まさたこすのブログ

まさたこすのブログ

東京都渋谷区…から引っ越して、さいたま市西区に住む青年による日記。

いつ死ぬかわからないこの時代、自分がこれまでどんなことを考えて生きてきたのか忘れないようにここに書き連ねていきたいと思います。

暇だったから更新再開しようかなと思う笑

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中高生の時代、自分は個人競技ばかりで、仲間と協力することがよくわからなかった。

先生はいた。でも教科書みたいにやり方を教えてくれるだけ。
先輩はいた。なんか弱くても偉そうにしているだけ。
同期もいた。一緒帰ったり、飯食うだけ。
後輩もいた。なんだかんだ気を使ってくれて便利なだけ。

別に同じ部活で一緒にやらなくてもあんま変わらないだろう。違う仲間でも割と今と同じような関係になるだろう。強くなれるかどうかは自分次第だろう。

ずっとそう思っていた。
仕事も同じだと思っていた。

でも、最近気づいた。
仲間がいるってこんなに素晴らしいんだと。

キツい時は励まし合える。
悩んだ時は考えてくれる。
悲しい時は慰めてくれる。
間違えた時は叱ってくれる。
嬉しい時は喜んでくれる。
楽しい時はもっと楽しんでくれる。

ああ、これだ。
仲間がいるってこういうことだ。

そう思ったときもっと仲間を大事にしようと思った。
自分がしてもらったことを仲間にしてあげようと思った。

こんな鈍感な自分だけど、これからも一緒に頑張りましょう。
「筋トレやりたいなあ」

と自分で思うことはよくある。
でももし誰かに

「筋トレやりなさい」

と言われたら?
おそらくやる気は半減してしまうだろう。

やる気が変わらない人ならおそらく言われる前から筋トレしている人だろう。

ではそこにどんな違いがあるのか?
その答えは「自分で決めたかどうか」だと思う。

自分の選択が間違いだと、誰しも認めたくはない。自分でやると決めた以上それが間違いだと思いたくない。誰かに言われたら言い訳してしまうが、自分の意思でやろうと決めたならもう言い訳はできない。

自分の過去を振り返っても、
「自分で決めた」と意識するだけで、責任感がぐっと湧いてくる。

本気で向き合うまえになんでもいいから自分で決めるといいのかもしれない。
誰かを動かしたいなら、自分で決めさせるように促すといいのかもしれない。(これはケースバイケース)

今後も自分で決めていく。
決めたことが未来になる。
自分の未来は自分で決める。

今日はおれはそれを心に決めた。

おれは人に対して愛情持って接しているだろうか?

家族
一緒に働く仲間
友達
恋人
自分

好き嫌いはあるけど、それは愛情とは別だと思ってる。接している時々、これは愛情を持って接しているか自問自答しても、正直よくわからない。

見返りを求めない奉仕活動
をもし愛だというなら、ボランティアは愛情表現か?

自分の身を削っても守りたいという気持ち
をもし愛だというなら、まあわかる気がするな

本当の意味で自分がどんな状況でもその人を優先できたら、愛情を持てているということなのかな?
例えば映画やドラマで母親が「私はどうなってもいいから、この子だけは助けて下さい…!!」みたいなシーンがあるけど、このセリフを心から言えたら愛情を持てているということなのかな?

でも

自分を愛するってなったら…

どうなるんだ?笑

自分にとって心の拠り所が少ないとよく感じる。
まあそれはみんなかもしれないが。

今の会社にいる理由は、それが一番の理由だろう。

そういう意味では自分はプライベートでも仕事でもまだ自立できていない。

誰かに支えてもらわなくても、しっかり自分であり続けられるような人になりたい。
新宿から埼玉に引っ越してから数ヶ月。

就寝時間はそこまで変わってないけど、なかなか疲れが取れない気がする。
帰ったらすぐ寝て朝もギリギリまで寝てるけど。

この前マッサージ行ったけど、それでもあんまし変わってない。

精神的にもどんよりしてる。

このままじゃいかんな、なんとかしかいと。