decent

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夢はきっと叶う ひとつだけきっと叶う
そのために何もかも失ってかまわない
それほどまでの夢なら叶う
一生にひとつだけ
夢はきっと叶う 命も力も愛も
明日でさえも引き換えにして きっと叶う

大滝秀治が昔、民芸の舞台で大失敗したことがあった。死にたいほどの大失態だった。舞台を降りてきた大滝に袖で見ていた宇野重吉がボソッという・・・「死ね」って。

額面通り受け取るのはド素人。この「死ね」に救われたと大滝は言う。

今、失態を演じた舞台を忘れろ、というふうに解釈した大滝秀治。長年一緒にいた者でないと伝わらないメッセージってある。

言葉なんてほぼ逆の意味だと思ってもいい。我々の日常もほぼ反対の意味で使用している。「死ね」は一回死んで再生しろ、ということだ。「嫌い」と書いて「スキ」とルビを打つことも多い。「会いたくない」は「モウレツニアイタイ」というルビが入る。言葉なんて行間で決まる。

哀しい時笑顔になるように、嫌な奴といる時も笑顔になる。

中島みゆきの「うらみ・ます」なんてのは「・」が入ることによって「恨みます あんたのこと、死ぬまで」という歌詞は「あんたのこと恨むほど大好きです」という解釈がまっとうだ。

言葉なんかウソで出来上がっている。

 

「アホやなあ」というなんとも温かい関西弁が最近「差別的」「不適格」と言われることが多くなった。「アホやなあ」に一切差別の意味はないがそう受け取るアホがいる以上不適格な表現だと思われないように使わないようにする。

AIが判定したようになんでも差別だ、と言われたら何にも言えなくなる。

「死ね」も「アホ」も「大嫌い」も意味するところはその反対だ。

そんなことがわからない人が増えてAIに聞くから禁止用語がどんどん増えていく。「めくら」や「つんぼ」がよくなくて「禿げ」や「ブス」や「デブ」がなぜダメではないんだろう。言われて嫌な思いをする言葉を差別的というならその基準は誰がどういうふうに決めるんだろう。

「チビ」とか「貧乏人」というその言葉そのものよりも言う状況や、人によって受け取る側の気持ちが全く違ってくる。言葉なんてそういうもんだ。

同じ職場に、同じ家族に、同じコミュニティーに大事なのは同じ考え、同じ価値観、同じ感性、同じ人情、同じ考え方等々、いろいろ言う人がいるけれど、そういうものは全部要らない。

必要なのは、色々意見や価値観、感性はバラバラだけれど、そういう人が誰一人排除されずに働きやすい空間を作ろうという意思なんだ。磁場と言い換えてもいい。多文化と異文化が自由に行きかうこと。特定の人を邪魔者扱いしないこと。ふつうに自分の信念を持つことが何はばかることなく尊重される職場であり、家庭であること。

同じ方向性を向いていないと仕事がはかどらない、とか家族はみんな一致団結して仲良くしないと、と思う人は若干ずれている。

仲良くする必要などないのです。何人かで仲良くするグループが同じ組織の中で数か所出来上がることを派閥といい、組織内の組織を作るという危険なもんだ。

みんなバラバラでいこう。そして一人残らず人権や立場をその意見や感性の違いによらず尊重しよう。

ここは意見が違うのに話ししやすいなあ、気持ちいいなあ・・・感性など同じでない人がいい。異文化が交流し、存在を認め合う姿勢こそが組織強化につながるんだ。

大事なことは全員が組織の「指針」「理念」「方針」という情ではない部分のみでつながっているということだ。

 

 

よしもとの芸人130Rという名で板尾とコンビを組んでいたほんこん。嘗て蔵野と本名を名乗っていた。

最近何を血迷ったのか政治的なコメントを偉そうに発している。

全部マヌケ。一番なにがマヌケかといえば体制に媚びへつらうしか能がないというこの世で最低なゴミのような生き方を臆面もなく貫いているところ。今回の読売の監督、阿部の暴力事件にしても「擁護派」の声が高まりつつあると同じような同調のコメントを寄せるというなんとも気味悪い立ち位置を貫いている。信念など奴にはない。あるのはひとえに権力者の側に立ったコメントをするという浅はかすぎる立ち位置だ。

だから腹が立っている。奴が信念を述べているなら聞いてやるが「いかに取り入るか」という不届きなクソ。

将来、共産党が多数派を取ると奴はその流れを敏感に察知して尻尾を振ってくるという最低なクソ野郎だ。

もう完全な遊び場になっている。画面越しにかなりの異臭が漂う。

出すなよ、マスコミ。見るなよ、そんな番組って俺や。

物欲なんて碌なもんではない。自分だけ得しよう、いい暮らししたい、贅沢したい、いいもの食べたい、他人が羨むような豪勢な生活がしたい、お金がもっと欲しい、大きな家に住みたい・・・全部下品。鼻くそな生き方。恥ずかしい、恥ずかしい下品な生き方に人はどうしてそんなに憧れるんだ。恥という思いはないのか。

大体、企業が儲けたお金をそこで働く従業員に還元せずに株主配当に数十倍回すなんていう無茶苦茶さはこの世の終わりみたいだ。体を動かして額に汗して働いた者が生み出す富を頭しか使わない「かしこ」組が利益の分け前の大半を吸い上げていくシステムっておかしいと思わないか。老後の資金にと言って少しぐらいの利益なら何の問題もないが、若い奴が働かずにがっぽり入って喜ぶさまは狂っている。どう考えても狂っている。そいつらが偉そうにふんぞり返っている。株などせずに働いているものは「下級国民」なんだ。金貯まらずにどんな老後を迎えるか不安になって死ぬまで働かないと、と思ってしまうおいらはこの国の底辺から這いあがれない。

まあいい。幸せになろうとも、贅沢しようとも思っていない。

裸一貫で死んでいくのが理想だ。

とにかく下品な人生だけは送りたくない。権力に一番遠いところから下品な奴らを嘲笑してやる。

住むところは畳一枚分の広さで十分だ。

読売の阿部慎之助が逮捕されたニュースが飛び込んできた。よう訴えた娘さん。あんたはえらい、というか、普通のことや。よほどひどいことをされたのか、日頃から暴力に晒されていたのか、なんでもいいが、こういう暴力に対して沈黙をしないという流れが今後できることを望む。過去に遡って、あの「闘将」とか「燃える男」と呼ばれた男の罪状も白日の元に晒して欲しい。碌なもんではない。よくよく考えたらプロ野球界など傷害罪に問われなかったのが不思議な奴らで占められている。マスコミのそういうことを知っていながら世に問わない腰抜けども。

プロ野球界から暴力を追放したい。そのためならプロ野球がボロボロに、なることもまったく構わないし、むしろ願うところだ。

 

キ〇ガ〇高市の暴走が止まらない。

国旗を破損したものを刑事罰に処する法律を作るという。不敬だ、という理由で。暇かお前らは。身内の数々の不正には知らぬ存ぜぬを決め込んで、やっていることは軍事大国日本を作ること、国民を取り締まること、治安維持法の復活、徴兵制の復活、アメリカの奴隷化の促進。無茶苦茶や。頭悪すぎやろ。根性腐りすぎやろ。誰に向かって政治しているんだ。

とにかくアホ特有の威勢のいいことを言いふらして周りにいるアホ支持者を喜ばそうとする愚かさに良識ある人々はちゃんと見抜いている。

しかし、今、戦争に反対だ、ということのハードルの高さはどうよ。平和を守ろう、といった瞬間に凍てつくような雰囲気はどう見ても戦前に戻っている。

自分のことが忙しくて、そういう「ややこしいこと」は避けよう。自分の仕事に不利になるような反体制みたいな、共産党みたいなことを言うのは避けよう。そういう卑怯者、弱虫、腰抜けが多いから戦争の足跡が大きくなってもわが身かわいいしか考えない。そういうだらしのなさがこの国、この世界をダメにしている。

平和とか戦争反対とか言うことは「息を吸いましょう」「ご飯を食べましょう」というのと変わらない、当たり前すぎることなのに、世の中何に忖度しているのか。

ああ、嫌だねえ、腰抜けが多くて、ああ嫌だねえ、こんな奴らが周りにいると思うだけでしんどい。

腰抜けども。

悔しかったらかかって来い。

 

何度も言うが僕の場合は「自分がやったこと」で完結しない。

その後に「他者からの評価」があって完結する場合が多い。

世に言う承認欲求の塊のようなところがある。「陰ながらの善行」が極めて苦痛に感じるのは他者からの評価が届かないことをしても自己評価は上がらない、というなんとも下劣な理由からだと思う。

「ちゃんと見てくれた?」とすぐ思う。困ったもんだ。

こういう仕事をしているんだから他者からの評価ゼロでもちゃんとやれよ、と思うがなかなかできない。

今日も今日とて休みにもかかわらず、フェンスの取り付けに来てくれている業者さんがいたので朝から晩まで一日職場にいて色々と急な対応がある際に備えていたし、その合間を縫って修理に出している送迎車の引き取りに行ってきた。休みの日にスタッフに連絡するのもはばかられる(休みの日にまで仕事の連絡をして露骨にいやがられた経験がある)ので頼みやすい知人に頼んで現地まで乗せてもらって個人的な謝礼をしてきた。こんなことを誰も知らないという事実が無性にイライラさせる。(だからその代償行為としてこんなことを書いているんだ。現に明日からの朝の送迎に必要な自動車を誰も取りに行かないと業務に支障をきたすことぐらいわかることなのに誰も考えてくれないことに業を煮やしている。)

ハンナ・アーレントは言う「人間は他者の前に現れることで世界を持つ」

カントは言う「賞賛とは無関係に善を行うことだ」

他者からの賞賛、評価を何よりも欲しがる俗人マツモトと、そういうことは人間の正しい生き方ではないというもう一人の善人マツモトの思いが葛藤する。

 

青少年期、異性から一切相手にさえしてもらえなかったどころか口さえきいてもらえなかったという黒歴史が影響しているような気がしてならない。

僕は「さなぎ」の時期、ずっと透明な存在だった。

他人が怖くて、目立つことを避けてきた。何か行動を起したりしゃべったりすると笑われそうで、殴られそうで存在を消した。それは女性恐怖症ともいえる現在にもつながっている。現に家人が一番怖い。目を見て話せないと何人の女性から言われたことか知れない。

十代の自己形成の大事な時期に評価してくれるのは母からしかなかったように思う。

それと足が速かったことでぼんやりとした自己評価をかろうじて保っていた気がする。

中学生までは教師からもほんと好かれなかったし、「友人」なんてものはいなかった、みんなが自分を軽く見下していたと今振り返って思う。その思いは振り返るたびに心が重くなるほど、当時の関係者を殺したくなるほど重い怒りにつながる。未だに。そう、未だに、だ。殴りたい。

 

十代の頃、何の苦労もなく大勢に好かれ、モテたり、人間関係を築けた人間は大きくなってもそれほど承認欲求は強くないんだろうな、自信があるんだろうな、きっと。

僕は自己評価の飢え、人間関係の飢えを抱えたまま大きくなって自分の存在理由を必要以上に求めているんだと思う。だから過剰に他者の役に立とうとしている。自分なんてそんなふうにしないと相手にされないという恐怖におののいている。

自分は存在してよかったのか、自分の居場所はどこなんだ、そんな感覚に今日も人一倍神経を使いながら感じ、深呼吸している。

 

その若い頃の『透明な自分』という存在は周りの女性からしたら、人間の持って生まれた本能として「こいつの遺伝子だけは(自分に)引き継ぎたくない」という「拒否反応」だったんだと思う。僕もそういう本能的にオスとして受け入れられていないというのを嗅ぎ取っていたんじゃないのか。今ではわからないが世間から「こいつの遺伝情報だけは絶対に残したくない」という確固とした拒否を全身で感じていたんだ。その点「モテていた」やつらはそういう人間の基本的な「拒否」を知らずに生きて来たから性格がゆがんでいないのではないか、と思う。

自己評価も他者評価も低すぎる人間にできることは大きく見せることだけだ。虚勢を張ってヤクザになるか、右翼になるか、逆に善人になるか、共産主義者になるか、それとも死ぬか、引きこもるか・・・そんなところだろう。僕が暴れたいというのも何かを全部吹っ切りたい、という痛切な自己否定があったからだと思うし、今もそういうゆがみは自覚する。

考えてみてくれ、65超えた老人が未だに「暴れたい」っていう異常を。

 

 

そう、カネではないし、長生きでもない、強いものに媚びへつらう弱虫に好かれることでもない、いわんや他人を見捨てての自分だけの幸せなどというしょうもないものでもない。そういうものは唾棄するのみだ

これからの人生のキーワードは「暴れる」・・・でどうだ、皆さん!って誰に聞いているんや。

もうこんなニセモノの人生はやめよう。間違った人生だったと思う。修正しよう。

冷静に過ごさない。狂ったものには挑んで行くんだ。

思ったことは咀嚼したのち発言しよう。文章にしよう。何を怖がっている小心者が。

レイシスト、ファシスト、差別主義者、軍国主義者、全体主義者、快楽主義者、拝金主義者ども…そういうものと闘う。当然そういう者の言うことに頷くことはない。そういうものに自分から近づくことはない。

とりあえず、資本主義的なバクチ社会に抗議行動を起す。まずは競馬だ。

有名な低能芸能人をCMに起用してバカな若者を騙して、せっかくのあぶく銭を巻き上げる仕組みって狂っている。

あんな狂った世界はない。人の人生を無茶苦茶にする仕組み。多くの人間の人生を台無しにするこの暴挙。うちのむすこなんかもう自分では抜け出せないぐらいのホリック状態だ。うそお、腹立つ。

絶対暴れてやる。85まで暴れてやる。どうだ皆さん!こんなものでいいか。って誰に言っている。

 

 

 

って、心の中で叫ばずにはいられない瞬間ってあった。

恥ずかしくて、苦しくて、ガタガタ震えが来て、狂いそうになって・・・一番苦しかったのは33年前に2歳の子を轢いてしまった時。これはさすがに人生終わったと思った。仕事どころか、一人で立っているのも無理だった。賠償する現金もなくて、その三か月後に二人目の子が生まれたけど、何の感慨もないほどその苦しみに沈んでいた。

聴取が終わって病院の手術室の前に座っているその子の両親に土下座して「殺してください」と泣いた。思考停止して息ができないほど苦しかった。針のムシロとはこのことか、と実感した。生きていくことが辛かった。

自分が被害者になる苦しさの何十倍も「加害者」は苦しいと実感した。

被害者のことを軽く見ていると言われるかもしれないけど、加害者の方が精神的にキツイ。それは僕の実感だ。二日に一度と空けず、お見舞いに行った。

心のどこかでこの子の親に殺されても仕方ないと思った。

 

それからちょっとは仕事への向き合い方が変わった。

しょうがいじの母の気持ちを痛切に思うようになった。『障がいのある子を産んでしまったというその子への得も言えぬ加害者意識。心ない親族から「これはあんたの“血”だ」と言われて死にたくなったという母。配偶者はその現実に耐えられず外へ出て行ってしまったという母。そんな人たちの話が身につまされた。

若い頃『今からあんたと一緒に死のうか』と障がいのある子に話しかけて、けど、やっぱりそんなことできなかったと話してくれた母。自分で死ねないから誰でもいいから殺してください、と半狂乱になって叫んだことがあると静かに話す母。

ぼくを突き動かしてきたのはまごうことなく、そんな母たちの「殺して欲しい」と叫んだ涙だった。

折に触れ、そういう母たちの叫びと祈りを思い出す。

ここで逃げる奴は最低だ、自分への呪縛はこの母たちに比べりゃ、そんなにたいそうなことではない。

さあ、行くぞ。グループホームだ。

 

 

ぼくはあと10年後、20年後どんな顔をして生きているんだろう。

きっと生気のない、ぼんやりとした表情で変化に乏しい日々の暮らしに飽き飽きして、いきているのかしんでいるのかわからないような顔をしているんだろうなあ。人を好きになることもなく、趣味を生かして他人とどこかへ行くこともなく、ぼんやりと・・・しているんだ、きっと。

後悔ばかりしているんだろうなあ、と思う。

他人に嫌われたくなくて、自分の信じる政治信念、行動規範を口外することさえせず、自分の人生よりも他人の不幸な状況に心を寄せて生きてきたこれまでの生き方を振り返りながらこれでよかったんだろうか、などと思っているんだ、きっと。

歳いって醜くなった僕たちは一体どんな顔をして、どこかですれ違った時にお互いにどんな挨拶をするんだろうか。「また今度な」なんて別れ際に言うんだろうか。

もう今でさえかなりくたばりかけた心が益々ぼんやりしながら生きる目的さえ無くして生きているんだろうか。

10年後も20年後も暴れていたい。

頭の悪い、権力に迎合するような弱者にならずに強い人間になりたい。権力に潔く命を差し出せるような人間になりたい。

 

昨日の知事会見はもうとんでもないほど忍耐の限界だった。

こんな奴・・・・・最低、という言葉さえ間に合わないほど。

超絶のゴミ