一にも二にも、とりあえず山を下りる事から始めなければならない。
正直地底へはどうやって行けばいいのか把握してなかったので、人里辺りならそれっぽい情報も入手できるかもしれないからだ。
パフェのお蔭でいつも以上に上機嫌なよしか達を引き連れ、川に沿って歩き出す。
この道は天狗や河童といった妖怪も少ないようだ。それどころか、俺みたいに観光として登っているヒトも急に見られなくなった。
妙な静けさに違和感を感じつつ歩く事数分。
少し先の方に、古びた建物を見つけた。
遠くの方までよく見てみると、似たような建物がいくつか集まっているのが見える。
こんな所に村があるのだろうか。
しかし、建物の状態を見るに…"ある"というより"あった"という表現の方が正しいかもしれない。
そう思わせられる程、壁や屋根は古くなっていた。
建物に気を取られていると、またしても妖精たちの話し声が聞こえてきた。
近くに身を潜め、会話を盗み聞きする。
「ほらほら、この場所を私達解放戦線に渡しなさい!」
「何を言ってるかよく分からないわ。
そもそも、ここは私の場所じゃないもの!」
…よく観察すると、話しているのは妖精と、化け猫の橙のようだ。
会話の内容を聞いた感じだと、解放戦線の奴らはここも占領しようとしているらしい。
だが、占領される前に奪還してしまえばこっちのものだ。
可能な限り奴らの戦力を奪いたい今、この場所は死守すべきだろう。
――この場所が欲しければ、俺を倒してからにしな!
声を投げかけながら、二匹の前に躍り出た。
二匹ともこちらに気付き、視線が集まる。
「む、侵入者ね!」
「いいタイミング!
この隙に逃げちゃお!」
橙はそう宣言すると、一目散に逃げ去って行った。
流石猫。めっちゃ早い。
「あぁー!アンタのせいで逃げちゃったじゃない!」
ざまあ無いな妖精さんよ。
お前は此処で一回休みだ!
背後で待機しているよしかを前に出し、半ば強引に人形バトルを開始した。
* * *
一戦を終えたと思ったのも束の間。
先程逃げていった橙を捕まえようと、仲間の妖精達が俺の行く手を阻んできた。
が、所詮は妖精。出してくる人形は大したことも無く、連戦を終えてもよしかはほぼ無傷のままだった。
「駄目だ、この人間強い!退却よー!」
一匹の妖精がそう声を上げると、周囲の妖精達が一目散に飛び去って行った。
何とか解放戦線は撃退できたようだ。
奥まで進んでいくと、小屋の前で佇む橙を発見したので、とりあえず話を聞いてみる。
「あ、さっきの人間!
…あれ?紫様が言ってた人間じゃない。」
礼には及ばないさ。俺だって俺自身の為にやってたようなもんだし。
「そうそう、これ、紫様から預かってたの!」橙はそういうと、ポケットからクシャクシャになった、折りたたまれた一枚の紙切れを俺に渡して来た。
何かのメモだろうかと開いてみると、どうやら地図であるという事はすぐに分かり…そして、その地図が幻想郷の地理を表している事にも、わずかに時間を掛けて気付くことが出来た。
「それはスキマップって言って、
一度行ったことのある場所なら一瞬で行くことが出来るんだって!」へぇ。一度行ったことのある場所なら…か。
ポケ○ンの"そらをとぶ"みたいなもんだな。便利なモノだ。
しかしスキマップってネーミングセンスは…いや、言う必要はないか。
「いい?ちゃーんと紫様に感謝するのよ!」わざわざこんなモノを用意してくれるなんて、確かにちゃんと感謝しなけりゃいけないな。
と、笑いながらそこまで言ったのだが…
…色々話したい事もあるし、紫さんが直接渡してくれりゃよかったのにな。
「じゃ用事も済んだし、私は中に入るわねー。」
素直になれない年頃の少年のような複雑な気持ちを抱えながら、小屋へと入っていく橙を見送った。
さて、せっかくこんな便利なものを貰ったんだし、これを使って人里まで戻ろう。
地図を開いてみる。
…ところで、このスキマップはどう使えばいいのだろう。
そこまでは教えてもらえなかったが…
試しに、"人間の里"と記されたポイントに人差し指を当て、人里の情景を思い浮かべてみる。
すると…
突然、目の前に奇妙な空間が広がり――
* * *
・・・・・・。
あれ?
人里?
つい先程思い浮かべた景色が目の前に広がっており、これが現実なのか空想なのか分からなくなる。
しかし、遠くでご老人がきょとんとこちらを見つめている辺り…きっと現実なのだろう。
すげーな。本当に移動できた。
苦笑いしながら老人に会釈しつつ、足を踏み出した。
そういえば、と。
久し振りに人里に帰ってきたことで、大事な用事を一つ思い出したのだ。
情報収集もそうだが――小鈴の所に、例の妖魔本を持っていかなければ。
その為にはまず、以前忘れてしまっていた妖魔本の参巻を、回収しに行かなければ。
スキマップの使い方は何となくわかった。行先の景色を思い浮かべれば何とかなるらしい。
先程と同じようにスキマップを開き、"紅魔館"と記されている位置に人差し指を当て、景色を思い浮かべる。
* * *
気が付けば紅魔館前。
なんだかんだでここに来るのも久し振りだ。
そういえばここでレミリアに「山へ向かうのが運命」とかなんとかって言われて、実際行ってみたら色んな騒動に巻き込まれて。
色々言われているが、なんだかんだでレミリアの能力は本物のようだ。
それはともかく本題に戻ろう。
小悪魔よ。レミリアと会って来たぞ。結構前の話だが。
「あら!帰ってこないからもう死んじゃったのかと思ったわ!
ちゃんと吸血鬼に会えたみたいね!」悪いな、報告が遅れた。
素で忘れてたわ。
「それじゃ、約束通りこれはあげるわ。」そう言って、本棚から妖魔本を取り出して、俺に手渡してきた。
これにて4冊目である参巻を入手成功。矛盾しているように見えるが実は矛盾していない。
ところでパチュリーは何にも言ってなかったんだが、お前の判断で勝手に渡しちゃって大丈夫なのか?
「勝手にしていいのかって?
いいのよ。どーせバレないし!」
…その時だった。
ケタケタと笑いながら話す小悪魔の、遥か後ろの方で、本棚の陰からパチュリーがこちらの様子を伺っているのが見えた。
今の会話を聞かれていたのだろう。明らかに良くないオーラを放っている。あれはヤバい奴だ。
それじゃあな!と早口で告げ、すかさずポーチの中からスキマップを取り出した。
「どうしたのかしら?急に焦り出して」「…小悪魔…!」決して大きな声では無かったが、パチュリーが小悪魔を呼ぶ声が聞こえた。
それと同時に、小悪魔の身体が硬直したように見え――
――その後の彼女の行方は知らない。
その前にスキマップを使って逃げたので、行方を知りようが無い。
悪いな、小悪魔…お前の事は忘れないぞ。
そう小さく呟き、
きょとんとしながらこちらを見つめるご老人に軽く会釈をしつつ、鈴奈庵へと歩き出した。
* * *
そんな訳で、しばらくご無沙汰だった鈴奈庵へと到着。
おじゃまします。
「いらっしゃいませ!
あ、ミューさん!お久しぶりです!」小鈴の元気な声に出迎えられつつ、ポーチから二冊の妖魔本を取り出し、手渡す。
悪いな。随分遅れたが、ちゃんと持ってきたぜ。
「わあ、ありがとうございます!
早速ですが、読んでみますか?」ああ、参巻の方から頼む。
小鈴は目を輝かせながら妖魔本を開き、内容を朗読し始めた。
* * *
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本家人形遣いであるアリス・マーガトロイド曰く、人形はすべて魔力で動いているらしい。
そこで魔力を扱う魔法使いが怪しいと踏み、その魔法使いであるパチュリー・ノーレッジに会いに行くことに。
パチュリーがいる紅魔館に向かう間に様々なたらい回しをされつつ、霧の湖へ。
余談だが、わかさぎ姫かわいい。
自転車を飛ばして霧の湖を走り抜け、目標地点である紅魔館に到着。
SSが中途半端なところのものしかない。
内部へ侵入すると早速館の主であるレミリア・スカーレットと対面。
ここでは勝負にはならなかったが、あの口ぶりからすると間違いなく近いうちに戦う事になるだろう。
紅魔館内にある大図書館に到着し、早速パチュリーと話をしてみる。
が、どうやら今回の件にパチュリーは関わっていないらしい。
もう何回当てが外れたのか考えるのは面倒くさいのでやめておく。
パチュリーも違うとすると、では何処へ行けばいいのか。
今のところ行っていない大きな所で言えば【白玉楼】【守矢神社】【地霊殿】【命蓮寺】
あとは神霊廟と輝針城の…なんつったっけ。まあいいや、その辺だ。
色々考えを巡らせてみたが、それ以前にどうもパチュリーがハズレだったからすぐ次の場所へ、とはいかないらしい。
案の定、レミリアが俺と戦いたがっていたそうなので仕方なくレミリアの所へ向かう事に。
今回は無視すると逆に面倒な事になりかねない為挑戦は受けて立つ。
骨は幻想郷に埋めたいものだが、それはやりたい事をやってからにしたいしな。
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「ふむ、今回は写真付きですね。
それも色つきですし、天狗の写真のものよりずっと鮮明です。どうやって撮ったのでしょう。
…ところで、ここに写っている方…ミューさんに似ているような…」小鈴の言うとおりだった。
写真に写っている男性の容姿と、今の俺の容姿は、あまりにも酷似していた。
もしかしたら、この妖魔本は俺以外の誰かが、俺の活動を勝手に記録したものなのではないか…とも思った。
だが、酷似しているだけで、細かい所が事実と異なっている。
写真にはよしかが映っていなかったし、霧の湖において、俺は自転車は降りて歩いていた筈だ。
読めば読むほど、謎が深まっていく。
とりあえず小鈴に頼み、四巻を読んでもらう事に。
* * *
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とりあえずその場にいた三匹を倒して話を聞いてみたのだが、ここは人形解放戦線のアジトのマヨヒガ支店らしい。
なんで三匹しかいないのかは気にしちゃいけないと言われたので気にしない事にする。
しかしここマヨヒガだったんだな。
ボロボロの畳に、割れた壺、放置された段ボール……何で段ボール?気にしちゃいけないか。
箪笥や壺を漁らせてもらったところ様々な道具が入っていたので、なんというか昔はここにも人がいたんだなーと思わされた。
ちなみに実は俺、マヨヒガってのがどういうものなのかあんまり理解してない。
中学生の頃に友達が遠野物語を読んでいたが、俺も読んどきゃよかったな。
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* * *
…小鈴さんよ。
人形解放戦線ってのは、そう昔からあるんじゃなくて、ここ最近で現れ始めた集団…なんだよな?
「はい…私の知る限りでは、その筈です。
人形達が現れて、そこからしばらくして…そうですね、ミューさんが幻想郷に来る直前くらいでしょうか。
本当につい最近書かれた本の様ですが…でも、どうしてわざわざ製本したんだろう…?」あらゆる面で、矛盾が生じる。
まず、小鈴の言葉の通り、解放戦線は俺が幻想郷入りする直前辺りから現れ始めた集団である。
そして、この四巻目の冒頭に書いてある"ここは人形解放戦線のアジトのマヨヒガ支店らしい。"という部分。
ついさっき、殆ど同じ言葉を聞いたばかりなのである。
となると、ここに記載されている解放戦線というのは、俺が先程対峙した奴等であるとみて間違いないだろう。
そして、最後に書かれている"中学生の頃に友達が遠野物語を読んでいた"という部分。
ここが俺と完全に一致している。
中学校の頃、完全に俺のせいで東方厨になった友人が一人いた。
ある日、共に図書室へ向かった際、たまたま"遠野物語"を見つけ、その友人はそれを読んでいた。
多少の差異があるとはいえ、ここまで状況が一致している、となると…
ふと、俺の脳裏に一つの単語がよぎった。
その単語とは…
『パラレルワールド』
いわゆる、並行世界とか、別次元とか、反対の選択肢とか…そう呼ばれるモノの事である。
要するに…別の次元のどこかにいる「別の俺」が、「今の俺」と同じように幻想入りし、人形の異変に立ち向かい、「別の俺」が書いた日記が、何かの手違いでこちらの世界にきてしまった――ということだ。
パラレルワールドという存在自体、本当に存在するかどうかなんてわからない。
しかし…今の俺は、こうして幻想郷にいる。
現実で「あり得ない」とされていた世界に、今もなお立っているのだ。
幻想郷があり得て、パラレルワールドがあり得ない?
その考えこそ、あり得ないだろう。
今はそう考えるのが、妥当な気がする。
頑張って、次の妖魔本も探してみるよ。
そう小鈴に告げ、俺は鈴奈庵を後にした。
そういえば、外の世界で――件の友人は、元気にやっているだろうか。
友へと思いを馳せつつ、俺は地底について情報を集める事にした。