decent

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夢はきっと叶う ひとつだけきっと叶う
そのために何もかも失ってかまわない
それほどまでの夢なら叶う
一生にひとつだけ
夢はきっと叶う 命も力も愛も
明日でさえも引き換えにして きっと叶う

何回も言うが、おいらやたら昔のことを覚えている。

今日は58年前の話を書こう。

うちの実家は山と田んぼに囲まれた超田舎、ザ・いなか。

小学生の低学年の頃から家の手伝いをよくしていた。

小さなため池があってその近くに苗代があって6月の初めに田植え前の稲苗を苗代へ行って藁で束ねていく手伝いに駆り出されていた。ほぼ戦力にならなかったが一緒に共同作業をしていた。

小さなため池の端に古い柿の木があったのも覚えている。苗代で作業中、大きな汚いドンゴロス(麻袋)を担いで右手に長い火ばさみを持ったおっさんが草を足でかき分けてぼそぼそ何か探しているように歩いていた。

勘のいい読者の皆さんはそれが誰かすぐわかったでしょう。

そう、いうまでもなくその人こそ、ヘビ取りのおっさんだった。

おっさんは僕の見ている目の前で長いヘビを器用に火ばさみで挟んでドンゴロスの中へ無造作に入れていった。

マムシは取らなかったと思う。長めのヘビを取っているのを少なくとも二回は目撃した。

「あのおっちゃん、ヘビどないするんやろ?」とおじいちゃんに聞く。

「売るんや」と返事が返ってきた。

「買う人おるんや」「誰がこんなもん買うねん」と不思議だった。

ヘビ取りのおっちゃんは夏はヘビを取り生計を立てていた。冬は何をしていたんだろう。それを今度会ったら聞きたい・・・・って、死んでるがな。

今日もうちに来ている何人かの保護者や家庭の今までのことを考えていた。

「しょうがいじ」と称される子どもを産んだために、本来祝福されるべき命をその真逆な対応を世間から受けながら育ててきた幾多の母親、父親、祖母、祖父のことを漫然と考えていた。

子どもが産まれた瞬間から親はすべてを犠牲にして、自分の命も惜しまず、幼い頃から子どもの病気に心を痛め、発達の遅れに気を揉み、どうしたらこの子は幸せになるんだろうと一生懸命考えて、子どもの幸せだけを念じてそれだけを生きがいし、クタクタになるほど考えて、悩んで、葛藤して・・・思うようにならなくて、いろんなことを諦めてくれと言われて、それでも諦められずに方々を訪ね歩き、いい医者、いい療育、いい相談、いい施設、いい職員を必死になって探し回って、それでも「この子は“重いから無理です。他を当たってください”と門前払いされて、もう生きることが嫌になって、死のうかと思って支援学校の元担任に相談したら「ゆめさき舎に頼んであげる」の一言に藁をもすがる気持ちで来た人がいた。深く深く頭を下げられて・・・二日一緒にいてその粗暴さに実際「この人は無理だ」と思ったけれど、うちが断ったら死ぬかもしれない、と元担任に“脅されて”当分受け入れようと思った人がいたことを思っていた。職員は我々夫婦と吉田さんの三人でやっていた頃の話し。乳飲み子抱えながらも時代。とうに容量オーバーしていた。けど受けた。殴られ、噛まれ、髪の毛引っ張られ、蹴られ、唾吐かれ、ありとあらゆるものを破壊され、それでも誰も「辞めさせよう」などという言葉を吐かずに受け入れた。なぜあんなこと出来たんだろうと今更ながら思う。

毎日、気が重かった。夫婦の確執も葛藤も毎日あった。当時そこが家でもあったから。他では無理という、そういう人が少なくとも三人いた。

 

ずっと思っていた。好きでしょうがいじを生んだ覚えなどない。その運命的なことで一生を棒に振る人がいること、その片棒を自分も担いでいることに居心地の悪さと申し訳の無さを感じていた。

 

久保田先生がいつも「あの人困ってるやん」と言っていたこと。近藤原理が「お母さんよく頑張ってきたね。よかったらこれから一緒に生きていきませんか」と言っていたこと。そんなことを思い出しては励まされて心のどこかで「この人たちに追いつきたい」と思いながらやってきたような気がした。

うちが受け入れないとこのおかあちゃん死んでしまうかも…本気でそう思った人がいた。それくらい状況が厳しい子どもにどこも首を縦に振らずたらい回しって・・・。

 

僕がしょうがいじの親ならどうして欲しいだろう。いつもそこを出発点に

考える。

ゆめさき舎があってうれしいだろうな・・・しょうがいじの親であったとしたらそう思える場所になりたい。意地でもなりたい。簡単にノーは言わない。プロだろう。「できません」なんて言うな、恥ずかしい、そんなこと。

「狂人の真似とて大路を走らば、すなわち狂人なり」(徒然草85段)

 

“自分はキ〇ガ〇ではない。キ〇ガ〇のふりをしているだけだ”と強く思い込んでいても、やっていることがキ〇ガ〇と同じことであるならばそれはもうそんなことをしようと思って実際にやった時点で頭がおかしい。

1000年前に吉田兼好が言ったことは今も生きている。

例えば、立花孝志や神谷宗幣や齋藤元彦や高市早苗を見て「国のため国民のためによく頑張っている」とか「あの人に任せておけばすべてうまくいく」とか本気で思っている人は本当に気を付けた方がいいと思う。危ないよ。おかしい人をおかしいと思う感性が備わっていない人はほんまに危ない。強い人は間違わないんだからついて行けばいい、反対する奴は変だと思う弱い人が多いけど、こういう類の人にはきっちり批判できないといけない。どんな人に対しても優しくしようと思う人はある意味で暴力だ。

狂人を正気に戻らせないといけないんだ。彼らの支持者はもはや彼らと同調することで「共依存」状態の道を自ら入り込んでいる。そこから出て行くのは大変だろうけど狂人に対しては「あなたは狂っているよ」と心の底から言ってあげないといけないんだ。

それらを認めることは優しさでも親切でもない、それは暴力でしかない。

こんな人たちを批判できない人を僕は一切信じない。

カマラーゾフの兄弟読了。

村上春樹の言う「人間は二種類に分けられる。カマラーゾフの兄弟を読んだ人と読んでいない人とに」もうこの言葉に出会ったのは15年以上前だ。二、三度チャレンジしかけてたどり着けなかったがなんとか「こっち」の陣営に来れた。それだけのために読んだという気もする。

ドフトエフスキーが饒舌すぎて付いていくのに必死のパッチ。

三男通称アリョーシャ(本名はアレクサンドル)が物語の核を為すことに間違いない。この名はドフトエフスキーの死んだ子の名前と同じ。

作者のこの子に対する願いのようなものが痛切と哀切を込めて響いてくる。とにかく善人だ。無条件に美しい。優しいとか親切とか正しいとかいうよりもアリョーシャの生き方は美しい。こうありたいと思う。

こういうありえないような善人を見ると「所詮、物語の上の架空の人物」と捉えられがちだが、僕もこういう生き方に憧れる。

 

こういう生き方って必ず自身の悲しみや傷を持っている人にしかできないこと。苦しんだり、悩んだり、時に死にたいぐらい傷ついたりした人にしかできない。貧困や病気や家庭不和や環境やらで苦しめられて、それでも「他人を出し抜て成り上がってやる」などと思わないでみんなの幸せを願う優しさや親切を忘れない生き方ってどこからどう見ても美しい。

アリョーシャは世間的には全然立派な地位にはついていないけれど、こういう人が世の中の歯車を前へと動かしているんだと感心する。

幼少期、少年期に苦しんだことのない、葛藤したことのない人の優しさはなにかにつけ、期限付きだったり、条件付きだったりする。

無期限無条件の優しさ、親切、誠実さをアリョーシャに見ていた。

美しい生き方をしたいなら毎日無傷でやり過ごそうなどと思うな。

アリョーシャからの言葉にならないメッセージが聞こえてくる。

東京で「あしたのパン買うわ」というと笑われた、と今年の春から東京に住んでいる娘が言う。「明日のパンって何?」って言われたらしい。東京にはそういう概念がないという。ここらへんではみんな「明日のパン」どうするかは大問題のはずだ。違うのか?東京の奴は「明日のパン」という語彙を使わずに「明日の朝食べるパン」のことを何と言っているんだろう。

「明日のパン」以外考えられないじゃないか。「明日のブレックファースト」とでも言うのか。不思議。同じ日本なのに。ああ、そうか文明の発祥地は関西だ。後進地域に住んでいるとまだ「明日のパン」という語彙が武蔵野国まで行き渡ってないのかもしれない。

しかし、十分伝わると思っていた言葉が伝わらないと結構ショックだ。

そんな経験が積み重なるとしゃべることが嫌になる。カルチャーショックになることもある。懸命に標準語や文化に馴染もうとする。そうそれだけでクタクタになる。

その日以降、娘は「パン買ってくる」だけになったそうだ。

明日を付けるのと付けないのとでは意味が全然違ってくる。

「明日のパン」には自分に向かって『今夜は食べないけれど明日起きたらこのパンを食べて腹ごしらえして出勤する』というある種の覚悟というか決然とした宣言が込められていることを東京の田舎もんはまだ理解していないようだ。「パン」だけでは決意表明にならないじゃないか。

力も出ない。

このバカさ加減もここに極まれり。この国の大将のことだ。

ほんまのことやで。嘘は言っていないし、あとで「なんちゃって」などとはぐらかさない。職を賭して、命を懸けて奴は「変」と言っている。

まだ半年ほどしか経っていないのにこの完ぺきなまでの「変」と「妙」と「奇」と「嫌」と「呆」と「蔑」と「厭」と「怒」と「卑」と「醜」とが絶妙に入り混じって完璧な痛さを兼ね備えた重さを醸し出している。

どこを切ってもそれ以外の漢字は出てこない。

先日の「昭和100年記念式典」は満身の怒りを感じた。

天皇皇后が列席しているにもかかわらずいじめっ子のように一切発言させず、自分がでしゃばってしゃべり、イってしまったように音楽に合わせてはしゃぎまわるあの傲慢さ醜悪さ。場の空気さえ分からない知能の低さ。

きっと天皇が反省の弁を述べるのを嫌がったのだろうという推測はもはや疑いようがない。

こいつのやっている行為は、日本国の象徴たる天皇及び皇室に対する敬意を著しく損なうのみならず国民の心情を深く傷つけるものである。右翼でなくとも看過できない。にもかかわらず、天皇を蔑ろにしている行為に対して自称保守や右翼の皆さんはなぜ沈黙する。怒らないのはなぜなんだ。ありえない。街宣車は全部故障中か。

皆さん、天皇陛下大好きではないのか。天皇より早苗が好きなのか、大事なのか。国體は早苗か。

僕はあたりまえのことだが、早苗より天皇の方が好きだ。というより比べるのも失礼なぐらい大好きだ。できれば友だち申請したいぐらいだ。

この国にはまだまだ「お上に逆らう奴はとんでもない」という国賊意識が根強よく存在する。

『まあまあ、難しいこと言わずに適当に生きていきましょう。そんなこと言うてたら酒が不味うなりますよってに・・・』とかいって政治を語らない。自分の主義主張を公にしない。時流に流されてこの先戦争になってもそれが運命なんやから、お上が決めはったことやからついていくしかない、仕方ない、というような「かしこ」で溢れかえっている。

「かしこ」にならなくてよかったわ。

もうここまで歳を重ねると若い頃には感じなかった人間観が出来上がる。

ほんの些細なしぐさが気になってその人が嫌になったりする。勘違いしていることもあるんだろうけど、いろいろ気を遣い過ぎることだらけ。

 

誰に会いたい?って自問する。思い浮かぶのはアホな奴一人と人が好過ぎる奴の二人だけ。

他に・・・誰もいないという不思議。

じぶんが会いたくない、と思っているのは『きっと先方も僕には会いたくないだろうな』と感じる人。僕の感じる世の中はそんな人であふれかえっている。

ということは、生きるってことは他者との関係性がないと無理ですよね。全く孤独だ、って思ってる人が生き続けようとする理由、自分の存在理由がないに等しいんだから、死ぬしかないってことですよ。

なんとなく10年後はそんなふうになっているかもしれないと思う。

異常に「友人」「友だち」「つれ」が少ない人生だ。

わかるよ、もう一人こんな性格の奴がそばにいたらきっと僕はそいつとはかなりの距離を取るし、会いたくもないに違いない。

 

会いたくない人で満ちているってことは、言い換えれば世の中もマツモトごときに会いたくないと思っている人だらけだということ。

ただ、この逆の真理はない。会いたい人で満ち満ちている人がもしいるなら、それほどの喜劇的な悲劇はない。『会いたくて会いに来ました』って言われて先方がそれほど会いたがっていることはまあ99%ない。相手を喜ばすために話しを合わすかもしれないけれど、自分に会いたい人なんかそんなにいませんって。

じぶんの子どもだって最期にはそんなに会いに来ないでしょう。

未練が経ち切れて「こんな人生、はよ、さよならしよう」と思えるようになる。この世に未練が残るのが生きていたい何よりの大きな理由。それが無くなるんだから、誰も会いたがってはいないし、会いたい人もいないというそんな最期がいい。

くそったれ、死んでやる。踏ん切りがつく。

 

 

ご近所のウエノさんはご夫婦とも安定した高収入の仕事についていたからいわば「おっさん」が家に二人いるようなものだ。生活に困ることはない。しかし、お互いにそれぞれの収入を知らないって、その話を聞かされたときは驚いた。必要な支出がある時に話ししてお互いに出し合うことにしているって。お互いがお互いの収入について聞くことがないって。そんなことあるんや。夫婦って財布が一つとばかり思っていたんだ。冷たくないか。他人行儀みたいにいくらこの家にお金があるのか知らないって。

そんな家あるんや、と思ったけど、例外的なことだと思っていたんだ。

そしたら、その後からも専業主婦が「夫の収入を知らない」と言っていたのには驚いた。毎月「必要な額」を受け取って(おそらく夫の収入に関係なく)生計を立てていると聞いて、これまた驚いた。どこまで他人行儀なんやって思ったんだ。そんな不自然なことってあるんか、とびっくりした。そうこうしているうちにガチで共稼ぎしている夫婦は結構そういう形をとっているということを知った。もう驚いたね。

今、この家にはいくらの現金や資産があるのかそれぞれ知らないって。へええええ、の世界。

将来の不測の事態に備えてお互い公表しないのか、それは知らないがなんか違うような気がしてならないんだ。

 

僕はうちにいくら蓄財があるのか知らない。家人がいくら貯蓄して何にいくら使っているのかも知らない。ただ、自分の収入は1円残らず家人に渡す。家庭ってそんなものだと固く信じて50数年生きてきた。

自由に使えるお金が数百万単位である、と聞いて最近びっくりしたこともあった。ええええ、ってもうそれだけ。

長生きはするもんだ。そんな夫婦もいるとは・・・50歳までに死んでいたらそんなことも知らずに終わるところだった。

 

小泉純一郎が演説で言う「世の中、二世議員や三世議員が多すぎる、と問題になってるね。僕もそう思う。ホントによくないね。ただねえ、うちの進次郎は違うよ。・・・四世だからね。」これザ・ニュースペーパーのネタ。

 

本当に自民党はだめですね。家業のように世襲していく。断れよ、息子も。アホだからほかに就職先はないのはわかるが、恥ずかしくないのかね。世間ではみんな陰で笑っている。うちの家業は政治家ですってああ、恥ずかしい。なりたいなら選挙区変えて出ろ。そんな勇気あるわけないしね。見返りの甘い汁を吸うために山ほどの政治献金して、自分たちだけいい目をしようとしている大企業共は人間として恥ずかしくないのかね。「他人や他企業なんかどうなってもいいし、もっと言えばこの国の将来なんか知ったことじゃない」という人たちが自民党を応援しておいしいところを吸い上げていくシステム。自分たちだけがいい目をしたい、それだけで今の保守政党が支えられている。間違いない。建前なんかどうにでも後付できるんだ。

 

福祉業界の世襲も同じ構造よ。詳しくは言わない。先日のこんなしょうもないブログ見て「世襲」の跡継ぎが「あのアホ変なこと言いやがって」とおいらのことを言いふらしている、と今日又聞きした。ほんまのことやで。

何で創業家が代々、税金を原資にしている事業所でトップにいる。おかしいやろ。そんなに福祉がしたいならどこかよそでせんかい。根性なしが。死ぬ気でやらんかい。

この業界は民間の企業ではない。しかもこいつら行政にうまいこと取り入ったり、保守系議員に取り入って荒らしまわっている。順番無視して自分たちファーストでやりたい放題やっているところがかなりある。

なんで経営者一族が外車乗り回せて、従業員は軽四しか乗られへんねん。おかしいやろ。お前の親父かおじいさんか知らんけど、創業者は苦労したやろけど、そのレールの上にふわふわ乗っかってどうするよ。

 

アスリートもそうよね。

物心ついたころから親父なりおふくろに英才教育受けてその道のトップをばく進する図はいかにもアンフェアな気がする。陸上のあの子も卓球のあの子たちも体操のあいつらもフィギアスケートのあいつも野球のあいつも、ずっと親が異常なほど干渉して特別コースのアドバンテージをもらって、ズルいやん。

世間は「一生懸命頑張った結果」こんな素晴らしい成績が…ていうけれど全然フェアでない。一般人は(チンパンジーちゃうよ)もうスタートした時点で出遅れているから勝ち目なんかあるかいな。

世の中フェアでないことで溢れかえっている。

これを言うと必ずバッシングされる・・・「そうはいっても世の中にはそれにもかかわらず・・・・・」

わかったわかった。何回も言うけど、それはほんと例外的な事柄だ。

この国はインドのカーストを笑えないところがあるって。

今年1月で65歳になって老齢年金受給をどうするか考えていた。結局今は繰り下げて、受け取っていない。5年繰り下げたら今の支給額の42%増になるし、そうしようかと考えていたんだ。

けど、65歳から受け取る額と、70歳から受け取る総額が交わるのが82歳。それ以上生きると70歳からの額が徐々に上回っていく。

細かいことを考えて生きている。なんか情けない。

ちょっとした金額の差を考えて、貧乏性特有のケチな考えで余生を全然楽しもうとしない。

何のために生きてきて、何のためにこれから残り少ない余生を生きるのかわかったものじゃない。

来月、受給申請することに決めた。当分給料もあるし、受け取った額を貯めて行けばいい。そんなに蓄財もないけれど死なない程度に生きていければいい。

あと何年生きるんだろう。いつもそこに引っかかる。

 

死んだらどうなるんだろう。この意識はどこ引くんだろう。

あの世はない。来世もない。輪廻は転生しない。

その事実は間違いないからこの後の死んだまま、ず----------っと死に続けるという事実が死ぬこと以上にきつい。

75歳から先に僕の楽しみはなにかあるんだろうか。80歳超えて僕は何をしているんだろう。

子どもがいようといまいと寂しい生活していることに間違いはない。

自殺している可能性はかなりある。そんな予感がする65歳の春。