ボランティアのお姉さん | 日々是一進一退

日々是一進一退

20年以上接客業に携わってきました。
その前は公務員をちらりと。
接客メインで書こうとしておりましたが、すっかり四方山話になっております。

以前ひきこもりの人達を支援するボランティアの方達の取り組みを記録したドキュメンタリーを観た事があって。

親子や兄弟といった血縁関係や、友人だからこそ適度な距離を保てなくなった状態に、第三者だけれど上下関係を感じさせないメンターのような存在として、少しずつ信頼関係を築きながら外に出る手助けをしていました。

ちょっと思い出したのが、今の仕事をするようになってから、自社の後輩や同僚はもちろん、取引先の人や他社の美容部員や営業さんなど、担当の入れ替わりやたまの応援などで、新しい環境に置かれる機会が本当に多くてコミュ障の私は泣きながら鍛えられたのですガーン

その結果、自分が受け入れる側になった時に、早く新しく来た人が慣れるように気を配る癖がついてしまって。
というか、緊張や不安があまりにも感じ取れるので、
勝手にやっているだけなのですが。
なので「最初に仲良くなる人」なのです。

なのですが、彼等が環境に慣れてくると当然私との好みやスタイルの違いもわかってきますから、もっと単純に仲良くなれる人と仲良くするようになるのです。

ほんと、私が勝手にやっているだけですから彼等に非はないし、不安な中で掴めるものがあれば掴むのも当然です。
でもやっぱりさみしいなー、と以前は思っていたのです。

ですが、そのドキュメンタリーを観たり、結果的に近い経験をしたりして「ボランティアのお姉さん」という役割を全うできたなら、それでも十二分にすごい事なんじゃないか?って思うようになりました。

病気で休職になって担当店舗の送別会後に、新宿の雑踏で号泣してくれた後輩もいましたし、私自身は何かをしてあげた意識もなかった取引先の社員さんが、やっぱりその送別会で泣いてくれたり、手紙をくれた人もいたりして、少しは誰かの役に立てていたなら私にしては上出来だ、って。

誰かが毎日を過ごしやすくなって、世界が広がって、
新しく出会いがあって、私の事が過去になったとしても、それはそれでいいんだよなって。

お世話になったからって、義理立てして付き合う事もないですもん。こちらがやりたくてやったことを受け取ってもらってる時点で充分なんだと思います。

だから私も「ボランティアのお姉さん」で悪くないなって思いますし、誰かが手を差し伸べてくれるなら、
遠慮なく掴んじゃって欲しいと思うのです。



50年前の11/14にアポロ12号から撮影された日食。
ただただ美しいです。