ふとしたはずみで、
いままでなんとなく見てきたものが、
まったく別の色に見えるようになることもあるもので。
山を見ても海を見ても、
その美しさを難しい言葉で誰かに伝えようとして、
その場で楽しむことを忘れていたけども、
となりに気持ちを伝えたい誰かがいることで、
「きれいだね」という簡単な言葉に感情をこめることができる。
漫然と過ごしてきた日常のひとつひとつも、
頭のすみに誰かが住み着くことで、
無機質な灰色が、
すこしづつ彩りを取り戻していく。
木々の緑も海の碧さも、
目に見えない何かでさえも、
誰かの力によって初めて本当の色が見えてくる。
誰かに楽しんでもらおうと思っていろいろ考えて、
誰かに喜んでもらうことで自分も幸せな気持ちになる。
誰かが与えてくれる幸せが、
自分の見ている世界がどんなに小さなものだったかを教えてくれる。
四十にして惑わずとは言うけれど。
「ひとり好き」をうそぶいてみても、
やっぱりその前には「さびしがり屋の」がついて回り、
誰かに何かを求める歳ではないことはわかっていても、
自分を幸せにしてくれる誰かをいつも心の中で求めてる。
誰かの存在が、
少しずつ大きくなっていくのを感じる今日この頃。
だからと言って・・・
無理に合わせてくれる必要はないんだよ。
ただお互いの生活が彩り多いものになるように、
もう少しだけ、同じ時間を過ごせたらいいなと思います。