オスカー本命『All the Beauty and the Bloodshed』レビュー | Just for a Day: 小林真里ブログ

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映画監督/映画評論家 小林真里(Masato Kobayashi)です

現地時間で、明後日の日曜日に発表される、

アカデミー賞のドキュメンタリー映画長編賞受賞確実と

予想される、ローラ・ポイトラス監督の

『All the Beauty and the Bloodshed』を鑑賞。

 

 

ニューヨークを拠点に活動するフォトグラファーであり

アクティビストでもある、ナン・ゴルディンの数奇な人生と、

彼女が設立した権利擁護団体P.A.I.N.と、

マイケル・キートン主演の傑作TVシリーズ

「DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機」でも

題材となった大富豪サックラー家の戦いを描いた

113分のドキュメンタリー映画だ。

 

P.A.I.N.の激しい闘争を描いた作品かと思いきや、

ナン・ゴルディのヒストリーを丁寧に語りながら、

彼女の複雑な家庭環境から、カラフルなプライベートを

包み隠さず堂々とさらけ出しながら、

カリスマ性を発揮し個性的なアーティストになった経緯や

アートとの向き合い方を、

1970年代のニューヨークの空気やアートシーン

(特にロウワーイーストサイドとタイムズスクエア42丁目)

を見事に封印した貴重な映像や写真とともにドキュメント。

当時のジョン・ウォーターズとの交流も興味深い。

 

そこにP.A.I.N.の真摯で華々しい活動を交錯させていくのだが、

多くのアメリカ国民をドラッグ中毒にし巨万の富を得た

恐るべきサックラー家が支援し、財政的援助をする

世界各国の有名美術館でのデモなど、知的で戦略的で、

体を張った執念の活動がダイナミックで目を奪われる。

 

しかし、クライマックスで、

それがこの映画の主題ではないことがわかる。

 

彼女の家族の過去の秘密、

恐ろしい真実が明らかになったとき、

なぜ彼女が若くして奔放でラディカルな

アーティストになるしかなかったのか、

なぜアクティビストとして命懸けのデモに

身を投じることになったのか、

その強靭な精神力とパワーの源はなんなのか、

理解できるようになるのだ。

 

ヘヴィで悲しい、人生の無慈悲さと激しい痛みと地獄を伝えながら、

それでも果敢に生きる、生きるしかない

女性のたくましい姿を正面からとらえた、

パワフル極まりない重層的な秀作といえる。

 

心の中で、泣いた。