decent

decent

夢はきっと叶う ひとつだけきっと叶う
そのために何もかも失ってかまわない
それほどまでの夢なら叶う
一生にひとつだけ
夢はきっと叶う 命も力も愛も
明日でさえも引き換えにして きっと叶う

 

内田樹の「せんせいはえらい」の中にこんな箇所がある。

「自動車教習所の先生とF1ドライバーの話し」

なぜ教習所の先生は自動車運転という極めて有用性の高い技術と交通法規と言う価値のある情報を時間をかけて伝授してくれたもかかわらず「恩師」になりにくいのか。卒業後、生徒たちは集まって同窓会をしたり、先生を慰労したりしないのか。

逆に仮にF1ドライバーにたった半日講習を受けただけの受講生はおそらくそれから50年くらいずっと「おれはアイルトン・セナからドライブテクニックについて学んだことがある。セナは俺にこう言ったんだ“アクセルは踏むんじゃない・・・触れるんだ”」とか言って遠い日を懐かしんだり、自分の子に自慢したり、ものすごくありがたがったりする。言っていることは極めて普通のことなのに・・。

一体この差はなんなのか?両者の差異は奈辺に由来するのか・・・という話し。

教習所の先生は「これでいい」という“完結した技術”を教える。

対してF1ドライバーは「先には先があること」を教える。そして何より“この人は自分の知らないことをきっとたくさん知っているに違いない”という得体の知れなさ、勝手な思い込み、それが「えらい」と思わせるようになっている。

「先生はえらい」と感じるところから学びは始まる。教えてもらうのではなく学ぼうとする。

先生への敬意は伝える知識や技術の有用性ではなく、たとえ、自分はそれを実現できなくても、目指している境地の高さ、目標の高さが生徒たちのうちに敬意を醸成するのだ・・・という話し(だったように思う)

 

何をやってきたのか、ではなく何をしようと思って生きてきたのか、生きているのか、そのへんが人として一番大事なこと。

理想主義者を『絵空事のようなこと』『一切現実的でない』などと言って笑うでない。夢のない現実主義者が一番質が悪い。誰の尊敬も集めないばかりか「あなたは何のために生きているのか」と他者からも自分からも問い詰められるだろう。

人はいくら年をとっても夢のような「空文」と「絵空事」を語らないといけない。

 

「天職」のことをCallingもしくはvocationと表わすそうな。

結局、相手からもしくは神から「お呼びがかかること」

そう思うと『この仕事は自分に合っているかどうか』を考えて自分で決める、という考えは間違っていると思わざるを得ないんだ。

合っているかどうかというよりも「楽で給与や待遇がよくて汚れ仕事ではなくて見栄えもいいし、やりがいもそこそこある・・・」そんな判断基準で「合っているかどうか」を判断しているんじゃないのか。

達成感とお金と評価が重なったらやりがいを感じるんだと思うんだけれど、働く前からそんな深くまでわからないよね。

選択の余地もなく細々とした家業を継がざるを得ない人もいるし、身体的なハンディキャップのせいで限られた職業にしか就けない人だっている。僕も出自や外見のせいでアイドルになるのを辞めたし、皇族になるのも断念した。

子どもの頃憧れていたなりたい職業なんかにはほぼ100%近い確率でなれないよ。だいたい小学生の頃、世の中にどんな職業があるのかなどほとんど知らなかった。10個ぐらいしか言えなかった。そんな中から憧れていた職業になれるなんて、逆に言うとその他の職業を知らないんだから憧れようもなかった職業の中に本当に出会えればよかったことがあった確率の方が高いのは明らか。

他者からお呼びがかかる仕事を天職というんだ。

天職は他者が評価するもの。

おまえは余人を以って代えがたい、そういわれる仕事こそが天職だ。

就職の面接に行って「あなたがわが社を選んだ理由は?」と聞かれて「○○と△△の理由で自分に向いていると思いました」なんてすらすら言おうものならそんな寝ぼけたことを言う人を僕が人事担当者なら採用しない。

思うに天職って「汚れ仕事」の最前線の現場であることが多い。

楽とか待遇がいいとか、休みが多いとかと思ってくる人が出会えるところではない。そういう考えの逆の場所に天職はあるんだ、きっと。

「あなたにどうしてもこの仕事を引き受けて欲しい、我々を助けて欲しい」そう要請されたら意気に感じてとりあえず引き受けよう。幸せのその先にあるものがそこにはあるかもしれない。世俗の価値では計り知れない得体のない興奮があるかもしれない。自分の存在のありがたさを他者が具体的に評価してくれることによってのみ人は生きていることを実感し、前を向ける。ぼくもそういう天職を未だに待っている。

ただ「あなたにお願いしたい仕事はこれだ」と言われてこっそりピストル渡されたら、その時だけはお断りしよう。

スマートすぎるんよね。

若い人は特にね。

マニュアル通りにさえやっておけばいいと思っている人多いけど、あれは状況把握、状況判断、状況処理の三段階が自分の頭でできない人用のカンニングペーパーであってすべてマニュアルどおりでは対応できないことが多い。そのマニュアルから一歩上へ踏み出せよ。

形式的なあいさつの後に何か一言挟んだら仕事の人間関係もうまくいくのになあ、と思うことは毎日複数ある。

教科書に書いてある通りの生き方しかできません、ではあかんねん。

自分の頭でいろんな状況を見極めながら動くって、これは持って生まれた、または幼少期のコアカリキュラム形成時の環境などに起因するセンスの問題だから強く言えないけれどね。

 

それともう一つ、スマートすぎるのは自分の仕事の枠を自分で決めてその他のことは知りません、という考え。

これではこの仕事できない。誰の仕事でもない、任務分担の明確でない仕事を自分の仕事だと思ってやる、その気概。それがないねん。

そういう「雑用」は得てして誰も見ていない。

仕事というものは他人が見ているからとか給料が上がるからということでやるものではない。ほんまにそうよ。評価されるからやる仕事を本当の仕事とは言わない。それは仕事らしきもの、と言っていい。

「早くうまくなりたい」とか「上司から評価されたい」とか「もっとお金が欲しい」とか思いがちなんや。

プロセスを重視せずに結果ばかり気にするからまともな仕事ができない。

仕事はそのプロセス重視よ。結果なんて出たらええなあ、という程度のこと。「何をしたか」ではなくて「何をしようとしたのか」という動機の純粋性しか僕は評価しない。やろうとしたことでどういうふうに自分が成長したのか変わっていったのか、そんなことがこの仕事では一番の醍醐味。

すぐに「プロの世界は結果で勝負だ」というようなわかったようなことをいう奴がいるけれど(特に現場を知らないのに威張っている研修会の講師ね)そんな威勢のいいことを無責任に言う奴はすべてかっこいいことを言いたいだけのニセモノだと思って間違いない。

その論理で言うなら人間なんて失敗の連続なんだからみんなプロ失格じゃないのか。そう言うてるお前の人生はどうなんじゃ、と大声で面と向かって・・・思ったことがあった。結果、結果というからその途中で脱法行為したり、アンフェアなことして結果だけ整えようとするんだ。営業目標のノルマが壁一面に貼ってあってその順位で序列が決まっていくような、まったく人間の葛藤を無視したバカのようなシステムが日本社会にはまだあるんだ。

 

結果が出にくい仕事をしているんだ。相手のあることでもある。他人に見せる結果が出なくて、評価もされなくてもそれでもやり続ける。

もう泣きそうになるぐらいしんどくてもとにかくやる。

そのうち小さな変化が見える。そうすると支援の質が上がる。総括してまた修正しながら次のステップを提示する。

 

古く(1960年代)から僕が知っているこの業界の先哲たちがやっていた障がい者支援の仕事に根付いている土着のやり方は障がいのある人と一緒にやる、一緒に遊ぶ、一緒に食べる、一緒に寝る、一緒に泣く、一緒に笑う、一緒に生きる。そんなシンプルなこと。

「水平線の平等」とか「ノーマライゼーション」とか「インクルージョン」とか「ダイバーシティ」とかそんな難しいこと言わんでええねん。上から目線で偉そうにぬかすなよ。

汗と泥と時々おしっこやうんこにまみれてぶつかって行くもんなんや。

きれいごとでこの業界を渡ろうとするな。何事も体を通して学んだものしか身につかない。それが日本の土着の福祉文化。頭でっかちの外来の理論もほどほどにして、何でもええから、まみれろ。

専門の福祉系大学を出ると社会福祉士やら介護福祉士がもらえる。

ヘルパー資格とかも簡単にもらえるし、職務で研修に行けばこの世界で生きていくうえで必要な資格は簡単にもらえるのが今。

ですからね、4年制大学出ても現場で額に汗して働く人が少なくなった感は否めない。ホワイトカラーの職種に行こうとするそうな。要は楽したいんですね。若輩者が、失礼、若輩者の分際で資格を持っていない人たちと同じように働くのが嫌で、その人たちの上に立って仕事がしたいんでしょうね。偉そうにねえ。うちのことではないがそんな話を何人かから聞いたことがある。

就職に有利だとか、給与が上がるとかの理由でそういう資格を取って将来にわたって収入面で安定した安泰な生活を送りたいというだけの動機でこの職種を選んでくる人が多くなった、そうな。

そういった計算高い奴が多くなって幅を利かすとわが身かわいいと一切無茶しないし、新しい挑戦しないし、お上に逆らうこともしない。そいつらに後輩が入ってくると自分の考え方の正当性とか、いかに効率よく最短距離で稼げるか、という鼻くそみたいなことをレクチャーしたりする。わかったような口をきくんだ。もうそういう情景を想像しただけでサブいぼが出るわ。

しょうもない腰抜け野郎が多いとこの仕事の醍醐味である『皮膚感覚』とか『直観』での違和感センサーに基づいて、周りから浮くことを恐れずに「変なこと」を指摘し是正していこうという気骨が無くなっていく。

 

当然今の政治に異議申し立てしない。そういうもんだ、と言って触れようともしない。わが身かわいいから一切のレジスタンスはしないと決めているようだ。

軍事費が増えると福祉予算はいの一番に減らされるのが世の常識だ。そういうことに抗うことはしない。自分の身だけがかわいいんだ。そういう奴らが闘う奴らをニヒルに笑っているのが昔からの風潮。ぼくは学生時代からずっと何もしない腰抜けどもの嘲笑の的として生きてきた。

一番恥ずかしい生き方しているアホに笑われてきたんだ。

その恨みはやっぱり今もある。

体制に歯向かわない去勢されたスタッフを欲しがるのは今も昔も経営者サイドとしては変わらない。

けど、そんなスタッフがまともに仕事できると思う方が狂っている。そんな奴、まともな仕事絶対できないからね。自分の身の安全が一番に来るような生き方しかできない奴にどんなことを期待するんよ。無理でしょう。

『もうこんな波風立てないような生き方止めよう。もっと真摯に物事に向き合って勇敢な生き方しようぜ』そんな若者の出現を待っている。

わかったような顔だけはしないでほしい。

夕方知人が来る。

3歳年下。とってもいい奴で話がどんどん弾む。共通の知り合いも何人かいて、当然当人がいないんだから楽しくディスる。

彼の以前勤めていたところは福祉関係の職場。退職金1500出たって。えええっびっくり。去年起業したところの給料聞いてもっとびっくり。

いい奴だし、腹は立たない。けど、わが身が悲しいと心は揺れる。

世の中、カネではない。それはわかっている。幸せを測る物差しにお金の数値はない。わかっている。しかし、しかし、しかし、待てよ。なぜ僕はいつもずっとずっと燃費を気にして軽四ばかり乗っているんだろうそれも中古と自問する。周りのそれ相応の大人たちはちんけな軽四など乗っていない。特に中小企業家同友会という組織の会合にはいきなりベンツやBMW、LEXUSが普通にやってくる。中にはジープでやってくる奴もいた。会議にジープって、と思ったほど不釣り合い。

マックスバリューの半額シールを目当てに19時30分ごろ出没して侘しい老人やサラリーマンたちと目をギラつかせて品定めする。

この姿は侘しい。どう贔屓目に見たってくたびれたシガナイ人生にしか映らない。

夕方、家に帰る足が遠のく。なぜか一緒にいるのが苦痛極まりない。家とは逆の方向に車を走らせて個食する。

今でも頻繁に思う・・・この人生って何だろうって。

僕は人の3倍働いてきた自負はある。仕事だけではなくてPTA,子供会、自治会、補導委員、祭り役員、災害ボラ、しょうがいしゃボラ・・・金にならないことを次々やってきた。

けど、今もそう、人生が無性に空しいんだ。

 

2012年の3月に初めて心療内科を受診した。「寝られない」「すぐ涙が出る」ということを医師に言う。「基本的に寝たら治ります」と言われた。薬をもらってずうーと飲んでいるうちは調子いい。けど周期的に希死念慮が襲う。医師にそのことを言う。「仕事休んだらええんや。とにかく一回ゆっくり寝ることです」・・・その医師は寝ることばかり進める。

何か強い衝撃的な負の出来事が起こると僕の鬱は散文的にどこからともなく表れて「ああ、死にたい」と言い出す。

いろんな本を読み、ごまかし方も覚えて生きている。基本的に人生は楽しくないし、人に(特に好きな人に)嫌われた、と思う瞬間に出くわすとふつふつと希死念慮が湧きたつ。こんなに死ぬことが怖いのに漠然と「死にたい」と口にするから困ったもんだ。

 

しかし、最近思う。こんな何のとりえもない男でも生きていこうとする何かがこの人生にはあるんだ。今、若い人で死にたいと思っている人がいるならぜひ話がしたい。こんなチビで、貧乏人で、気が小さくて、性格悪くて、根性なくて、見栄張りで、虚言癖で、ウジウジして、執念深くて、モテたためしがなくて、何の取り柄もない男でもこうやって生きている。

人間のクズのようなこんな奴でも生きてるんやで、と会って話がしたい。

ぼくはそういう「底辺」に佇んでいる人たちといる時が一番気が楽になる。

うまく世渡りしているような奴が大嫌いだ。得も言えぬ怒りさえ湧く。

「おい、そこの死にたがっている若者よ、頑張らなくていい、元気出さなくていい。逃げたらよろしい。思いっきりどこかへ逃げたらいいんやで。これまで一切人生で成功したことがないこのおっちゃんでもこんなふうに生きているんやから、あんたら悩むことはない。こんなチビで乞食みたいなおっさんでもこの世にいるんやから、あんたも死んだらアカン。死にたいな、と思ったらものおっさん思い出しな」

僕の存在価値はそんな人に勇気を与えることかもしれない。

それだけでもいい。

もう35年以上前のこと。ご近所の学齢前の子どもたち二人がため池近くで遊んでいてその一人、池に落ちて死んでしまったことがあった。その亡くなった子の母親と数年後知り合いになって色々話す機会があったその時、何気ない会話の中で、その事件の後で夫に「おまえの監督不行き届きでこうなったんだ」、と激しくののしられたという、話を聞いた。『あの時のことは絶対に許さない』と事件から10年ぐらい経った頃に言っていた。それほど強烈な罵倒だったんだろうな、と想像した。

 

ぼくにも何年経っても、ふとした瞬間鮮明によみがえる記憶がいくつかある。それは毎日の日常生活でまったく気にもしないことばかり。

いい思い出ならうれしいが、そんなものはほとんどない。それらは「殺さざるを得なかった」ぐらい嫌な記憶たちだ。他の人が聞いたら「えっ、まだそんなこと根に持っているんかいなあ」とびっくりされるかもしれないけれど、しっかりと心が疼く。死んだ記憶が実は死なずにチルド保存されていたんだ。

僕の怨念はもっと些細なことが多いが数が多い。学校時代の教諭から同級生、警察官、兄貴、細君、息子、同友会の上田(こいつは最近だから固有名詞)、上司、同僚などなど・・・・すべて理不尽だ、と思うことばかりだ。「そんなこと早く忘れろ」と言われそうなことばかりだけれど忘れられないから困っている。ふいにひょっこりそういう奴らが顔を出して僕を苦しめる。

昨日は小学校の同級生・・・『こいつを同じグループから追い出せ』と何の悪気もなくやった奴ら。それを黙認していた教師のマツモト。

もう54年前の話やで。こんなことに腹立っている、と話した時点で“こいつやっぱり変やで”と言われること間違いない。

今日は同友会の上田のことが許せなかった。3年前、大勢の前で研修合宿中に「○○さんには華がある。△△サンにも華がある。(この後3人同じことを言って最後に)マツモトさんには華がない」でドカーンと笑いを取った。こいつが何でこんなことを言うのか一切わからなかった。それもそのはずで今までこの男と一度たりともしゃべったことがないんだから。屈辱にまみれてその夜はまんじりともせずに朝を迎えた。あの場で一発殴れなかった自分を恥じた。悔やんだ。未だに謝罪してもらっていない。

そんな昔殺したはずの記憶がたまに蘇る。怖くて言えないが家人に対しての記憶が鮮明に蘇ることが一番恐怖だ。愛憎半ばする。もう絶対に思い出したくもないことが何個かある。39年以上一緒にいるとまあ、色々ある。出てくるな、顔を出すな。忘れよう。思いっきり努力する。生きていくために。本当に記憶が蘇ることが一番怖い。

 

みんなどうやって処理しているんだろう。

「その記憶を殺さないと本当に殺してしまうかもしれない」というくらい憎さが募って狂いそうという瞬間ってないんだろうか。

 

二か月ほど前に岩端のマンション駐車場で刺し殺された事件があったけど、週刊誌報道を信じるなら、あれはあの記憶が残っている限りそうしてしまうのもよーくわかる動機だった。

ぼくは平気な顔して生きているけれど、結構塀の上をフラフラしていつ中に転げ落ちるかもしれない心象風景を持ち歩いている。

頭が悪いことはそんなに気にしない。

だいたい顔と態度を見ればどんなレベルかぐらいはすぐわかる。

最悪なのはバカさ加減をごまかせると思って「かしこ」の振りをする人。これはどうしようもない。

空っぽの頭をさも詰まったように振舞う人。もう付き合うのも嫌になる。

知ったかぶりをして滔々と知っている知識を全部ひけらかす人。手に負えない。

ウケ狙いで何でもしゃべる人も付き合いたくはない。

 

謙虚なバカがいい。自信満々のバカより100倍いい。

心の奥底に深々と水をたたえている湖を内包している人が一番いい。

意志を持って寡黙で思慮深くて大勢に迎合せず、ここぞという時に頼りになるのはそういう人。

 

最悪な人は深々とした水をたたえた湖があるように見せるため意志もないのに単なる無口で思慮深そうに見せるため黙ってわかったようなふりをする人。

 

実はそれが自分の姿。嘘でない。僕は自分が人として最悪の部類に入ると思う。

 

子どもの頃からそうだった。

学校では無口で大人しくて一切授業中、手を挙げて発言することもなく、ひたすら大人しくしていた。けんかや争うごとなど考えもしなかった。

授業も真面目過ぎるくらい一生懸命聞いていた。けど、勉強できなかったし、異性にモテなかった。それどころか異性としゃべったことがなかった。

まじめだけれどアホって最悪だ。ぼくはその時の自分を消し去りたいと今でも思う。中学校の修学旅行のグループ分けで希望したグループに入ろうとしたら、人数オーバーで「誰か別のところへ行かなあかんわ」という話になって多数決とったらみんな僕によそへ行くような多数決だった。

ああ、なんであの時暴れなかったんだろう、とも思う。もう金輪際学校なんか来ない、と言ってやったらよかったんだ、とも思う。

 

少年時代、異性にモテるってことは決定的に重要なことだと思う。そういう人気あった奴はそのまま、大人になってもなんとなく歪んでいない。ぼくは歪みっぱなしだ。いびつだ。自信がない。同窓会しても今の肩書ではなく当時の「人気者」として人が集まる。

ぼくは同窓会の幹事をしても恩師にさえ覚えられていない。

 

何が言いたいか。

そういう卑屈な歴史があるとどこかで自分に対して卑屈になっている。その裏返しとして自慢したがる。背伸びしたがる。すぐ他人にバレるようなウソをついてでもかしこのフリがしたい。

この歪みは少年時代からのトラウマなんだろうなと思っている。

 

それだけの話だ。

量をコツコツ増やす・・・その量がある飽和点に達する・・・一気に質的な次元が上がる。

「質」を変えようと思ったら「量」を増やすしかない。これは弁証法の基本中の基本のテーゼ。

すべてこの法則で世の中成り立っている。

ただ、その劇的変化はいつやってくるかわからないから多くの人は「ある日」を信じられずに、そして待てずにその手前の壁にぶち当たって継続を辞めてしまう。続けた人だけがある日突然一気に変わる。そう、質的変化の瞬間はある日、突然やってくる。そう、その日が何時来るのかわからないんだ。「成長している感じがしない」のが普通で、それで確信が持てなくて待てずに止めてしまう。信じる人間だけが次のステージに行ける。

 

水は温度が上がっていくと100度になった時点で突然沸騰して液体が気体に変わる。社会の変化も、個人の成長も、スポーツのレベルも量的な増大が重なってくるとある日突然、一気に別物、別のステージに変わる。それは信じないといけないこと。

同じことを繰り返していて何の変化もない、と質的変化が待てずに諦めるケースって多くあるけれど、本当にずーっと量を増やしていくと、ある日突然変わる。

赤ちゃんが内包していた言葉をある日、一気にしゃべりだすように、10km走ると筋肉痛でしんどかった体が100Kmでも平気に走れるように・・・。内包している矛盾の量が増えてくると鉄壁で動かないように見えていた社会システムも政治体制も一気に変わる。不満を放出できない閉鎖的な社会や組織、家庭は早晩、瓦解するというのは本当の事。

良いも悪いも世の中の仕組みは量的な変化の中で静かに準備され、劇的に変化する。

 

44年目の障がい者支援の仕事。

その量的な尺度をバカにするでない。きっと若い人たちには理解できない境地で仕事している。

「今、目の前にいる障がい者と呼ばれているその人は実は僕自身だ」と僕は思っている。

ウソを言え、と思うかもしれないが、僕はそういう意識でもう一人の僕自身に向き合う。

今まで長年培ってきた障がい者支援という存在がぼくの意識レベルを作り上げてきた。

決して意識が先に来たわけではない。長年の量的積み重ねが意識を作ってきたんだ。

それは若い人には似たようなことはできても、無理なこと。

若造たちよ、とにかく量が勝負だ。

 

 

冗談抜きでこういう山師共が障害福祉の分野に入り込んできて信用を失墜させるようなことをジャンジャンしてくれるから、我々も同類ではないかと勘繰られる。現に知り合いの会社社長に「税金があんなふうに利用されたら腹が立つ」と言われた。同感どころか、もっと激しい怒りを感じている。こういう輩をキ〇ガ〇と言っても絶対に許される。

もう不正して蓄財するためにこの世界に飛び込んできて、繁殖してはびこっているんだから手に負えない。

金儲けの技術に長けた馬鹿どもが跋扈する世界。そんな同じ世界に棲むことが嫌になる。

我慢ならない最大のことはそういう奴らに限っていかにも、と思える正論を吐いていること。大きな空虚な理想を声高に叫ぶ奴らには要注意だ。

それらしく見える経営をしているところほどどこか壊れているところがあると見ていい。

経営者一族だけが高級な自動車を乗り回したり、羽振りのいい生活をしている福祉法人は近隣にも散見する。能力のない親族が跡継ぎっておまえらクソか、と思う。どっか行け、と思う。恥ずかしくないのか、といつも思う。

働く人、そこを利用する人のために命を懸けて仕事しろ、と僕は声を限りに言いたい。

我々は当たり前のことだが、当たり前すぎて口にするのもはぼったいが一切の不正、ごまかしの世界と距離を置く。こういうやつらがいることに怒りでいっぱいになる。もう厳格に厳格に監査して欲しい。そして不正が見つかったら厳罰に処して欲しい。その覚悟無くして我々の未来はない。

 

このハイエナどもの死を静かに願う。

 

 

たとえば、自分の意志ではどうしようもならない、いくら頑張っても変えることができないことってある。生まれ落ちた場所や時代、親、きょうだい、子、遺伝情報、外見、体質、必ず死ぬことなど。これを宿命という。知らんけど。

それとは別に変えられるものもある。生き方、出会い、仕事、体重、友人、知人、配偶者、趣味など。これを運命という。これも知らんけど。

どう生きるかで変えられるものとどんな努力しても変えられないものを一緒くたにしてはいけない。

大事なことは変えられるものは良い方向に変えようとする意志、努力。

 

変えられないものをいつまでも悔やんでいても仕方ない。「被差別地域」に生まれたことを“別の場所で生まれたかった”といってもできない。

自分と代々その地域で尊厳を持って生きてきた人々の命に対して失礼だ。

断然理不尽と闘う人を応援する。

障がいを持って生まれたわが子を目の前にして“こんな子、生まれてこなかったらよかった”と言ってもそれはできないこと。

生まれてきた命に対して犯罪的に失礼な言葉だ。

そんな思いをしないでいいような共生社会をつくっていこうと闘う人を心から応援する。

原発事故で故郷を奪われる。それを甘んじて受け入れて泣き寝入りするのか、闘うのか。僕は断然闘う方を選ぶ人を評価する。自分のことだけでなく次代を担う若い世代のことを考える人を応援する。

宿命は変えられないが運命は変えられる。

大変な状況下に生まれた、生きた人々に「大変でしたね」というのは簡単だ。けど、その理不尽さをそのまま受け入れて泣いている人生よりも命を懸けてその理不尽さと闘う人を心から応援する。

なにも大きな災害や出自の事だけでなく、日々の些細な理不尽さに抗う人の側に立ち続けたい。

厳しい条件、環境に置かれた人がすべて「えらかったね」と評価されるわけではない。そういう運命であったというだけのこと。そこからの行動が大事だ。そこからどう動くかが唯一の「評価」の基準だ。

別にその過酷な環境から逃げてもいい。そう考えるのは異常ではない。ふつうによくわかる。その状況を「受け入れたくない」という気持ちはよくわかる。心身が壊れるより「逃げたらよろしい」と僕なら言う。

ただ、ある種の殺気を身にまとい、その状況に挑みかかる人がぼくの了見にあう。大好きだ。自分のことを忘れて、仕事も後回しにしてそういう稀有な人と一緒に闘うのがぼくの生き方であり、幸せの具体的な姿。ほんとにそう思う。