「孤独は罰だ。自分が何を間違えたのか考える。
権力も金も手に入れた。だが誰にも愛されない人生を送ってきた。なぜなら自分が自分を愛していないからだ。」
ロシア国営放送制作のドラマ、
「エカテリーナ」の登場人物のセリフです。
権謀術数に明け暮れ、己の権力を手に入れるためには暗殺すら厭わないという人生を送った結果の言葉。
晩年になり女性からの愛情、部下からの友情、エカテリーナの孫からの敬愛を求めるのですが、すべてが一方的な想いを押し付けるばかりで、誰からも愛情が返って来ることはありません。
「人は1人では生きていけない」
古今東西の物語に登場する台詞ですが、それほどまでに誰しもが感じている事なのだろうと思います。
私自身は、たまにブログにも書いていますが虚弱だったせいで、友達が1番出来やすいだろう子供時代に周りからははぐれてしまい、何となく浮いたまま一匹狼の様に学生時代を過ごしました。
結果、友人がいないわけではありませんでしたが、数は少なかったと思います。
ただ、集団からはぐれていたせいで、友達が少ないのは恥ずかしいこと、などとは思わずに成長してしまいました。
継続した関係性を築くのも上手ではなく、連絡を取っておけばよかったなと後悔する事も多いです。
昔は友人関係にもメンテナンスが必要だと言う事を知らずに、相手任せにしてしまって疎遠になってしまうことがありました。
今では少し距離が離れたかな?と思っても、お互いのタイミングが合えばまた仲良くなれる事があると知っているので、連絡先を簡単に消す様な事はしなくなりました。
自分の事で毎日が精一杯な時期もあります。
お互いのライフスタイルが異なれば、話題も噛み合わなかったり、会う時間もなかったりします。
それでも何かのきっかけで、昔よりも仲良くなったりする事もあります。
すっかり大人になってからは、友人を作るのもどんどん難しくなるので、仲良くしてくれる人は一層大事にしなくてはと思うのです。
その傍ら、友人や家族をつくらずに1人で生きていく事が本当に「孤独」で、それは「罰」なのか?というと、決してそうとは思えないのです。
冒頭のドラマのセリフは悪逆非道といっていいキャラクターのものですから、さすがに因果応報だよな、と思いますが、自分の人生をしっかりと生きている結果、友人がいなくても少なくても、家族を作る事がなくても、それは「罰」ではないはずです。
誰かの人柄を評する時に、
「あの人絶対友達いないよ」などと言う人がいます。
そのように言う理由もわかるのですが、友達がいなくても、もしくは少なくてもそれでその人の全てが評価されるのは違うのではないかと。
友人がいれば楽しい事もたくさんあります。
友人がいなくても楽しい事はたくさんあります。
友人がいなくても楽しめる人でなくては、
良い友人たりえないと思うのです。
