アタイはメス猫
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アタイはメス猫。
名前はミィヤァ。
みんながそう呼ぶの。
いつまでたっても甘えた声でミィヤ
ァミィヤァと鳴いているからね。
アタイは知ってるの、甘えた声で鳴
くと良いことがあるってことを。
ずっと前になるけどさ、小さい頃ね。
アタイは気が付くと、ミィヤァミィヤ
ァと甘えたように泣いて歩いていたの。
そうするとたいていの人は食べ物をく
れた。
たまには、うるさそうにして脚で蹴っ
飛ばす人もいたけどね。
でも、食べ物をくれる人でも、ただそ
れだけ。
やさしく撫でても抱いてもくれなか
った。
太陽が何度も沈んで昇ったね。
アタイは甘えたようにミィヤァミィ
ヤと鳴きながらあっちこっちと歩き
続けた。
ときおり優しそうな人間から食べ物
をもらって食べながら。
アタイはなおも歩き続けた。
家から家、道から道、人から人。
そしてアタイは色んなこと覚えた。
ちょっとミィヤァと泣けば食べ物を
くれる人
。
どんなに甘えた声で泣いても絶対に
くれない人。
それからアタイは人が手に持ってい
るものが判るの。
食べられるものか、食べられないも
のかね。
どんなにアタイのこと優しく呼んでも、
手に箒を持っているとき絶対に近づか
ない。
それでアタイのこと叩くはずだから
かね。
手にスプレーを持っている時だって
絶対に近づかない。
それをアタイに掛けるはずだからね。
あれを掛けられたとき目が痛くて痛
くて涙が止まらなかったよ。
冷たい水をかけられたときよりも苦
しかった。
そのうちアタイは必要なときだけ鳴
くようになった。
怖そうな人には絶対に近づかなくな
った
。
色んなことを知って成長したからね。
冷たい風の吹くときだった。
アタイは物置で休んでいた。
突然優しそうな人が入ってきた。
その人は驚いたがアタイに何もしな
いで出て行った。
それから何にもなかったのでアタイ
はずっとそこに寝ることにした。
その人は物置から離れた家にみんな
で住んでいた。
ときおり家の人に会うときミィヤァ
ミィヤァと甘えた声で鳴いた。
家の人は可愛い可愛いと言って食べ
物をくれた。
その後もアタイは物置に住み続けた。
家の人たちはみんな優しくアタイを
追い立てなかった。
アタイは家の人に会うたびにミィヤ
ァミィヤァといつもの甘えた声で鳴
いた。
そのたびに家の人はアタイに食べ物
をくれた。
アタイは皆がいる玄関には近づかな
かった。
家の人はよく玄関で箒を持って掃除
をしていたので。
どんなに優しそうでも手に持ってい
る箒はとても怖かったから。
それに家の人はときどきスプレーを
持ってシュッシュッとしているとき
があった。
そんなときアタイは走って逃げ帰り
物置の奥にじっと隠れていた。だっ
全身が震えるほど怖いんだもん。
でも、アタイはあるときちょっと勇
気を出して近づいた。
いつも家の中から皆の楽しそうな声
が聞こえていたので。
そしてアタイはいつもよりもっと甘
えた声で鳴いて中に入った。
すると家の人がアタイを捕まえて外
に放り投げ玄関を閉めた。
いつもは優しい人なのにとても怖い
顔をして。
怖くはなかったけどなんかとてもつ
まんなかった。
なぜなんだろうって。
でも叩かれた訳でもスプレーを掛け
られた訳でもないから。
それに食べ物だって、寝るところだ
ってなくなった訳じゃないからね。
皆だってその後も優しかったからね。
なんにも変っていなかったんだよね。
でもそれからは玄関の戸が閉められ
たままになったのね。
あるとき家の人が玄関で箒を持って
掃除をしていた。
アタイはその近くでミィヤァミィヤ
ァと鳴いていた。
するとそのとき毛のふさふさとした
猫が玄関から出てきた。
アタイは仲良しになろうと思って甘
えた声でミィヤァミィヤァと鳴いて
近づいた。
するとその猫はフーといってアタイ
をにらみ付けた。
アタイは前よりも甘えた声で鳴いて
近づいた。
なにをそんなに怒っているの、ねえ、
仲良くしようよって。
でもその猫は前よりも大きな声でフ
ーっと言ってアタイをにらみつけた。
どうしてなんだろうね、仲良くしよ
うって思っていただけなのに。
アタイにはさっぱり判んなかった。
「ルナ、喧嘩しちゃだめよ」なんて
言われて。
大丈夫よ、アタイにはそんな気はな
いんだから。
だいいち、アタイ達はそんなことで
は喧嘩しないもんね。
仲間の猫とはどっか違うって感じ、
気取っているっていうか。
ルナって、きっと世間知らずな猫
なのね。
でもそれだけ、それで良いの。
その後なにか変わったことがあっ
た訳じゃないんだから。
そんなにたいしたことじゃないの。
また寒くなって、そして暖かくな
ったときだった。
アタイは物置で五匹子供を生んだ。
家の人はみんなびっくりして、アタ
イたちを見に来た。。
子供たちは皆ミィミィと鳴いてアタ
イのおっぱいを吸った。
アタイは今まで通りミィヤァミィヤ
ァと鳴き続けた。
もっと暖かくなったときだった。
見知らぬ人が来て玄関が少し開いて
いた。
アタイはいつものようにミィヤァミ
ィヤァ鳴いて近づいた。
そして思い切って家の中に入ってい
った。
アタイは綺麗な床の上をちょっぴり
誇らしげに歩いた。
ルナに会ったら仲良くしようと思い
ながら。
するとアタイを見つけた家の人はア
タイを捕まえて外に放り出した。
今まで見たこともなかったような怖
い顔をして。
でも良いんだアタイには寝る所もあ
るし子供たちもいるから。
子供たちはちょっと大きくなったが
ミィミィと鳴いている。
アタイも相変わらずミィヤァミィヤ
ァと鳴いている。
家の人もなんにも変らずやさしか
った。
ときどき子供たちを見に来てくれた。
アタイは今日は朝からミィヤァミィ
ヤァと鳴き続けている。
だって子供が一匹もいなくなったから。
だんだん少なくなっていたのには気づ
いていたんだけどね。
あのミィミィと鳴く声がどこからも
聞こえなくなった。
いったい子供たちはどこに行ってしま
ったんだろう。
歩けるようになったらみんなに見せた
かったのに。
きっと、奴らだ、カラスだ。
カラスにやられたんだ。
絶対にそうだ、奴らだ。
気をつけていたつもりなんだけど。
でもアタイはまた生む。
今度はこっそりとね。
アタイは生きたい。
アタイは生き抜く。
アタイは居る。
アタイはこれからもミィヤァミィヤ
ァと鳴き続ける。