息子はその年の夏、やっと受かった高校へ行けなくなっていた。
友達も作らず、元気もない息子を見ていると、無理して行かせるのもどうかと思い、両親とも話し合い、担任や息子とも話した結果、同じ高校の通信制へ転籍することにした。
担任の先生はとても親身になって下さり、
なんとか今のまま頑張って欲しい。僕は今まで何人か転籍した生徒を見てきましたが、通信制へ移って良かったと言った生徒は1人もいません。
と言われたが、私は息子の限界を感じていたし、少なくとも今よりは良い方向に向かうだろうという確信みたいなものもあり、それでも構いませんと転籍をお願いした。
服装、髪の色もある程度自由、月に2回のスクーリング、単位制という今までとはまるで違う環境が息子には合ったのか、息子は友達を作り、また学校へ行けるようになった。
しばらくして、息子を説得し、やっと息子を大学病院の精神科へ連れて行き、ワイズIIIを受けた。
息子は思った通り、ADHDと診断された。それと同時に自閉症スペクトラムという診断結果も下りた。
人とのコミュニケーションが上手くいかない発達障害。
これは社会で生きていく上で致命的な障害だと思う。
息子は、通信制の友達とは上手く付き合っていたが、大人には嫌悪感を持っていた。
大人でも特に口うるさい高齢者や、親である私よりもずっと上の女性には反抗的だった。
アルバイトもなかなか続かず、その殆どの原因が人間関係。
小学生の頃から、先生に私が呼び出されなかった年は無い。
友達とのトラブルが殆どだった。
学習に集中出来ず、記憶力も良くない息子は、小学年の頃は周りの子ども達に馬鹿にされ、泣きながら追いかけて手を出したり蹴ったりすることがよくあった。
中学年の頃もよくケンカをし、保護者から私へ、または担任の先生から私へ電話がきたものだ。
高学年になると、先生や保護者達に反発する様になった。
ずっとずっと怒られてきたのだから、その頃から2次障害の傾向があったのかもしれない。
息子と私はますます学校や保護者から孤立していくようだった。
(続く)