そこは全てが白黒で、同じ毎日が繰り返す世界。その上どこまでも純粋である意味世間知らず?な住民が住んでいて、犯罪も無ければドラッグも不倫もセックスもない、健全で何もかもが完璧な町だった。そんな環境に戸惑うデイビッドとジェニファーの前に現れたのは、どうやら2人の両親らしいジョージ(ウィリアム・H・メイシー)と妻のベティ(ジョアン・アレン)。とりあえず2人は、子供のふりをしてその世界に住むことにする。現代っ子のジェニファーは、時代遅れの冴えない環境に嫌気が差している様子だが、デイビッドはビル(ジェフ・ダニエルズ)の経営するダイナーでアルバイトも見つけ、そこそこ充実した生活を送っているようだった。
ある日、ジェニファーは欲求不満から、ちょっとした思いつきで悪戯のようにバスケ部キャプテンのスキップ(ポール・ウォーカー)と性行為を行ってしまい、その行動が平和な“プレザントヴィル”の世界に変化を起こすきっかけとなる。ジェニファーが現代から持ち込んだ価値観が、プレザントヴィルの人々に影響を与えてしまったのだ。そしてそれは白黒の世界に次第に「色」がもたらされていくという変化によって象徴的に描かれる。部外者である自分たちがプレザントヴィルの世界に影響を与えていってしまうことを恐れたデイビッドは、はじめはジェニファーの行動を止めようとする。しかし、そのような「変化」に興味を持ち、好ましいものとして積極的に受け入れようとし始めた周囲のティーンネイジャーたちを見るにつれ、デイビッド自身も次第に周囲の人々にそれまでとは違った考え方や、やり方や、知識を広めはじめる。
しかし、そのような変化を好まない人々もいた。保守的な考え方を持つプレザントヴィルの男性たちである。デビッドとジェニファーがもちこんだ価値観は、平和で穏やかだったプレザントヴィルの町に、秩序やモラルの崩壊をもたらすのではないか、ひいては、それまで築いてきた自分たちの地位が脅かされるのではないかと恐れたのである。町は次第に、新しい価値観を好み、変化を受け入れようとする「カラーの」人々と、それまでの価値観を好み、変化を嫌う「白黒の」人々との間に深刻な対立を生んでいく・・・」
テーマはアメリカに色濃く未だ残る“culture wars”。
男女の、世代間の、民族の、リベラルとコンサバティブの、と様々な文化背景の違いからくる軋轢。
映画ではドラマの世界に入り込んでから、ジェニファーが変化を起こすまではモノクロで、変化が少しずつ起こり始めると、画面にも少しずつ色がついていきます。
昔美術の授業で、下書きを鉛筆で完成させたところまでは良かったんだけど、色をつけ始めると、自分のスキルの無さから思い描いたものとどんどん離れていって、「色、つけなければ良かったな」って思うことがよくありました。
頭の中の想像は、とても素敵な仕上がりだったのに。
ほんとうは、仕上げに正解なんてないのだと思うのですが、白黒の2択から、数えきれない選択肢のある色をつけるという行為に踏み出す事で、私は「失敗したなぁ」って感じたのだと思います。
今なら、思い描いたものと違っても、そこに面白さを感じてより豊かなものにできたかもしれません。
この映画にでてくる、選択肢がないが故のクリーンで、安全で、予定調和な世界は、きっと穏やかに過ごせるのかもしれません。選択をしなくていいということは本当に楽です。
だけれど、未知なるものに出会った時にこそ、人の心は動かされて、その世界は色づいて行って、そしてそのどの色も素晴らしいのだと、世界の豊かさに気づくのだと思います。
何でも楽しめる方ですが、全く心が動かなくなった時を経験して、更に大事にしなくちゃな、と思うのです。
好みはあっても、どれが「正解」で、
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