今、国会では、再審法改正問題について激論が闘わされています。争点は、検察の不服申し立て権限(高裁への抗告権)を禁止すべきかどうかです。禁止を主張する人達の理由は冤罪被害の「早期」救済にあります。
再審の審理には二段階があります。
第一段階
無罪を言い渡すべき明らかな証拠があるかどうかを審理する「再審開始手続き」です。地裁、高裁・最高裁の三審制です。
第二段階
無罪を言い渡すべき明らかな証拠があると第一段階で確定したら、今度は、本当にその人が無罪なのかどうかを審理する手続きです。これも地裁・高裁・最高裁の三審制です。
従って、再審の審理が全て終わって無罪が確定するまで、形式的には六審制となっています。なぜ、そんなに慎重なのかといえば、すでに、通常の有罪・無罪を決める裁判(通常審)で、地裁(3名+裁判員6名)・高裁(3名)・最高裁(5名から15名)の合計17名から27人の裁判官・裁判員の判断で有罪が確定された判決を覆すのですから、それ相応の確固たる理由がなければならないというのは制度を作る以上、当然だと理解されているからです。
ただし、実際には六審制でなく、事実上、三審制です。なぜなら、第一段階で無罪を言い渡すべき明らかな証拠があると確定した以上、第二段階で有罪が維持されることは想定し難いからです。現に今までも第二段階で有罪が維持された例は1件もありませんでした。
そうすると、第一段階で、地裁の判決に対し検察の高裁への不服申し立て(抗告)を禁止してしまうと、たった3名の裁判官だけで、17名から21名の判断を覆すことを認めることになりかねません。
簡単に再審がみとめられて通常審の有罪が覆るようなシステムを作ってしまうと、お金目的で何人もの人を殺したり、性被害の上、殺害することを繰り返す人達がダメ元で再審の訴えをおこしてみようという輩が出てくることも、容易に想定できます。どんなに極悪非道な人でも死刑にはなりたくないからです。
実際にも、かつて、地裁で無罪を言い渡すべき明らかな証拠があるとされたが、高裁でそのような証拠はないとして再審開始が認められなかった事案が2件あります。もし、当時、検察官の抗告が禁止されていたら、本当は極悪非道の犯人なのに『犯人ではない』として、無罪放免になっていたのです。 その結果、冤罪救済のための制度が かえって『逆冤罪』を生み出してしまうのです。
これほど被害者遺族の人権を害する事はありません。 抗告の禁止を声高に訴える方々は、こういった社会秩序の維持や被害者遺族の人権についてどうお考えでしょうか?
人間ですから、誰でも判断の間違いをおかします。だからこそ、第一段階も三審制になっているのではないでしょうか。それなのに、それを一審制にするような検察の抗告禁止は、3人だけの裁判官に対する過剰な信頼だと思います。
そもそも、冤罪の防止は、検察官の抗告禁止とは無関係だと思います。冤罪を生むのは、捜査の初期段階での警察や検察の安易な見込み捜査・結論ありきの捜査手法、証拠隠しに問題があるからです。そして、最終的にはそれを見抜けなかった裁判官の資質に問題があるからです。
私は提言したい。 『逆冤罪』を生む可能性を避けるため検察の抗告を禁止すべきではありません。他方、本当の冤罪を生まないよう今の捜査手法や証拠開示の在り方を根本的に変える新たな制度設計のための「捜査手法の在り方検討会」を立ち上げてください。本当に冤罪だったら、被害者遺族にとっても、真犯人を取り逃がすことになり耐え難いことだからです。