今日、とある洋食屋で遅い昼ご飯を食べていたときのこと、奥の4人掛けのテーブルに座っていた60才くらいのひとり暮らしの匂いのする女性がずっとずっと携帯で誰かと話をしていた。


その女性はたぶんご飯を食べている間もそして食べ終わってからもずっと携帯を離さず、誰かとしゃべり続けているんだろう。


その話はどうやらしょうもない世間話のようだったが、相手が言葉をはさむ暇もないくらい一方的で、もしかしてほんとは電話の向こうには誰もいないんじゃないかと妙な想像をしてしまう。


最近たまにこういう人を見かけるが、ほんとに世界一寂しそうに見える。


歩きながら喋っている人もよくいるが、そういう人を見るたびにたぶん友達がひとりもいないんだろうなあ、と思ったりする。


携帯といういつでもどこでも誰かとダイレクトに会話できるツールを持ったことで、携帯のなかった時代よりもっと孤独感を味わうことになる、とは誰が思っただろう。


電話をかけたり、メールをしたりする相手が大勢いることがイコール友達が大勢いることにならないと私はよく思う。


ほんとの友達はたまにしか電話やメールをしなくてもちゃんとどこかで繋がっている人のことじゃないかと思う。


それに孤独をちゃんと引き受ける覚悟をしている人というのは携帯の番号やアドレスの数がその人間を計るものさしじゃないと知っている気がする。


そんなことをぼんやり考えていたら、しゃべり続けていたその女性はやっと話が終わったのか、「じゃあ、またな。今度会おうな。」と言って電話を切った。


それを聞いた私は、やれやれ、隣に座っている若い女の子もよく我慢しているもんだと苦笑いをする。


そして、次の瞬間、絶対あのおばさんまた誰かに電話するぞ、とひとり確信に近い思いで食後の珈琲をすする。


しかし、私の想像に反してしばし店内は静寂に包まれる。


なんだ、さすがに今日はもうやめたのかな、と思った瞬間、奥のほうでまた「もしもし・・」という声が・・


やっぱり・・


そのとき、私の頭には電話をしていないと死んでしまうおばさん、という言葉がふとよぎった。


しかし、彼女は相変わらず喋り続けている。


空には一片の雲もない初夏の昼下がり・・


それでもやっぱり暗雲はそこかしこについて回る。


見ただけではわからない底知れぬ暗雲が・・



ついにおばさんの隣の女の子が席を立った。


そうそうあなたはまだ太陽を怖がってはいけない。

夕べからプチ家出をしていて(おばさんの家出はプチなんて可愛いもんでもないが)、今朝、亭主が会社に出勤したあとを狙って、こっそり家に戻ってきた。


実は昨日は私の誕生日だったのだ。


それなのに、なんで家出なんかしないといけないのかというと、それは亭主がたったひとこと「誕生日おめでとう」と言ってくれかなかったせいだ。


事件は昨日の朝、始まった。


朝、起きぬけにすぐ彼は私に誕生日のお祝いを言うべきだった。


それなのに、知らん顔をして歯なんか磨いている。


私はそりゃないだろうと思って、なにげに「あ~あ、今日に限って天気悪いなあ~」といかにも残念そうに呟く。


でも・・ここでもまだ彼は何も言わずに会社のユニフォームを着始めた。


いったいどうなってんだ、と憤慨した私は、


誕生日なのにこんな天気じゃあ嫌になるよなあ」と今度は大きな声で言ってため息をついた。


それを聞いた彼は、たった今、気づいたというふうに「あ~そうだったなあ、おめでとうございます」とおどけて言う。


あきれた・・


ここまで言わないと言ってくれないなんて・・・


なにごとにも用意周到な娘は昨日のうちにすでに電話でおめでとうと言ってくれたというのに・・


それをそばで聞いていたはずの亭主が誕生日当日になってもおめでとうのひとことも言ってくれないとはいったいなにごとなんだ。


思い返せば、たしか去年の誕生日もおめでとうと言ってくれなかったから、おんなじようにプチ家出したような気がする。


亭主は誕生日とか全然祝ってもらったことのないような家庭に育ったから、ほんとにそういうことに淡白というか、わかっていてもちゃんと言葉にできないところがある。


それはわかっているものの、毎年誕生日が来るたびにがっくりさせられるのもほんとに嫌になる。


そんな人のためにご飯を作るのももう嫌になって、昨日は夕食の支度もせずに車で40分くらいのところに住んでいる娘のところへとっとと向った。


それで、娘と一緒にささやかながらレストランで食事をした。


こんな時、娘がいてほんとによかったと思う。


私は結婚する前からずっと実家に住んでいるので、なにかあっても帰る場所がないんである。


実際、彼のほうが実家に帰ればいいのに全然帰らないから、私がいつも出て行くことになる。


まことに理不尽なことだ。


周りから見たら、そんな些細なことでと思われるかもしれないが、26年も(我慢して)連れ添ってきたパートナーに誕生日のお祝いの言葉も言ってもらえない、というのは私にとっては重大な問題なのだ。


来年も再来年もずっと続くこのストレス・・・


しかし・・名もなく貧しく美しくないおばさんは亭主と別れて自立する術もない。


離婚が先かお金を溜めるのが先か、52歳になった私は今日の天気と同じように不安定な心持のままひとりぼんやりと午後を過ごす。


誕生日なんか・・・もういらない・・


今日、ネットニュースを見ていたら、国民の44%が給料が減ったと言っている、というのがあった。


そうだろう、うちの亭主の給料も今年に入って突然10万も少なくなった。


なにしろ残業がゼロになったのが一番大きい。


そういうわけで、いまではもう就職して4年目の娘の給料と変わらないくらいになってしまった。


まあ、うちは家のローンがないからいいほうだ、と思っていたのも束の間、転勤のためにとわざわざ買った車は結局無駄になったので、給料が減った上に余分なお金を毎月払うことになってしまった。


それにしても、問題はこれまでの浪費三昧の生活を改善することもなく、相変わらず休みともなると夫婦ふたりで遊びまくっていることで、このままいくと、
キリギリスで凍死は必至である。


何しろ、自慢じゃないが(ほんとに自慢にならない)、結婚して26年。貯金は一銭もない。


結婚してからこれまで貯金したのは2度だけ。


一度目は妹の結婚式の時。一年間で100万溜めた。


二度目は娘がなにを間違ったか大学に行くと言い出したときで、そのときも一円の貯金もなかった私は慌てて入学金だけ溜めた(入学してからは自転車操業でなんとか授業料を払った)。


娘が大学を卒業した後はお金を溜める目的がなくなってしまったので、また一文無しに戻った。


私はあと2日で52歳になるが、この年で貯金が一銭もない人間というのもなかなか珍しいと思われる。


ちょっと前に、知り合いに江戸っ子だねえ、と本気で言われたこともある(宵越しの金は持たねえ、ということか)。


こんな性格だから、もうずっと前から野垂れ死にする覚悟はできているが、働くだけ働いていいことなしの亭主は哀れなもんである。


まあ、これも私のような女と結婚したのが運のつき、と諦めてもらうよりしょうがない。


52歳・・貯金なし、うちなし。ババアつき。


こんなマサラの明日はどっちだ!!