先日、読んでしまった早見慶子著「I LOVE 過激派」で、
本当に目を、脳内を汚されてしまい、本当に著者を張り倒したくなる
ほどにイライラさせられた気分を恢復させるため、購入。
幻冬新書の「新左翼とは何だったのか」の著者でもあり、
新左翼セクト・ブントのヘッドだった御大、かなり期待できる。
実際読んでみれば、一読して、
前述のクサレ早見の本とはまったく次元が違う。
比較するだにおこがましい。
この手の本に求めるものは、確かに本人にしか語りえぬ内部の実態。
著者による分析、新たな事実の指摘、要は、「そうだったのか!」につきる。
新聞発表・警察公安発表、あるいは、われわれの持っている先入観といった
既存の情報に、新たな風を吹き込むこと。
その点、ドクサレ早見のそれには、既存の情報の指摘とその舞台裏という、
あらためて当然のコントラストすら表現され得ぬほど、構成力が徹底的に欠如。
バカ女のブログよろしく「私が」「私の」「わたし的に」と一人称の妄想オンパレードになる。
本書は、80年代後半からの反権力闘争に関する、内部視点からのルポ。
敵はまさに国家権力であり、それは天皇、警察、在日米国当局を意味する。
80年代後半といえば、昭和天皇が結局戦争責任をとることなく
アホかと思うほど無駄な長生きに終止符が打たれたとき。
税金をばんばんぶっ込んだ天皇の葬式に際しての、警察当局の予防も激しかったらしい。
そんなころの、ほぼ新左翼運動がカルト化していたころの闘争譚。
客観的に描かれているものの、その生々しさには、
シビれてしまう。緊迫感、極限状態が伝わってくる一冊。