写真はねっす。
小学時代。
授業参観の時に、両親についての作文を読むと言うのがあった。
小学時代のうちの両親はしつけという事で大工の日々鍛え上げられた筋力で、バカでかい手のひらで顔をひっぱたかれました。
そして、訳も無くご機嫌斜めの母親に気が狂ったように怒られました。
んでもまぁ。
とても仲はいい家族だったと思うのです。
普段は怒ってる訳でもないし、多少裕福だった事もあり欲しいものもわりと手に入ったし。
何よりも、喧嘩もするけど笑顔の絶えない家族だと思っています。
そんな家族の事をね、授業参観という事もありいいとこ見せようと一生懸命書いた訳だ。
「僕の両親は、僕が欲しい物をなんでも買ってくれます。僕は、とても感謝しています。尊敬しています。」
絵に書いたようにアホな文章であるw
もちろん、買ってもらうからには自分なりにいろいろ努力をしたり、結果を残したりしていたはずであり。
なんでも無いのにガンガン手に入った訳ではない。
しかし、両親への感謝の気持ちを文章にしたらこうなったようで。
ほんとはそんな事を言いたかったのではない。
怒る時は怒る、褒める時は褒める。
それを言いたかったはずなんだけど。
この文章だけ見ると、単なるおぼっちゃまである。
自分で書いてて頭の中が???だったけど、そのまま読んでしまったのでありました。
その次に発表した同級生。
「厳しい両親。ライオンは子供を谷に落とすと言うが、僕の父もそのように厳しく育ててくれました。」
はい、よくできました。
素晴らしい文章だと思います。
しかし。
俺からいわせりゃ、クダらねぇ。じゃあ、お前崖から落とされたんか、死にそうな思いしたんか。
ガキが、調子に乗って難しい事書いてんじゃねぇよ。
と、今では思うが。
僕は僕なりに、自分の発表の後にこれを読まれて肩身が狭かったのを覚えています。
母親はどう思ったのでしょうか、バカな子供だ、ときっと周りの親は思ったでしょうが、その重圧をどう耐えたのでしょうか。
いろいろと、考えていると今でも恥ずかしくなります。
中学時代に入ると。
まぁ、今でもそうですが、そのつもりが無くてもなんせ目立つんです。
よく言うとスター性があると言う事にして下さいw
悪く言うと、いわゆる「調子に乗っている」と言う事になるんでしょうか。
いや、本人はそんなつもり全く無いんです。
つつましく生きてたんですけど、なぜか目立つんです。
中学生時代に目立つ、これは田舎の中学生ではいわゆる「ヒーロー」、同時に「煙たい人」になる訳です。
かと言って、別に喧嘩するでもなく。
まぁ、若干小学生時代から仲悪いのが多かったけども別に普通の生活で。
一応、地味にリーダーシップなんかもあったようで色々と人をひっぱる事もやらせてもらったり。
ただね。
小中両方とも、変人扱いされてた気はします。
目立つわりに、誰も後ろから押してくれない。だけど、困った時は頼られる。
学級委員になりたかったのに、ならせてもらえない、だけど何かと仕事は押し付けられる、そんな雰囲気です。
運動会の応援団長や、委員会の委員長、まぁその他いろいろ何かとやらせてもらったのを覚えてます。
んでもって、高校時代。
これがまぁ鬼門だったかな。
田舎もんが目立つ。
だけど、目立ちたい訳じゃない。いきがってる訳でもない。
普通に生きてて目立ってしまうと、自称リーダー格風の連中にいわゆる「目をつけられる」訳です。
高校1年生の冬だったと思いますが。
トイレに呼び出され行ってみた所、のちの運動部主将クラスの人間が10人近くいる訳で。
柔道の県1位だの2位だのの奴と喧嘩しろとw
もうね。
あたしゃ、吹奏楽部で体を鍛えた事も無い、ただのおデブさんで。
勝てるわけがないw
ぼっこぼこにやられまして。
まぁ、それを親が気がつかないわけがない訳で。
黙ってても学校に連絡が行きまして。
まぁ、その結果彼らはなんだっけな、停学って言う訳じゃないんだけど、別の教室で謹慎みたいなのさせられてて。
んでもさ、休み時間の度に出てきて女の所に来てりゃ謹慎の意味も無く。
まぁ、それから3年間、なんせつまんない高校生活でした。
U河君に、I坪君、君たちの事は一生忘れないよw
まぁ、それでも。
僕には音楽があったので。
そんで、音楽で揃った仲間がいたので。
無事に変な方向に走る事も無く、学業に落ちぶれはしましたが、何とか普通にノビノビ育ちまして。
先輩ミュージシャンのRKの皆さんや、当時千葉からツアーに来てたトルエン、無くなっちゃったけど富山もみの木ハウス、今でも仲良しの富山の音楽仲間達。
そんな人たちに支えられて頑張ってたのを覚えています。
この歳になってきてふと、昔をそうやって思い出して。
照れくさい気持ちになったり、悲しい気持ちになったり。
んでも、全部が僕の血となり肉となってるんでしょうね。
まぁ、東京に出てきてからの方がしんどい事多かったですけどねw
親に守ってもらえてる、これがどれだけありがたい事かという事だね。
東京の自伝はまた暇が出来た時にでも書きますかw
なんせまぁ、若かりし日をふと思い出したので、メモ書き程度に。
きっと今、僕と同じような変わり者で目立っちゃっていじめられちゃってって、死にたいとか辛いとか思ってる人もいるかもだけど。
自信持て!
そう、声をかけて背中を押してあげれたらな、と思います。
ふぅ。
何が言いたいかわからんくなってきたww
まぁ、そんな若かりし日々の記録でしたw
小学時代。
授業参観の時に、両親についての作文を読むと言うのがあった。
小学時代のうちの両親はしつけという事で大工の日々鍛え上げられた筋力で、バカでかい手のひらで顔をひっぱたかれました。
そして、訳も無くご機嫌斜めの母親に気が狂ったように怒られました。
んでもまぁ。
とても仲はいい家族だったと思うのです。
普段は怒ってる訳でもないし、多少裕福だった事もあり欲しいものもわりと手に入ったし。
何よりも、喧嘩もするけど笑顔の絶えない家族だと思っています。
そんな家族の事をね、授業参観という事もありいいとこ見せようと一生懸命書いた訳だ。
「僕の両親は、僕が欲しい物をなんでも買ってくれます。僕は、とても感謝しています。尊敬しています。」
絵に書いたようにアホな文章であるw
もちろん、買ってもらうからには自分なりにいろいろ努力をしたり、結果を残したりしていたはずであり。
なんでも無いのにガンガン手に入った訳ではない。
しかし、両親への感謝の気持ちを文章にしたらこうなったようで。
ほんとはそんな事を言いたかったのではない。
怒る時は怒る、褒める時は褒める。
それを言いたかったはずなんだけど。
この文章だけ見ると、単なるおぼっちゃまである。
自分で書いてて頭の中が???だったけど、そのまま読んでしまったのでありました。
その次に発表した同級生。
「厳しい両親。ライオンは子供を谷に落とすと言うが、僕の父もそのように厳しく育ててくれました。」
はい、よくできました。
素晴らしい文章だと思います。
しかし。
俺からいわせりゃ、クダらねぇ。じゃあ、お前崖から落とされたんか、死にそうな思いしたんか。
ガキが、調子に乗って難しい事書いてんじゃねぇよ。
と、今では思うが。
僕は僕なりに、自分の発表の後にこれを読まれて肩身が狭かったのを覚えています。
母親はどう思ったのでしょうか、バカな子供だ、ときっと周りの親は思ったでしょうが、その重圧をどう耐えたのでしょうか。
いろいろと、考えていると今でも恥ずかしくなります。
中学時代に入ると。
まぁ、今でもそうですが、そのつもりが無くてもなんせ目立つんです。
よく言うとスター性があると言う事にして下さいw
悪く言うと、いわゆる「調子に乗っている」と言う事になるんでしょうか。
いや、本人はそんなつもり全く無いんです。
つつましく生きてたんですけど、なぜか目立つんです。
中学生時代に目立つ、これは田舎の中学生ではいわゆる「ヒーロー」、同時に「煙たい人」になる訳です。
かと言って、別に喧嘩するでもなく。
まぁ、若干小学生時代から仲悪いのが多かったけども別に普通の生活で。
一応、地味にリーダーシップなんかもあったようで色々と人をひっぱる事もやらせてもらったり。
ただね。
小中両方とも、変人扱いされてた気はします。
目立つわりに、誰も後ろから押してくれない。だけど、困った時は頼られる。
学級委員になりたかったのに、ならせてもらえない、だけど何かと仕事は押し付けられる、そんな雰囲気です。
運動会の応援団長や、委員会の委員長、まぁその他いろいろ何かとやらせてもらったのを覚えてます。
んでもって、高校時代。
これがまぁ鬼門だったかな。
田舎もんが目立つ。
だけど、目立ちたい訳じゃない。いきがってる訳でもない。
普通に生きてて目立ってしまうと、自称リーダー格風の連中にいわゆる「目をつけられる」訳です。
高校1年生の冬だったと思いますが。
トイレに呼び出され行ってみた所、のちの運動部主将クラスの人間が10人近くいる訳で。
柔道の県1位だの2位だのの奴と喧嘩しろとw
もうね。
あたしゃ、吹奏楽部で体を鍛えた事も無い、ただのおデブさんで。
勝てるわけがないw
ぼっこぼこにやられまして。
まぁ、それを親が気がつかないわけがない訳で。
黙ってても学校に連絡が行きまして。
まぁ、その結果彼らはなんだっけな、停学って言う訳じゃないんだけど、別の教室で謹慎みたいなのさせられてて。
んでもさ、休み時間の度に出てきて女の所に来てりゃ謹慎の意味も無く。
まぁ、それから3年間、なんせつまんない高校生活でした。
U河君に、I坪君、君たちの事は一生忘れないよw
まぁ、それでも。
僕には音楽があったので。
そんで、音楽で揃った仲間がいたので。
無事に変な方向に走る事も無く、学業に落ちぶれはしましたが、何とか普通にノビノビ育ちまして。
先輩ミュージシャンのRKの皆さんや、当時千葉からツアーに来てたトルエン、無くなっちゃったけど富山もみの木ハウス、今でも仲良しの富山の音楽仲間達。
そんな人たちに支えられて頑張ってたのを覚えています。
この歳になってきてふと、昔をそうやって思い出して。
照れくさい気持ちになったり、悲しい気持ちになったり。
んでも、全部が僕の血となり肉となってるんでしょうね。
まぁ、東京に出てきてからの方がしんどい事多かったですけどねw
親に守ってもらえてる、これがどれだけありがたい事かという事だね。
東京の自伝はまた暇が出来た時にでも書きますかw
なんせまぁ、若かりし日をふと思い出したので、メモ書き程度に。
きっと今、僕と同じような変わり者で目立っちゃっていじめられちゃってって、死にたいとか辛いとか思ってる人もいるかもだけど。
自信持て!
そう、声をかけて背中を押してあげれたらな、と思います。
ふぅ。
何が言いたいかわからんくなってきたww
まぁ、そんな若かりし日々の記録でしたw