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わたくしはジャパンアクションギルドの代表理事をつとめております(げいのう労災について)

わたくしは・・・・
ジャパンアクションギルドの代表理事をつとめております
(げいのう労災について)

 

 

芸能の仕事をしている人は、日本におよそ21万人いると推計されています(日本芸能従事者協会)。

そのうち、労災保険に特別加入している人は 719人 です(厚生労働省・2022年度末)。

割合にすると、0.3パーセント。1,000人の現場に、3人。

この数字を最初に見たとき、正直なところ、うろたえました。制度が存在しないのなら仕方がない。でも、制度はもうあるのです。2021年4月から、俳優もダンサーもスタントも音楽家も、照明も撮影も演出も、対象になっている。

入れるのに、入っていない。

一方で、けがは起きています。日本芸能従事者協会の調査「労災と安全衛生2023」(n=245)では、実演家の35.0%が事故やけがの経験が「ある」と答えました。スタッフでは29.5%。そして、治療費を自分で払った人が51.3%、特別加入で払えた人は4.7%でした。

その理由の大半は、届いていないからです。そしてそれは、制度を運営している私たちの側の課題です。


「フリーランスだから対象外」は、もう違います

まず、事実を整理させてください。

労災保険は本来、雇われて働く人のための制度です。フリーランスは対象外——長いあいだ、それがこの業界の常識でした。実際、多くの現場でそう説明されてきました。

でも2021年4月、法令が変わりました。芸能の仕事に従事する人が「特別加入」という仕組みで労災保険に入れるようになったのです。さらに2024年11月には、業種を問わずフリーランス全般が対象に広がりました。

国は、この方向に舵を切っています。

対象になるのは、放送番組・映画・寄席・劇場などにおける音楽、演芸その他の芸能の提供の作業、またはその演出・企画の作業に従事する方です。実演する人だけではありません。監督、撮影、照明、音響、美術、衣装、メイクといった制作スタッフも含まれます。

ただし、雇用契約で働いている方は対象外です。その場合は事業主が加入している労災保険が適用されるため、特別加入の必要がないからです。

そして、判断は契約書の名称ではなく働き方の実態でなされます。「業務委託」と書かれていても、指揮命令を受けて時間で拘束され、時間に応じて報酬が決まる働き方なら、労働者と扱われることがあります。逆に、事務所に所属していても案件ごとに契約し自分の裁量で働いているなら、対象になり得ます。

このあたりは個別性が高いので、迷ったら確認するのが確実です。


この制度は、誰かに与えられたものではありません

もうひとつ、書いておきたいことがあります。

この特別加入制度は、国が気を利かせて作ったものではありません。業界の先人たちが長い時間をかけて実態調査を積み上げ、国と交渉し、認めさせたものです。

「自己責任」と言われ、「泣き寝入り」してきた時代を変えるために。

だからこの制度は、恩恵ではなく権利です。使わないのは、率直に言って、もったいない。


何が補償されるのか

労災保険の給付は7種類あります。

  • 療養(補償)給付 — 治療費。労災指定医療機関なら窓口負担0円。しかも治癒(症状固定)まで、期間にも金額にも上限がありません

  • 休業(補償)給付 — 療養のため業務にまったく従事できない日の補填

  • 傷病(補償)年金 — 療養が長引いた場合の年金

  • 障害(補償)給付 — 障害が残った場合の年金または一時金

  • 介護(補償)給付 — 介護が必要になった場合

  • 遺族(補償)給付 — 遺された家族への年金

  • 葬祭料(葬祭給付)

障害と遺族は、一時金ではなく年金です。民間の傷害保険が一時金で終わるのとは、構造が違います。

なお、二次健康診断等給付は特別加入者は対象外です。ここは正確に書いておきます。

休業給付について、もう少し詳しく

いちばん関心が高いであろう休業給付について、条件を隠さず書きます。

給付基礎日額を10,000円に設定した場合、休業1日あたり8,000円。内訳は休業(補償)給付6,000円(日額の60%)と、休業特別支給金2,000円(同20%)です。

ただし条件があります。

  • 支給は休業4日目からです。最初の3日間は支給されません

  • 療養のため、加入時に申請した業務にまったく従事できない状態(全部労働不能)の日が対象です。一部でも就労できると支給されません

  • 原則として、療養開始後1年6か月までの給付です

「1日でも休めば出る」わけではない。ここを曖昧にして書くと、いざというときに落胆させてしまうので、はっきり書いておきます。


費用の話

保険料は法定の計算式で決まります。

給付基礎日額 × 365日 × 0.3%

給付基礎日額は3,500円から25,000円まで、16段階から自分で選べます。日額10,000円を選んだ場合、保険料は年10,950円。月に均すと約912円です。これに当団体の事務手数料が月500円かかるので、月あたり約1,400円という計算になります。

金額の感じ方は人それぞれなので、「安い」とは書きません。ただ、判断材料になる事実をいくつか挙げておきます。

  • 労災保険料は全額が社会保険料控除の対象です

  • 給付は非課税です。1日8,000円なら、手取りで8,000円という意味になります

  • 保険料率は職種によって変わりません。芸能は一律0.3%です(参考までに、建設業の一人親方は1.7%)

そして、あまり知られていない点をひとつ。

特別加入には、加入審査がありません。

年齢でも、既往症でも、危険な仕事だからという理由でも、断られません。保険料が割増になることもない。民間の傷害保険で引き受けを渋られた経験のある方——特にスタントやアクションに携わる方には、ここが大きいはずです。


ひとつだけ、急いでお伝えしたいこと

特別加入は、さかのぼって加入することができません

加入の効力は、労働局長が承認した日から始まります。怪我をしてから手続きをしても、間に合わないのです。

不安を煽るつもりはありません。ただ、この一点だけは制度の仕組み上どうにもならないので、事実として書いておきます。


どこで入るか、という話

最後に、正直なことを書きます。

芸能分野で特別加入を扱っている団体は、当団体だけではありません。全国芸能従事者労災保険センター、映適スタッフセンター、連合フリーランス、芸団協——複数の受け皿があります。事務手数料や取り扱いの範囲は団体ごとに違うので、比べて選んでください。

当団体でなくて構いません。

どこでもいいので、入ってください。0.3%という数字が変わることのほうが、どの団体を通すかよりはるかに重要です。


これから書いていくこと

現場で実際に何が起きているのか、どこからが「仕事中」なのか、判断に迷うケースはどうなるのか——

判断に迷うことがあれば、気軽に聞いてください。無料で、非公開でお答えします。

制度は、使えて初めて意味があります。

 


※本記事は労災保険特別加入制度の概要をご紹介するものです。給付の可否および金額は、個別の状況に応じて所轄の労働基準監督署長が判断します。記載の保険料・給付額は給付基礎日額10,000円を選択した場合の例であり、選択する日額により変わります。雇用契約で働く方は特別加入の対象外です。

発信:一般社団法人JAPAN ACTION GUILD(東京労働局長の承認を受けた労災保険特別加入団体)

 

 

ジャパンアクションギルド

時間は命 ―― 一日を十倍生きる者へ

時間は命 ―― 一日を十倍生きる者へ

本稿は、当社創業者・矢部廣重による講話「時間は命」を、本人の言葉のまま再構成したものである。
文中の「私」は、矢部廣重を指す。

秘伝書に書かれた内容である

 

 

序 ―― 手帳を捨てる勇気

年末になると、人は決まって新しい手帳を買う。そして胸の内でこう誓うのだ。「来年こそは、時間を征服するぞ」と。だが正月の松がとれる頃には、もう「まぁ、いいか」と諦めの境地に入っている。これを何年も繰り返すうちに、人はついに「時間を征服するなんてムリだ」と、いわゆる〝ワカッチャッタ世界〟へ落ちてゆく。

私はこれまで二千五百名を超える経営者を見てきたが、「時間管理に成功した」という話を、ただの一度も聞いたためしがない。なぜか。答えははっきりしている。皆、本質を見抜こうとせず、すぐにハウツーを欲しがるからだ。手帳の書き方、スケジュールの組み方――そんな枝葉ばかりを追いかけて、根っこを見ようとしない。

だから私は、まずこう言いたい。手帳を捨てる勇気を持て、と。時間管理とはスケジュール管理のことだ、という一面的な思い込みを捨てるのだ。ここから、まったく新しいドラマが始まる。

一 ―― 出社とは、命を捨てに行くことである

原点に戻ろう。「出社とは何か」を、坊主めくりの要領で、一枚ずつ本質を剥がしていく。タテマエでは、こう言う。「お客様に喜ばれる仕事をするため」「社会に貢献するため」。ホンネはどうだ。「給料をもらうため」「出世のため」「より高い収入を実現するため」。だが、さらにその奥へ、百倍考え抜いて迫っていくと、これまで誰も見ようとしなかった世界が、突然、姿を現す。

出社とは、「毎日」「八時間」「自分の命を」「捨てに行くこと」である。出社とは、自分の命と引き換えに給料をもらうことである。

いかがだろうか。時間に対する認識が、ガラリと音を立てて変わったのではないか。仕事がつまらないと腐っていた若手も、惰性で椅子を温めていた中堅幹部も、これに気づけば行動が変わる。自分の大切な命を、こんなふうにムダにするわけにはいかない――そう思った瞬間、仕事が変わるのだ。

時間は命である。この一言の真意が腹の底から分かったとき、「時間管理」とはすなわち「命の管理」であることが、はっきりと見えてくる。

 

 

二 ―― 時間管理には〝格〟がある

慧眼を働かせれば、時間の扱い方には明確なレベルがあることが分かる。私はこれを三段に分けている。

 ―― 時間を「管理」する。すなわち〝日程〟の管理。手帳の中の予定を、ただ埋めて、消していくだけの世界。
 ―― 時間を「経営」する。すなわち〝成果〟の管理。この時間で何を生み出したか、を問う世界。
 ―― 時間を「演出」する。すなわち〝命〟の管理。一分一秒を、自分の命そのものとして輝かせる世界。

本質が見えないうちは、下から一歩も出られない。毎朝、惰性で出社し、同じやり方を漫然と繰り返し、「仕事が多い」「時間が足りない」とぼやく。頭に浮かぶのはスケジュール管理ばかり。毎年、新しい手帳を買うが、腕は一向に上がらない。

だが「時間は命」という本質が見えれば、話はまるで違ってくる。この八時間の命を削るに値する仕事をしよう、仕事を通じて自分の魅力を磨いていこう――そういう真剣味が、内側から湧いてくるのだ。ハウツーを変える前に、意識を変えよ。順番を間違えてはいけない。

 

 

三 ―― 時間を、恋人にせよ

では、どうやって時間を輝かせるのか。コツは、発想の中心を「自分」から「時間」へ移すことだ。自分の都合で時間を切り刻むのではない。時間を主役に据え、時間から誉められる生き方を編み出すのである。

時間というものは無機質で、姿も形もなく、香りもしない。だからこそ人は、その大切さを考えもせず、いたずらに浪費してきた。ならば、こう処してみよ。時間を「輝かせる」。時間を「尊敬する」。時間を「主役にする」。時間を「恋人にする」。時間を「美しくする」。

恋人と過ごす時間を、人はダラダラと浪費するだろうか。しない。一秒でも輝かせようと知恵を絞る。時間もそれと同じだ。愛せば、応えてくれる。

まずは自由になる休日から始めよう。週末を「黄金の週末」と命名する。土曜は「趣味を生かす日」、日曜は「家族を歓喜させる日」と位置づける。ただ漫然と過ぎていた週末が、俄然、輝き始める。

平日にも名を与える。
燃える月曜日
感動の火曜日
面白い水曜日
楽しい木曜日
光輝く金曜日

これはあくまで一例だ。大切なのは、自分の心にピッタリくる「自分流」の命名をすること。他人の真似では、命は宿らない。そして朝起きた時、通勤の途中、朝礼の折――ことあるごとにこのキーワードを思い起こす。すると、時間を慈しむ心構えが、日に日に強固なものになっていく。単なる言葉遊びが、命を輝かせる魔法に変わる瞬間だ。

 

 

四 ―― 二十分こそ、命のひとカタマリ

長さにも名を与えよう。
五分の「愛着」
二十分の「情熱」
一時間の「気迫」
半日の「充実感」
一日の「感謝の心」

なかでも私が命の核に据えているのが、二十分だ。人間が最も深く集中できる、心理学的・生理学的な最適時間量――それが二十分である。私はこれを「一ビジネスユニット」と呼び、あらゆる仕事の基準値にしている。

一度、静かな場所で目を閉じ、二十分間じっと座ってみるといい。「もういいだろう」と目を開けても、時計の針はほとんど進んでいない。二十分という時間が、いかに長く、いかに多くをこなせるかを、身体で思い知らされる。これを体感することが、すべての出発点だ。

「私は経営計画書を二か月かけて練り上げている。二十分の細切れで作れるわけがない」――そう反論する社長がいる。だが私は言う。あなたのその計画書、前年の数字を少し上乗せしただけの、何の工夫も魅力もないものではないか、と。その程度のものなら、二十分集中すれば、あっという間にできてしまう。二か月かけたと言うが、実際はその大半を、ダラダラと浪費しているだけなのだ。

大きな仕事は、細切れにすればいい。表紙に二十分、目次に二十分、第一章に二十分――こうして一つひとつを二十分で仕上げていく。「二十分でけりをつける」という意識そのものが、最高の集中力の修業になる。

 

 

五 ―― 集中と遊びを、反転させよ

二十分マネジメントの真骨頂は、ここからだ。二十分、猛烈に集中したら、次の二十分はスパッと中断してリラックスする。机を離れて一服してもいい。オフィスを出て散歩してもいい。集中とリラックス。この繰り返しこそが、心理的にも肉体的にも、最高のミックスとなる。

朝九時から午後五時まで、二十分のボックスを二十一個描いてみよ。その半分――十個を、リラックスに、遊びに充てていいとしたらどうだ。好きなクラシックをイヤホンで聴く。ゴルフ雑誌で研究をする。自分を高めることに使う。給料をもらいながら趣味を深め、しかも成果は上がり、上司からは誉められる。そんな仕組みが本当に作れるのだ。仕事を遊びにし、会社をディズニーランドに変える――これこそが慧眼というものだ。

そして一日の終わり、「今日は二十一のうち、いくつのユニットで成果を上げられたか」と振り返る。時間と成果の関係が、これほど明確に見える尺度は他にない。惰性でこなしていた自分の仕事ぶりを、否応なく猛省させられるだろう。

 

 

六 ―― 先手管理という奥義

最後に、忘れてはならないことを一つ。時間管理の極意は、突き詰めれば先手管理である。

「顧客満足を、社長自らどこまで考え抜けるか」――考えるという行為には、まず時間がいる。ところが多くの社長は、他の雑事でスケジュールが埋まりきってから、「考える時間がない」と嘆く。順序が逆だ。

最も大切なことのために、他の何よりも先に時間を取る。戦う前に、勝負を決めておく。これが先手管理だ。時間は、奪われる前に、こちらから押さえるものなのだ。

 

 

結 ―― 命を、輝かせよ

時間を愛するとは、命を愛すること。すなわち、自分の命を愛することである。時間を輝かせるとは、命を輝かせること。すなわち、自分の命を輝かせることである。時間を主役にするとは、命を主役にすること。それはとりもなおさず、自分の命を主役にすることに、ほかならない。

出社とは、毎日八時間、自分の命を捨てに行くこと。ならば、その命に値する仕事をしようではないか。ダラダラと惰性で過ごす日々に決別し、一分一秒に至るまで、自分の命を輝かせるのだ。手帳を征服する必要などない。征服すべきは、自分の意識だ。

さあ、明日の朝、目を開けたら唱えてほしい。「今日は、燃える月曜日だ」と。そこから、あなたの新しいドラマが始まる。

悪役がいなければ芝居は動かない——演出家が知っている「配役は評価ではなく設計だ」という一手

日本大学芸術学部で演劇を学んでいた頃
稽古場で一人の演出家に言われた言葉が、今も抜けない。

「下手な役者などいない。下手な配役があるだけだ」

主役をやらせると硬くなる者が、脇の一言で客席を沸かせる。声の通らない者が、黙って立っているだけで舞台に緊張を生む。役者そのものに優劣があるのではない。


その人の持ち味が、どの役に置かれるかで

輝きも死にもする——そう教わった。

今日は、多くの経営者が無意識に取り違えている「配役」という仕事について書きたい。

 

多くの社長は、人を「評価」している。

あいつは優秀だ、こいつは使えない、この人は普通だ——そうやって、社員を一列に並べて点数をつける。

 

だが第一原理まで分解すると、これは配役の放棄だ。

演劇の配役とは、役者を採点することではない。

この物語の、この役を、誰に置けば一番生きるかを設計することだ。優秀か否かではなく、どこに置くか。

 

人の力は、その人単体で決まるのではなく

置かれた場所との組み合わせで決まる。ここを取り違えた瞬間

 

会社は「できる人材が足りない」という、永遠に埋まらない飢えを抱え込む。

芝居には、悪役が要る。

憎まれ役、道化、無口な脇役——一見、華のない役だ。だが、悪役がいなければ主役の正義は光らず、道化がいなければ物語は息が詰まる。

 

名演出家は、この「目立たない役」にこそ

実力者を惜しみなく置く。

 

組織も同じだ。

表に出て契約を取る役ばかりに目が行くが、裏で段取りを整える者、場の空気を和らげる者、あえて反対意見を言う者——彼らが物語を成立させている。

 

この配役が見えていない社長は、営業成績という一つの物差しだけで人を並べ、舞台を支えている脇役を「戦力外」と誤って裁いてしまう。

わたくしが経営していた頃、痛い失敗をした。

ある事業で伸び悩んでいた人間がいた。数字が出ず、本人も自信を失っていた。

評価の物差しで見れば「使えない」の側だった。

だが、あるとき別の事業へ配置を替えてみた。人と人の間に立ち、こじれた関係をほどく——そういう役回りだ。

すると、まるで別人だった。彼が入ったとたん、現場のいざこざが消え、チームが回り始めた。

彼は無能だったのではない。わたくしが、下手な配役をしていただけだった。

この一件以来、わたくしは人を見るとき「できるか」ではなく「どこでなら生きるか」を先に問うようになった。

ここに、配役の怖い失敗モードがある。

空いた役に、手近な人を「とりあえず」はめてしまうことだ。営業が足りないから、口下手な職人肌の人間を営業に回す。管理が甘いから、大胆な発想家を細かい経理に据える。

役者の持ち味を無視した配役は、本人を潰し、舞台を壊す。しかも厄介なのは、これが「本人の努力不足」という顔をして現れることだ。

合わない役の上で苦しむ人を見て、社長は「あいつは頑張りが足りない」と裁く。

だが物理的に見れば、原因は本人ではなく、配役という設計そのものにある。

そして、これは感動セールスと深くつながっている。


感動の方程式は「予想<現実」だが、お客様の予想を超える一手は、社員一人ひとりの持ち味が、正しい役の上で発揮されてはじめて生まれる。

人の名前と好みを覚えるのが得意な者、黙って寄り添うのが得意な者、場を明るくするのが得意な者——それぞれの光る場所は違う。

全員を同じ「売る役」に押し込めた会社からは、金太郎飴のような接客しか生まれない。逆に、一人ひとりを一番生きる役に配したとき、お客様は「この会社には、いろんな形の心地よさがある」と驚く。

配役とは、社内で起こす感動創造の下ごしらえなのだ。

今日、一つだけ提案したい。

あなたの会社で「伸び悩んでいる」と見えている社員を一人、思い浮かべてほしい。

そして問う。


この人は本当に力がないのか、それとも、下手な配役の上に立たされているだけなのか。その人が過去に一番いい顔をしていた場面はどこだったか。

誰かに感謝された瞬間はどんな役回りのときだったか。配役は、評価表を眺める作業ではない。人の持ち味が生きる場所を、経営者が設計してやる仕事だ。

下手な役者などいない。あなたの舞台の配役を、今日ひとつ、置き換えてみてほしい。


 それが つまり! 


 そう「お役立ち」 舞台上で立つ 役に立った のである

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