ブログネタ:ブログのタイトル、どうやって決めた?
参加中まーちゃんのブログのタイトル、はっきり言って、
大阪以外の人間、大阪の人間でも、若い人はわからないと思います。
大阪をこよなく愛する人間が書いてるブログにしたかったので、
今は、あまり使わないし、標準語にぴったりの言葉がない大阪弁を
タイトルに入れようとまず考えました。
そして、それを会話風に仕上げて、今の形になりました。
自分では、結構気に入ってます。
(自己満足ですみません。)
ちなみに、このタイトルの大阪弁ですけど・・・・
「ほたえる」→
「いちびる」の意味のひとつに「ほたえる」も含まれている。ただ、いちびるの場合は、どちらかというと「おどける」といった道化系統の意味合いが強く、ほたえるの場合は、「ふざける・つけあがる」などの意味合いが強い。
現代語の辞書類を見ても、「ほたえる」とは、ふざけ騒ぐ、戯れるといった意味のほか、甘える、つけあがるなどの意味が指摘されている。
近松門左衛門は、この「ほたえる」という言葉がよほどに好きだったらしく、浄瑠璃作品の中に、盛んに使っている。
「お前は何処ぞ脇で遊んで下さんせと、いへどもほたえた顔付にて」(『心中天網島』上)、「こりゃん、ほたゆるなど、又引っがついて投げたがの」(『博多小女郎浪枕』)、「やい、かしましい、あたり隣もあるぞがし、よっぽどにほたえあがれ」(『女殺油地獄』中)、「若いなりしてびらしゃらと、あんまりほたえさっしゃるな」(『卯月の紅葉』上)--といった具合で、近松さんは、ほたえるマニアでもあったようだ。
いま大阪で「ほたえる」を使うのシーンというと、子供たちをたしなめる時が多い。親や教師が、ふざけまわっている子供をしかる際に、「こら、ほたえな!」と一喝するようなケースである。大阪では若い母親なんかでも、ごくふつうに、「これ、あんたら、こんなとこで、ほたえなさんな」といったしかり方をしている。
大阪以外の人たちが耳にすると、ちょっと意味のわかりにく言葉かもしれないが、大阪人にとっては、わいわい、やいのやいのと騒いでいる状況を表現するのに、ニュアンス的にとてもよくわかる言葉のひとつだ。
現代語の辞書類を見ても、「ほたえる」とは、ふざけ騒ぐ、戯れるといった意味のほか、甘える、つけあがるなどの意味が指摘されている。
近松門左衛門は、この「ほたえる」という言葉がよほどに好きだったらしく、浄瑠璃作品の中に、盛んに使っている。
「お前は何処ぞ脇で遊んで下さんせと、いへどもほたえた顔付にて」(『心中天網島』上)、「こりゃん、ほたゆるなど、又引っがついて投げたがの」(『博多小女郎浪枕』)、「やい、かしましい、あたり隣もあるぞがし、よっぽどにほたえあがれ」(『女殺油地獄』中)、「若いなりしてびらしゃらと、あんまりほたえさっしゃるな」(『卯月の紅葉』上)--といった具合で、近松さんは、ほたえるマニアでもあったようだ。
いま大阪で「ほたえる」を使うのシーンというと、子供たちをたしなめる時が多い。親や教師が、ふざけまわっている子供をしかる際に、「こら、ほたえな!」と一喝するようなケースである。大阪では若い母親なんかでも、ごくふつうに、「これ、あんたら、こんなとこで、ほたえなさんな」といったしかり方をしている。
大阪以外の人たちが耳にすると、ちょっと意味のわかりにく言葉かもしれないが、大阪人にとっては、わいわい、やいのやいのと騒いでいる状況を表現するのに、ニュアンス的にとてもよくわかる言葉のひとつだ。
「いちびる」→
「いちびり」とは、ふざけまわる人、お調子者、出しゃばりといった意味の大阪弁。
調子にのって、わいわい騒いでいる人に対して、「あいつ、えらいいちびりやな」と、ちょっとヒンシュク気味に言うときなどによく使う言葉だ。
動詞になると「いちびる」になり、やはり、調子に乗ってはしゃぐ、ふざける、ほたえる、つけあがる…などの意味がある。
「いちびる」は「一振(いちぶ)る」の転訛で、語源は浪花の魚市場だった雑喉場(ざこば)で行われていたセリ市にある。『守貞漫稿(もりさだまんこう)』に、「大坂も雑喉場問屋へ漁村より贈る。問屋にては、一夫台上に立ち、魚籃一つ宛を捧げ、さあなんぼなんぼと云ふ。(中略)此時、大坂市中魚賈群集し、欲するところの価を云ひ、其中貴価なる者に売与す。これを、市を振ると云ふ」とあり、セリ市でやかましく騒ぎ立てることから「いちびる」という言葉が生まれたことがわかる。
この解説によると、当時のセリでもすでに、「さあ、なんぼ、なんぼ」と、今風の大阪弁モードでやっているところが面白い。
元来は、お調子もんを揶揄する時などに使う、ネガティブな意味合いの言葉だが、逆に、味がある、面白い人間をさして、「あの人は、なかなかのいちびりや」といった一種の称賛として使うこともある。
例えば、金儲けにもならないのに、何か奇特なことをしている人とか、趣味が高じてその道の達人になった人とか、人の目なんか気にしない、ある種の高みに達している人たちに対する尊称みたいなものである。
大阪の人はわりと、そういうオモロイことをしている人を、「ごっつオモロイやん」と素直に称える感性を持っている。だから大阪人はみんな、多かれ少なかれ、いちびり系のDNAを保有している、といえるのかもしれない。
調子にのって、わいわい騒いでいる人に対して、「あいつ、えらいいちびりやな」と、ちょっとヒンシュク気味に言うときなどによく使う言葉だ。
動詞になると「いちびる」になり、やはり、調子に乗ってはしゃぐ、ふざける、ほたえる、つけあがる…などの意味がある。
「いちびる」は「一振(いちぶ)る」の転訛で、語源は浪花の魚市場だった雑喉場(ざこば)で行われていたセリ市にある。『守貞漫稿(もりさだまんこう)』に、「大坂も雑喉場問屋へ漁村より贈る。問屋にては、一夫台上に立ち、魚籃一つ宛を捧げ、さあなんぼなんぼと云ふ。(中略)此時、大坂市中魚賈群集し、欲するところの価を云ひ、其中貴価なる者に売与す。これを、市を振ると云ふ」とあり、セリ市でやかましく騒ぎ立てることから「いちびる」という言葉が生まれたことがわかる。
この解説によると、当時のセリでもすでに、「さあ、なんぼ、なんぼ」と、今風の大阪弁モードでやっているところが面白い。
元来は、お調子もんを揶揄する時などに使う、ネガティブな意味合いの言葉だが、逆に、味がある、面白い人間をさして、「あの人は、なかなかのいちびりや」といった一種の称賛として使うこともある。
例えば、金儲けにもならないのに、何か奇特なことをしている人とか、趣味が高じてその道の達人になった人とか、人の目なんか気にしない、ある種の高みに達している人たちに対する尊称みたいなものである。
大阪の人はわりと、そういうオモロイことをしている人を、「ごっつオモロイやん」と素直に称える感性を持っている。だから大阪人はみんな、多かれ少なかれ、いちびり系のDNAを保有している、といえるのかもしれない。
ということで、微妙にニュアンスが違いますねん。
その辺は、小さい頃から体感していないとわからへんと思います。
ワンクリックしてね
