肝がん療養中だったLOUDNESS・樋口宗孝さんが死去

お願いだから嘘だと言って欲しい…。
帰りの電車の中、ずっと樋口宗孝Drum Soloアルバムの「DRUM COLLECTION Vol.001」を爆音で聞いてきました。
すみません、音漏れしていてご迷惑かけたかもしれません。

しかし。
どんな爆音で聞こうとも、あのサウンドは二度と体感する事は出来ないんです。
本当に、本当に淋しく辛いです。

樋口さんとの出会いは、確かもう10年くらいまえになるでしょうか。
当時ローディーをやっていたバンドのボーカルさんが影山さんと知り合いで。
そこからボクも影山さんと知り合って。

LAZYの再結成を見に行ったのが一番初めでした。
渋谷公会堂の、前から3~4列目。
しかも影山さんと樋口さんのドまん前。
物凄い爆音だったのを覚えています。
その時は、ご挨拶程度でしたが。
その次。
ライブがあるという事でお邪魔したのですが。
そのライブが、「Super Rock Samit」だった訳です。
ちょうど今頃の季節でしたかね、真冬の新宿LOFTでした。

物凄い会場も冷房がきいて寒いのに、樋口さんはあのランニングルックで。
しかも、髪の毛ぶわぁー!用の扇風機4台だったかな?
ライブ中に「さ、寒いんだけど」って言ってたのがとても面白かったのを覚えています。

そのドラムの音はもう、一生忘れる事は出来ません。

その後。
打ち上げに混ざりこんで。
いろんなミュージシャンの方がいらっしゃいました。
PATAさん、ゼッキー横関さん、影山さん、山下まーくん、名前を挙げるときりがありません。
そんな中で、ボクも紛れ込んで一緒にお酒を頂いて。
樋口さんとお話した時に「ボク、LAZYのTシャツ、今日も着てます!」って言ったら「そんなもん、着なくていいねん、SRSのTシャツ着ろ!」と怒られました。
もちろん、ボクはその日の物販でSRSのTシャツを購入しており、しかも影山さんに頼んでその日のSRSバンドのメンバー全員のサインを入れていただいたのを持っていました。
ちなみにこの日は、ボーカルに影山さん、ギターにゼッキー横関さん、ベースに山下まーくん、キーボードに難波さん、ドラムに樋口さんでした。
「もちろん買いました!先ほどサインも頂きました!」
と見せたら、無言で手を差し出して握手してくださったのを覚えています。

その後、一緒に寿司屋に行って。
19~20歳の若造が。
隣に世界の樋口宗孝座らせて。
一緒に酒飲んで寿司食ってるわけです。
もう、気が気じゃない。
「おい、お前何食べるんだ?」
と聞かれ、すごい気を使って一番安かった卵を注文したら
「ダメ!まぐろ!」
って勝手に注文を変えられてしまいましたw

「おい、飲んでんのか!」
とおちょこを差し出され、日本酒がダメなボクが
「いただきます!」
とありがたく頂いたのを覚えています。

さらに。
「はい、アーン」
っていきなり言われて。
何かと思ったら数の子をわざわざ食べさせてくださったとかw
ちなみに、ボクは数の子、食べられません。
が。
「お、おいしいです!」
といったのを覚えています。

たった数回しかお会いしなかったのですが、それでもまだまだ笑えるエピソードや、さすがだなと思うエピソードが沢山あります。

ぱっと見怖かったし、実際相当な威圧感もあったけれど、とても面倒見が良くて僕みたいな東京出てきたてのペーペーも可愛がって下さいました。
いろんな人が酒の席で樋口さんの事を話して。
「全く、あの親父はよぉ!」
とかいいながらも、それでも皆樋口さんが大好きだった。

いつか一緒に!を夢見て頑張ってきましたが、その夢は叶いませんでした。

樋口宗孝師匠。
本当に、お疲れ様でした。
安らかに、お休み下さい。
天国のボンゾやジミヘン、コージー、そして旧友田中宏幸さん達とROCKして下さい。

ありがとうございました。