今回の個人的アルバム・レビューは、1993年に発表された、浜田省吾さんの14枚目のアルバム「その永遠の一秒に」を。
オリコン1位を獲得し、71万枚以上を売り上げたアルバムです。
先行シングルはありません。
このアルバムの発売後に「星の指輪」が、シングルカットされました。
前作「誰がために鐘は鳴る」からは、約3年3ヶ月振りのリリースでした。
初回盤は、三方背BOX仕様のブックレット付属でした。
今作リリースの前年、1992年には「悲しみは雪のように」が、フジテレビ系のドラマ「愛という名のもとに」の主題歌に起用され、170万枚という大ヒットを記録しましたが、浜田省吾さん本人は活動を休止していました。
本人曰く「鬱のような状態になっていた」と言います。
精神的にダウンしていた状態を乗り越えて、今作が制作されましたが、前作と同じように「内省的で、重苦しい世界観を持った作品」です。
それ故に、このアルバムは、初めて聴くリスナーさんは、「重い」と思うかもしれませんが、決して、リスナーに「押し付け」のメッセージに、なっていないのが、浜田省吾さんの楽曲群の特徴でもあり、それは、プロデビュー以来、全てのアルバムに於いて言える事でもあると思います。
サウンド面では、全編シンセサイザーが使われています。
バンドサウンドについては、今までは、浜田省吾さんのバックバンドのメンバーが演奏していましたが、今作では数多くのスタジオミュージシャンを起用しました。
今作以降は、実力のあるスタジオミュージシャンを、多数起用して制作される事になります。
このアルバムは、サウンドプロデュースを星勝氏と梁邦彦氏が手掛けていますが、ソングライターとして捨て曲の無くなった「浜田省吾」に、更に完成されたアレンジが施されるようになったと思います。
今までが決して不満という訳ではありませんが、このアルバムで、ある意味「1つの頂上に上り詰めたんじゃないか?」とも思いました。
サウンドの変化については、前作が悔いの残る結果となったからだと言い、「雪辱を果たす」という決意のもとで制作された様です。
ミックスダウンや、ジャケ写の撮影は、アメリカで行われました。
崖の上で、サングラスを外した浜田省吾さんが、空を仰いでいるという、ジャケ写ですが、これを手掛けた田島照久氏は、とても気に入っているのだといいます。
浜田省吾さんは、ライブ活動を軸に「Down by the mainstreet」・「J.BOY」・「Father's son」の3部作辺りで、当時の若者に絶大に指示され、多くのファンを獲得し、80年代に第一期の黄金時代迎えました。
その息の長さは、もちろん今でも健在です、
長いキャリアの中で、浜田省吾さんほどに、人生を語り・愛を語り・バブル崩壊・戦争・日本の未来への危惧・平和・世界平和・生と死・差別や貧困・家族・友・青春・祈り・刹那・怒りや悲しみ・夢・仲間・恋など、これら多くのテーマ全てを、歌にして、歌ったアーティストは、他に数える程しかいないと思います。
それでは、各曲の個人的レビューを。
「境界線上のアリア」は、今作のオープニング曲。
曲名はもちろん「G線上のアリア」から取られています。
シンセサイザーや、ホーンセクションを豪華に盛り込んだ、ダンスナンバーです。
サウンドはとても派手ですが、サウンドに反して歌詞はかなり暗めな内容。
「いい人」として生きてきたが、心身を病んだ途端に会社から切り捨てられてしまった男が描かれています。
聴いていると、どこか自分のことを言われているような気分になってしまう歌詞ばかり(苦笑)。
歌い出しから「「愛してる…と 甘い声で ささやくけど 本当に愛してるのは自分だろ?自分のために泣いているんだろ?」と責めてきます。
歌詞を読むと 「今日1日を生き抜く」事で、苦難を乗り越えて行こうという、メッセージが込められていることが分かります。
今聴くと、メッセージがさらに説得力を増しているように感じられます。
「傷だらけの欲望」は、勢いに溢れた、ハードロックナンバー。
力強いギターサウンドが前面に出ています。
歌詞は真夜中の暗闇の中で、愛し合うカップルを描いたもの。
タイトル通り、主人公の男の欲望が語られたものになっています。
「買い被らないで 見つけてくれ俺を 愛じゃなくたって ありのままの俺を 抱きしめてくれ」というラストの歌詞が印象的です。
どこか狂気を感じさせるような曲調や、歌詞ですが、聴いていると何故か引き込まれます。
「最後のキス」は、ここまでの流れを落ち着けるような、しっとりと聴かせるバラードです。
サウンドは、アコギがメインですが、途中からはサックスやストリングスが入り、優しいメロディーに、悲しくなるようなフレーズが詰め込まれています。
「いつも君は誰かに恋してる 虚しく激しく でも それでいい…」という歌詞が何とも切ないです。
浜田省吾さんの絞り出す様なボーカルは、この曲に溢れる情念を上手く表現しています。
「悲しみ深すぎて」は、浜田省吾さんの2ndアルバム「LOVE TRAIN」収録曲のセルフカバーです。
原曲に比べると、よりポップな曲になっており、より多くの音が使われている印象です。
当たり前のことですが、ボーカルに深みが増しています。
歌詞は、タイトルからも察しがつきますが、悲しい気持ちが歌われたもの。
「まわりを見わたせば 知らず知らず悲観的になっちまう 何故だろう?」という歌詞が印象的です。
「何故、このタイミングでのセルフカバー?」とも思いますが、歌詞の内容自体は、このアルバムにマッチしていると感じました。
「ベイ・ブリッジ・セレナーデ」は、アカペラによる楽曲。
この曲の様な、アカペラソングは浜田省吾さんの作品に定期的に収録されています。
横浜ベイブリッジを舞台にしている曲です。
橋の上で車を止めて、黄昏ている男性を描いた歌詞です。
「誰かに愛され 誰かを愛せば 穏やかな明日へのドア 見つけられるかな?」というフレーズが印象的です。
「こんな気持のまま」は、今作発売後にシングルカットされた「星の指輪」のC/W曲です。
オールディーズ風のサウンドが展開されたポップな曲。
イントロが1分程あるのが特徴です。
デートを終えた若いカップルを描いた歌詞で、何とも言えない離れがたい感覚が上手く描かれています。
「こんな気持のまま 帰れない…帰せない…」というサビの歌詞が印象的なナンバーです。
世界観は、次作「青空の扉」を彷彿とさせる所がありますが、重苦しさを感じさせる今作に収録されているからこそ、輝きを放っているのかもしれません。
「星の指輪」は、今作発売後にシングルカットされた楽曲。
ファンの人気がとても高く、ライブでもよく演奏される定番曲です。
後にヒストリーアルバム「The History of Shogo Hamada "Since1975"」に収録されました。
シングルカットした理由について、浜田省吾さんは「ヒットする、しないではなく、自分自身が良い曲だと思った歌を、アルバムを聴いてくれる、僕のファンだけではなく、色々な人達に聴いて欲しくてシングルにした」と語っています。
サウンドは、ピアノ(キーボード)や、ストリングスが前面に出ています。
子供がいる夫婦が、子供たちを自分の母親に預けて夜に出かける…という内容の名バラード。
結婚する前に戻るような感覚でしょうか?
「贈ろう 夜明け前の空に 輝く星を指輪にして」という歌詞が印象的です。
歌詞も良いですが、メロディーがとても美しいです。
浜田省吾さんを代表する名バラードだと思います。
「裸の王達」は、環境破壊をテーマにしたハードロックナンバー。
「美しいバラードの次は、社会派ロック」
この二面性こそ、浜田省吾のさん魅力でしょう。
歪んだギターサウンドが展開されています。
「寒さに凍えてる者達に 木を切るなと誰が言えるだろう」という歌い出しからインパクトがあります。
環境破壊と並ぶ、この曲のもう一つのテーマが人間のエゴ。
1番では環境破壊について、2番では人間のエゴについて歌われています。
「おろかな男達 権力にむらがり閉ざしていく未来への最後のドア」という歌詞が印象的で、タイトルに合ったフレーズだと思います。
「初秋」は、今作のラストを飾る、9分近くに及ぶ.大作バラードです,
後に、この曲をタイトルにしたバラードセレクションアルバム「初秋」がリリースされました。
戦場に行く為に、愛する人を置いていく男の悲しみと、恋人への深い愛が描かれています。
打ち込みや、ストリングスがメインのサウンドです。
静謐ながらも圧倒的な力強さを感じさせます。
「いつか 君を見送る時が来たなら 笑顔で別れを告げよう 君が僕を見送る時は この歌を思い出して」という歌詞が印象的です。
聴く度に感動してしまう曲は、誰しもあると思います。
この曲は僕自身にとって、そのような曲の一つでもあります。
恋人への愛だけでなく、人間そのものへの深い愛を感じさせます。
「究極のラブソング」と言っても、過言ではないと思います。
ラストの「初秋」が、このアルバムでは、最も圧巻で、上記にも述べた、生と死、人を恋して愛する事の意味、そしてその切なさと悲しみ、それらの歌の主人公の、全ての哀愁を醸し出す楽曲になっています。
収録曲
- 境界線上のアリア
- 傷だらけの欲望
- 最後のキス
- 悲しみ深すぎて
- ベイ・ブリッジ・セレナーデ
- こんな気持のまま
- 星の指輪
- 裸の王達
- 初秋

