今回も大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の第20話「帰ってきた義経」のネタバレ&個人的感想を。


第19話「果たせぬ凱旋」では、菅田将暉さん演じる義経と、大泉洋さん演じる頼朝が対立し、義経が挙兵しますが、思うように兵を集める事が出来ず失踪。


「鎌倉殿の13人」の第20話「帰ってきた義経」は、義経が、奥州・平泉の田中泯さん演じる藤原秀衡を頼るシーンから始まります。

1187年(文治3)2月、義経は、かつて過ごした奥州・平泉の藤原秀衡を頼りました。

秀衡は、奥州では、未だに絶大な権力を保ったままでした。

しかし、平山祐介さん演じる、藤原秀衡の嫡男・国衡と、山田浩司さん演じる次男の泰衡の兄弟間は、仲の悪い状態でした。


頼朝にとって、未だ奥州は脅威の地であり、義経が居る事により、その思いが余計に強くなってしまっていました。


秀衡は病床にあり、最後の瞬間が、やって来ようとしていました。

秀衡は「国衡、泰衡、兄弟で、お互い力を合わせよ! 2人の関係に、罅ば入った時に、平泉は滅ぶ義経! 平泉を頼む!」と告げ、泰衡が新たな御館
(みたち)となり、奥州を纏める事に。

国衝は、秀衡の遺言で、実の母である、とくを嫁に取り、泰衡の後見人的な立場となり、九郎義経が大将軍になりました。

「もう少し時があれば、鎌倉に攻め込んだのに」と思いながら、奥州の覇者・藤原秀衡は亡くなります。

 
1189年(文治5)4月、小栗旬さん演じる義時は奥州の動きが気になり「私を平泉へ行かせてください」と頼朝に頼みます。

源頼朝は義時に「九郎との禍根を絶て! 泰衡に取り入って焚き付けて、九郎を討たせる」と言います。


頼朝は、泰衡が義経を討つ事で、奥州を攻める大義名分が立ち、鎌倉の敵を一掃し、新しい世の中を作る事が出来ると考えます。


義時は八重に、明日から奥州へ行くと伝えますが「ただの使いだ」と言い、八重を安心させます。


義時は、梶原景時の勧めで、善児を連れ、奥州・藤原氏の拠点を訪れ、国衡と泰衡と会います。


義時は「あの者は、鎌倉殿に対して、謀反を目論んだ罪人、匿うと同罪ですぞ!」と、国衡に言います。

国衡は義時に対し喧嘩腰ですが、泰衡は「今の義経に、謀反の疑いなど無いから、会ってみれば良い!」と案内します。

義経は、穏やかな表情で畑仕事をしていましたが義時と善児の顔を見た時、一瞬、顔が引き攣りました。

それでも義経は、義時と善児に平静を装いながら「平家と戦った俺が、今では、コオロギを相手に戦っている」と笑顔で話しますが、その直後に「平泉に手を出してみろ! 決して許さない!鎌倉が灰になるまで戦ってみせる」と義時に告げます。


義時は、翌朝も義経に会いに行き、再び畑仕事をしている義経に「静さんの事は残念でしたね!」と呟きます。


石橋静河さん演じる静御前は、吉野から鎌倉に向かう途中、時政の手の者に捕らえられます。

当初「静御前では無い」と否定を続けますが、遂に自らを静御前だと認めました。

義時は「あなたは身勝手だ」と静を責めます。

南沙良さん演じる大姫も「何とかしてあげて! これ以上、人が死ぬのを見たくない!」と義時に頼みます。

義時は静御前に、わざと下手に踊るように指示します。

源頼朝達の前で、踊りを披露する静御前ですが、あまりにも下手すぎました。

しかし、立ち止まって考えた静御前は、本気を出して舞いました。

これで正体がバレてしまいます。

大姫は「どうして?」と呟きますが、小池栄子さん演じる政子は「女子(おなご)の覚悟です。」と言いました。

その後、静御前は鎌倉殿から出る子を許されなくなってしまいます。

4ヶ月後に産んだ子は男の子でした。

その為、源頼朝の命令で、その子供は殺されてしまいます。

その後、静御前自身も失踪。

その事を聞いた義経は怒り、案山子を斬りつけました。

義時の思惑通りに事は運び、義経は頼朝に対して怒っていました。

 
翌日、義時は泰衡に会って「九郎殿は、鎌倉への憎しみが抑えられず、国衡と図って挙兵するだろう」と伝えました。

泰衡は、鎌倉殿と対立するつもりはないと言います。

義時は「ならば、九郎殿の首を捕り、鎌倉殿に送るように」と迫ります。


そこに、川並淳一さん演じる弟の頼衝が、やって来て「お前の魂胆は何だ!」と義時に迫りますが善児が瞬殺で頼衝を切り捨てます。

義時は「泰衡殿〜!」と叫びます。

もう泰衡は後には退けません。

泰衡は「平泉を守る為には、それしかない」と考え、義経が居る衣川館に攻めこむ支度をします。


その直前、三浦透子さん演じる義経の妻の里は「死にたくありません、ついてきたくなかった! 畑仕事も嫌だった!」と義経に告げ、ひとつだけ嬉しい事があったと言います。

それは、静御前が産んだ子が殺され、自身も逃走した悲劇の事。

里は「京で、義経と静御前を襲わせたのは私だ」と白状します。

兄・頼朝の仕業だとばかり思い、挙兵をしようとしていた義経でしたが、妻の意外な裏切りに「お前か〜!」と叫び、思わず小刀で里を刺してしまい、里は血を吐いて亡くなります。


そして、泰衡が義経を囲んでいる時に、義時は義経に呼ばれました。

(館には、義経の妻子が横たわっていますが、既に亡くなっている様子)

義時が、頼朝の策を実行する為に、静御前の話をした事に義経は気づいていました。

武蔵坊弁慶が時間を稼ぐ為、泰衡軍へと向かい、その間、義時と話せます。

義時は「それが、分かっていて、何故?」と義経に問うと、義経は「そこまで兄にとって、私が邪魔なら、どうでもよくなった、この首で平泉を守れるなら本望だ!」と告げ、義時に鎌倉を攻める作戦を伝えます。

先ずは北側を攻めるフリをして、その間に平泉から船で、鎌倉の浜に到着、北と南から囲み、袋のネズミにし、船団が鎌倉へ来る時、三浦一族からバレる事まで義経は予想していました。

「三浦義村は損得が分かる男だから、味方につけておく!」と義経は言います。

義時は「恐れ入りました」と関心します。

義経は「梶原景時に、この作戦を伝えて欲しい、彼なら、この策の見事さが分かってくれる筈だ!」と地図を義時に手渡し逃げ道を教えます。


鎌倉へ戻った義時は、梶原景時に地図を渡し、義経の作戦を伝えます。

景時は「この通りに攻め込まれたら、鎌倉は滅んだだろう」と言います。

 
6月13日、九郎義経の首が、鎌倉の源頼朝の元に届けられました。


頼朝は「一ノ谷・屋島・壇ノ浦、どういう戦いをしてきたのか、お前の口から聞きたいのだ九郎! 話してくれ! 九郎! 九郎!すまぬ〜!」と泣いて義経の首桶にしがみついて涙を流しました。

鎌倉殿の13人の第20話は、ここまで。



平家を倒した悲劇の英雄・源義経の最期が描かれた第20話「帰ってきた義経」

悲しい物語でしたし、頼朝と義時の作戦も非情でした。

直接義経を討たずに仲間割れさせ、それで、頼朝軍が奥州を攻める大義名分を作るという作戦。

しかし、義経が、どうやって鎌倉を攻めるのかを語るときの嬉しそうな事、楽しそうな事、本当に戦の為に生まれた天才だったのだと思いました。

どうやってコオロギを倒すかを考える所なども、本当に戦略が好きだったんでしょうね。

(現代なら、将棋の棋士や、スポーツの監督になれたのでは?)

最期まで、義経らしい所を見せてくれた素晴らしい脚本でした。

さすが、三谷幸喜さんです。

物語のラストでは、あの頼朝も涙。

「そんなに泣くのなら、殺さずに生かしておけばいいのに」思ってしまったのですが、それは現代の考え方なんでしょうね。

静御前の覚悟、里の思い、見どころ満載な第20話「帰ってきた義経」でした。