今回の個人的アルバム・レビューは、浜田省吾さんの1988年発表の「FATHR'S SON」というアルバムを。


本作は、浜田省吾さんの「DOWN BY THE MAINSTREET」・「J.BOY」に続く、3部作アルバムの最終作です。


歌の主人公は、少年から青年、大人になっていくまでの過程の姿を投影しながら、1980年代を通して描いている作品になっています。

浜田省吾さんのアルバムや楽曲は、その1枚のアルバムで物語が完結するのでは無く、今回の3部作のように、3部作全体で物語を完結させたりする様な手法が、他のアーティストとは最も違う点です。


従って、この3部作を全曲聞き終えた後、そこで初めて、1冊小説を読み終えたかの様な感覚を覚えます。

大きなテーマとしては、浜田省吾さんからは切り離せない「日本とアメリカ」や「戦争と戦後」といった楽曲が中心であり、1曲目「BLOOD LINE (フェンスの向こうの星条旗)」が、最もギターサウンドがうなりをあげる、ハードロック・ナンバーになっています。


戦後,進駐軍関係者と日本人女性の間に生まれ,実の父親を知らない青年を描いたこの曲は,やり場のない怒りをストレートに表現した、ハードなナンバーです。


1曲目から名曲です。


この時期に、こんなテーマを歌った日本のアーティストを後にも先にも僕は知りません。


このアルバムのリリース時に、「自分を含め戦後世代(現代人)は、原爆で強姦され産まれた私生児」とまで言い切った浜田省吾さん。


(敗戦国である)日本人がマクドナルドのハンバーガーを食べ、ディズニーランドで騒ぎ、米国生まれのROCKに心酔することのジレンマを、ロックスターである自分へ自問自答する形で描いています。


敗戦のショックから復興を目指して、がむしゃらに頑張り続けてきた世代に「子供達に何一つ伝えずに この国何を学んできたのだろう」と呟かせる「Rising Sun」は,豊かな現代日本に対して強烈に批判を投げかけた「J.BOY」の続編とも言える名曲です。


夢に向かって直進するだけだった青年時代から,いつしか亡き父に似てきた自分の面持ちを見て,ふと「自分は何処に行こうとしているのか」と気づく「Darkness In The Heart」は,親に反発する事しか知らなかった、自分の浅はかさと,亡くして分かる父親の存在の大きさを痛感させる1曲です。


聴き所は何と言っても「DARKNESS IN THE HEART」です。

浜田省吾さんは常に、人気がある一方で、その音楽性やステージスタイルにより、幾度となく、安易な非難を受けてきました。

ステージで拳を突き上げる姿や、社会的メッセージの主観性、日本人なのに、アメリカン・ロック・スターを地で行く姿など、一見して分かり易いから、胡散臭いイメージがいつもつきまとう。


しかし、事実は違います。

浜田省吾さんはこのアルバムで、日本におけるロックの位置はアメリカを模倣してるに過ぎないという、よく言われる説を大胆にも肯定しています。


その行為の愚かさを自負した上で、ジャケットにも見られる様に、自らを「幻を背負うロック・スター」と表現しています。

また「DARKNESS IN THE HEART」の中では 
「ステージで拳を突き上げて歌うことほど虚しいものは無い」とも歌っています。


このアルバムで浜田省吾さんは、自らが演じるロック・スターを、転じて日本人が行う事の愚かさを十分知りつつ、尚もそれを続けるだろう我が姿を、冷静に捉え、その逆説を通して、アメリカと日本という大きな文化に翻弄されている日本人の在りようを、実に的確に浮き彫りにする。


実に見事なアーティストだと思います。

頭3曲が凄すぎて他の曲が霞んでみえますが、個人的には、全曲及第点は超えていると思います。

最高傑作「J-BOY」の次作で分は悪いですが、今作は「愛と青春のシンガー」浜田省吾さんによる「絶望と希望が同居した」傑作です。


本作は,多様な「父親像」あるいは,青年から壮年へと年を重ねてゆく男性の視点から見た現代社会が描かれています。


この他,仕事か、マイホームか,企業戦士の心のうちをコミカルに描いた「I Don't Like “Friday”」、離婚して初めてわかった2人の絆を、切なく描いた「New Year's Eve」、許されぬ愛と別れを描いた「A Long Good-Bye」など佳曲揃いです。


サウンド・アレンジも充実していて,メッセージで聴かせるだけでなく,楽曲としても聴かせる曲が多いです。


ただひたすら突っ走るだけで良かった青年期から壮年期へ。


その時,自分は何をすべきなのか?


深く考えさせられる、「J-BOY」同様に必聴の名盤。


リスナーによっては、戦後の重いメッセージ・アルバムのように感じる楽曲もあるかもしれませんが、それだけでは無く、定評があるラブソング・ナンバーも健在です。


「BREATHLESS LOVE」・「NEW YEAR'S EVE」、「A LONG GOOD-BYE」等がそれらに該当し、これらの楽曲も隠れたラブソングの名曲です。

また、父親の死、バブル経済、戦後の家族のあり方なども鋭く描き出している所も、浜田省吾さん独特の世界観と洞察力があり、ハードロックとバラードの調和が取れており、「J・BOY」から、また1つ成長した、浜田省吾さんの名盤です。

今の若い人達にも、浜田省吾さんのハードなロックナンバーと、ラブソングの真髄を、この3部作全てを通して聴いて頂きたいと思います。