人生だいじょばなくなくなくなくない!

人生だいじょばなくなくなくなくない!

アラフォー、旦那と娘二人の四人家族。

ナリ心理学にはまって、勉強中。
理解したことを自分に落とし込んだり、
自分でやったことや感じた変化を記録していきたいです。

最近、読書週間である。

脱スマホのために、手が空いたら

本をとれるように図書館で借りまくっている。



最近読んでいる本の何冊かが

面白いことにナリ心理学と繋がってきて

私の理解を深めてくれているので

せっかくだから書き留めようと思う。



ちなみに、今読んでる本はこれ。



某岡田斗司夫さんのYouTubeで

橘玲さんと内田樹さんが紹介されてて

面白そうだったのでこの二人を

交互に読んでる。



さて、ここから考えたこと。



内田さんによると

自分の意見や考えというのは

常に自分が頭の中で想定している

「聴き手が聴きたがっていること」に

向かってつくられるらしい。



内田さんによるとというか、

正確にはジャック・ラカンという

精神分析家がそういうことを言ってたそう。



もう少しわかりやすく言うと

自分が人に対して何かを話す時、

人は「相手に自分がどう思われたいか」を

意識して話す内容を決めているということ。



でも、相手に

「あなたは私から何が聴きたい?」なんて

確認なんてしてるわけではないので

自分が想定する聴き手が聴きたがっていること

に向かって話すことになると。



この「聴き手が聴きたがっていること」を

ラカンは「他者の欲望」と言った…

のかな???



(と、私はこの本を読んで理解した。

ラカン調べたけど難解すぎて

これ以上わからん!

誤読あったらごめんなさいませ。)



で、ナリ心理学を学んでる私としては

思ったわけです。



これってナリ心理学で言う脳内母親の

仕組みじゃね!?



母親にいらんこと言われて

育てられた人は

脳内に母親の声やゴミ価値観が

染みついてしまう。



そして、そういうものを通して

「他者の欲望」を想定してしまう。



だから現実には

相手に確認したわけでもないのに



「こんなことしたら嫌われちゃう」



「失敗したら見放される」



「優秀でいないとがっかりされる」



そんなふうに相手が反応すると考えちゃう。



頭の中で自分が勝手に想定する

「他者の欲望」が

ゴミ価値観まみれになってしまうんだ。



これってある意味、相手のことを

「そういう欲望を持つ人間」と決めつけて

しまってるわけで。

相手の存在に向き合ってないよなぁ。



でも、面白いのは

ダイヤだろうと非ダイヤだろうと

あくまでも「私が想定する」

他者の欲望であって



やっぱり脳内で相手のことを

勝手に想定しているのには変わりない。



それでも、少しでもゴミ価値観という

フィルターを減らせば

ありのままの相手のことを見られるし

現実に合わせて修正もできるように

なっていくんだろう。



そうしてありのままの相手を知ろうと

することが「相手を尊重する」

なのかもしれない。





なんか、これまで他人軸で生きてきたから

自分軸で生きたいと思ってるけども。



「自分軸」って独りよがりとは違うんだなー

って思った。



私はどうしたい?

相手はどう思うかな?

二人にとっての気持ちいい着地はどこだろう?



こうやって考えられること、

そしてこときの「相手」を決めつけずに

確認できること。



それが尊重なのかなー。



なーんて、思ったのでした。





あ、ちなみに本来の本のテーマからすると

ほんのごく一部に食いついているので…w

この本読むと、



「学ぶって何?

どうやれば自分は人からより深く

学べるんだろう?」



みたいなことがわかると思います!(雑w)