路線と主義主張の
押し付けの構図
は、
過去の過ち
と
同じ構造であることに
気付いていらっしゃいますか ![]()
権利内容の質
では無く
構造としての踏襲が
体制翼賛につながる。
![]()
それが
右だろうと
左だろうと
教育者の権利を問うなら、
自らの労働の質としての
教育の内容的質の問題
![]()
として
教育の権利を
確立すべき
だと
思いますよ。
![]()
―当事者責任と受益者負担という考え方―
国際的に気候変動による地球温暖化が問題視されてから、早くも25年、四分の一世紀がたとうとしています。
これを、「たった」と感じるか、「もう」と感じるか、そして「他人事」としているかは、人それぞれの考え方と思い方の違いです。
しかし、我が日本は国家として、この問題に対して体制を組み、法律を作り、そして国際社会に対して強く働きかけていく役割を担っているという現状は歴然としての事実です。
そのことが意味する内容は、国民ひとりひとりに、ある「義務」が課せられているということを認識しなければならないということと、その認識を深めて、行動として示さなければならないということです。
私たち生活者の取り組みが進展していないかの様に感じられる問題の質として、多くの温暖化防止活動の中で語られていることに、「自分の問題として捉えようとする意識の希薄さ」を問題視していることが有ります。
問題意識の有無が防止活動を呼びかけていく時の関係性の上下関係を生み出し、問題意識を持つ者の先進性だけが一人歩きし、裾野を広げていけない事の本質があります。
そのことに対して、自らの総括を行わずに、呼びかけようとする相手の問題意識の低さを原因として転化することで、活動のイライラ感と拙速感を作りだしているのではないかと思われます。
では いかに「自分の問題」としての意識の共有化を求めていくのか。 ![]()
それは、この「地球温暖化問題」をいかにリアルな問題として提起していくのか
ということで、防止活動を推進していこうとする者に逆に問われていることです。
その事は、実はこの「温暖化問題」に限られたことではないでしょう。
深く探っていけば、私たちが国民として、平和な民主主義の政治社会の中で見失ってしまった事が、事の本質としてあるのではないかと感じられます。
「京都議定書」という国際的な地球温暖化防止対策の推進の為に、「法律」という縛りで人間生活の見直しを図ろうとする時に、この「法律」と「個人」の関係性の問題が浮き彫り化されてくると考えます。
日本においては、国民の意識の中に「法律」という概念が希薄で、自分の身に何かことが起きなければ、まるで関係の無い空気のような存在です。
また、「法律」に裏付けられた、「権利」と「義務」という2面性への理解・認識の不足ということも言えると思います。
「法」が、空気の様に目に見えないものとして感じていることが、「法」に守られていることが当たり前であり、その一方で「法」を遵守しなければならないという意識が希薄になり、ごく普通に暮らしていれば何の問題も感じず、物事のリアルさが遠のいているように思われます。
「地球温暖化」の投げかける課題は、ある面で私たち生活者に「法に守られている」―権利という問題と「法を遵守しなければならない」―義務という問題を提起していると考えます。とりわけ地球環境保全の為には、この人間の「義務」ということを深く認識し、行動として示さなければならない緊急問題です。
この「義務」ということを認識する為に、過去の歴史における人類の生活まで遡って、「地球温暖化問題」を捉えていかなければならないのです。
私たち人類は、地球の恩恵をさんざん受け、たくさんの利益を得てきました。
そのことでの地球に対する負荷という「当事者責任」が有り、地球を生命体として保全する為には、多様な生態系の代表者として「受益者負担」という観点で、あらゆる場にいるひとりひとりが考え、行動していかなければならないということを「京都議定書」が物語っているのです。
そして、日本国民は「京都議定書」作成地であることの認識を深め、「京都議定書」という「約束事」に基付き、<温室効果ガスを目標値に向かって削減するという結果を出さなければならない義務>を国民として、地球人として負っていることを、自覚・認識していくことが求められています。 ![]()
そのためには、地球環境保全の国民的意識を醸成して行く為に、身近な視点から「地球温暖化問題」を投げかけていくテクニックを向上させていくことが、問われていると思います。
この「当事者責任・受益者負担」という視点で、「国民的義務」という論点を背景にしながら、地球環境問題に意識を持つ私たちが、隣近所同士の人々への「地球の抱える問題」の解釈―通訳を、きめ細かく粘り強く行動として継続させていくことが、「国民的義務」の遂行を目指す「京都議定書」という国際的約束事を果たしていける一翼となっていくと考えます。
あなたの
煮え切らなさは
やくざな政党
という
組織硬直による
苦しみだ![]()
一言、一言に込められている
あなたの世界観を
理解出来ない組織なんか
![]()
国民の幸福のためなら
ぶっ壊せ
貴重品的な思想理念視点で
政党という集団組織を
支えていく時代は終わったようですね。 ![]()
みずほチャンの言っていたことは
政治的理念としては原則、まとも で
ただ、
時代遅れの観ですね。 ![]()
それに反発して家出するなら、
きよみちゃんは
お家の看板を背負って
バッジをつけることができたのだから ![]()
自ら潔く
バッジを外すくらいの覚悟で
家出しなくちゃ。 ![]()
政党という組織を離れて
真の無所属として
たった独りでも
選挙を闘う覚悟
を持たなくては ![]()
今まであなたが
戦士・闘志ぶってやって来たこと ![]()
全部うそ臭くなるわよ。 ![]()
その上、
乗り換えようなんて姑息なことしたら、
あなたもやっぱり権力がお好きなのね って
軽蔑されちゃうわよ。 ![]()
あれほど…
むねおさんとやりあった道理が
失せてしまう
わよ。 ![]()
さて…
宿題としてある
普天間基地問題 ![]()
そして
今回の宮崎県における
口てい疫問題 ![]()
等
火種の象徴としてあることからも
考察してみると…
国家国体全体を見渡せない ![]()
危うい政権担当者が
内閣という機構によっての
国権(国家権力)の判断内容と、
生活する私たち生活者の直接の現場
都道府県
または
市町村
という
地方・地域が
国家全体を見渡しての
堅実なる
現場行政判断をした内容とが
乖離した時 ![]()
我々国民は
都道府県民は
市町村民は
生活者として、消費者として、
納税者として、有権者として
一体どちらに
従いましょうか
![]()
現政権のおっしゃる
「地域主権」
(論理的に整理されていない「地方分権」)って
なぁ~~に
って
今
現政権に
確認しておかないと
持ちなれていない権力を
どう振りかざすか危うい
若僧集団だから…
![]()
クワバラ、クワバラ