を費やしました。
エンディングのコーラスが、一転して、The Association風のアプローチなのは、オフコースへの対抗意識から出たアイデアだとか?
シングルには地味だとは言え、せっかく作った
クリスマス・ソングなので、毎年末に季節限定商品として、ピクチャー・レコード、カラー・ビニール・ピクチャー・レーベルと、趣向を変えて発表され続けました。
それが、1988年から、4年に渡り、JR東海の「クリスマス・キャンペーン」に聴くされた事から大ブレイクし、毎年チャートのベスト・テンに、ランク・インされるようになり、1989年の暮れには、遂にNo.1になりました。
14.さよなら夏の日
「ARTISAN」からの先行シングル。
夏の終わりにガール・フレンドと、遊園地のプールに行った時に夕立に会い、雨上がりの虹を見たという、高校生の時の思い出を元に作った楽曲故とても愛着のある作品だと言います。
また、全ての演奏を自分一人で行った、初めてのシングルだという事も、思い入れの強さの一因だとしています。
カウンター・ラインを、当時購入したばかりの、ハンド・ベルで演奏しています。
この楽曲も、僕の泣き歌の1つです。
15.蒼氓(そうぼう)
このベスト・アルバム中、唯一シングル・カットされていない楽曲で、「僕の中の少年」の収録曲です。
この十数年間に書いた楽曲の中で、自身の思想信条を、最もよく表している楽曲なので「一人でも多くの人に聴いてもらえたら」と思い収録したと言います。
達郎さんは「僕は日本人だし、クリスチャンでもない、けれど、音楽的・文化的な面でのアメリカの植民地である日本で半世紀近く、その音楽に慣れ親しみ、やり続けてきた日本人として、アメリカのブラック・ミュージックのクリスチャニティを何らかの形で反映させたいと思って来た。
どうしたら、それができるか? その1つの問いかけがこの「蒼氓」なんだよね」と語っています。
また、楽曲制作の直接の動機について「現象としてのYMOの出現」を挙げ、その音楽的背景よりも人文科学や、社会科学の潮流だった、ニュー・アカデミズムの台頭など、YMOを取り巻く、文化人的側面から、日本のポピュラー音楽の在り方が変容させられるのでは、との危機感や恐怖感を強く抱いていたと言います。
そうした理由から、「無名性」・「匿名性」への"賛歌“であると同時に、もう1つのテーマとして
"反文化人音楽”というフレーズが用いられています。
コーダのコーラスには、竹内まりやさん、桑田佳祐さん・原由子さん夫妻が参加していますが、達郎さんは「桑田夫妻の無垢な声の響きが、この作品に格調を与えてくれている」と仰っています。
このベスト・アルバム収録に際して、リミックスされています。
16.パレード
達郎さん曰く「ちょっとした"おまけ”」として収録。
ナイアガラ・トライアングル(大滝詠一さん、伊藤銀次さん、達郎さん)のオムニバス・アルバム「NIAGARA TRIANGLE Vol.1」に収録されています。、
元は、シュガー・ベイブ時代の楽曲です。
1994年にフジTV系の「ポンキッキーズ」のエンディング・テーマに使用された事から、20年の時を経て、シングル・カットされました。
このアルバムの為に、大瀧詠一さんが、新たにミックス・ダウンを行った、ニュー・リミックス・バージョンです。