かつて「知恵遅れ」という言葉がありました。


現在の知的障がい者を指す、その表現に「ねむの木学園」設立者の宮城まり子さんは、ずっと疑問を覚えていたと言います。


「ねむの木学園」は、日本初の肢体不自由児養護施設。


「どんな子にも"隠れた才能(能力)」があると、宮城まり子さんは信じました。


知恵が遅れていると、捉えるのではない。

本来、無限にある知恵が"ゆっくり ゆっくり育っている"と見るのだ。

その"お手伝い"をするのが教育ではないか?

「ダメな子なんか、1人もいない」

それが、宮城まり子さんの信念でした。
(渡邊弘著・『宮城まり子とねむの木学園』潮出版社刊より)


釈尊の弟子・須梨槃特(しゅりはんどく)の故事を思い出します。


彼は、たった14文字の教えを暗唱するのにも、3年を要し、教団の仲間から軽蔑されました。


だが、師の釈尊だけは見放しませんでした。


釈尊の慈愛の励ましを受け、彼は見事に悟りを開きます。


須梨槃特の"才能"は、師の心を純粋に受け止め、一つの修行を「最後までやり抜く力」だったのかも知れません。


それを、釈尊は見抜いていたのではないでしょうか?


先日の21日は、宮城まり子さんの没後1年であり、お誕生日でもありました。


生前、宮城まり子さんは、こう仰っています。

「みんなに『ダメ』と言われている子に幸せをあげたい」と。


1番苦労した人が幸せに。


コロナ禍の今、改めて、そう思います。