マサオッチのブログ

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アメーバピグや日々、気になることを書いていきます

 

テレビで扱う終の棲家は、単にる悠々自適な生活を紹介しているだけ。それを見て羨ましいと思うのである。
定年退職したら、郊外で自分が理想とする生活をする。ポツンと一軒家で見るような光景を想像する。農業をやったり、大工作業で家を建ててしまう人もいる。終の棲家について考えているうちは楽しいだろう。
ちゃんと継ぐ人がいればいいけど、恐らく多くは廃墟になって、親族も知らんふりしちゃうんだろうな。

自分で車を運転して買い物に行き、病院も行く。
やはり誰でも歳を取っていく。その状態がいつまで続けられるのか。

本当の終の棲家とは、自分には死に場所のようなイメージがある。最終的には誰かに面倒を看てもらわないと生活が成り立たない。それが親族なのか、施設の職員かということ。

以前テレビで老夫婦が住宅を処分する様子をドキュメンタリーとして放送していた。年齢は80歳くらいか。郊外に家を構え、そこで特定の画家の絵を集めてギャラリーのようなものをやっていたようだった。家の中は自分たちの好きなものでいっぱいだった。自分にはそれがテレビでよく見る「終の棲家」のように見えた。その家を売って引っ越すということだ。処分した後どうするからは放送では流れなかったが、恐らく、年齢的に生活に不便を感じいて、限界だったのだろう。


残された人生を楽しむことは良いことだと思うし、それが出来るのはその人のゆとりなのだと思うし、幸せなことだと思う。高齢で死ぬ直前まで元気な人がどれくらいいるのか。ただ、終の棲家を美化し過ぎではないか。「終」を「つい」と格好良く言いたいだけなんだろうな。

 

今日でブログ投稿7日目。時間が経ってから、この企画の存在を知ったので、慌てて参加した。ぎりぎり7日間投稿できそう。

ただ、ブログネタを探すのが大変。

9月7日からブログ記事を書いてきたが、自分自身の日々感じることが反映されているなと思う。心の中をさらけ出しているようで、自分自身にメリットがないと感じている。ほのぼのとするような内容の方が読んでいる人にとっては意味のある時間になるのかも知れないが、自分には書こうというモチベーションにはならない。

次に、ブログを書く時いつも悩むのが、写真や画像をどうするかということ。気の利いた写真や画像を入れないと、文章が重く感じられたり、なにより殺風景で詰まらなさが倍増してしまう。

7日間投稿チャレンジは画像を乗せないといけない。記事と写真が合ってないと意味がない。自分ではあまり写真を撮らないので、丁度いい被写体が見つからないし、たまに撮ってもセンスの無いものになってしまう。じゃあ、画像でいいかとも思うが、他の人たちは無料画像やイラストとか、どこで調達してるのだろう。

他人のブログに貼ってある画像を見ると、これはどこで見つけたんだろう。やはり有料なのかと、そんなことばかり考えて、結果的に記事を書かない理由になっている。

 

 

食道がん治療の副作用が辛かったらしく、2回目の抗がん剤治療を止めたらしい。
止めれば、進行してしまうだろう。がんが進行すると、脂肪や筋肉が溶けるという話も聞いたことがある。痩せて見えるのはそういうことだ。

簡単に言ってはいけないけど、抗がん剤治療が受けられるだけいいという考え方もある。
高齢になると抗がん剤治療が躊躇される。医者から「50代60代なら、治療の辛さに耐えらるが、高齢では耐えられないと思う」と言われたことがある。実際、私の両親は抗がん剤治療は受けていない。最近になって、医者によっては負担の軽い抗がん剤もあると言われている。副反応も人によって異なるとも聞いたことがある。あとは本人次第だ。

抗がん剤の辛さを選ぶか、これから来るであろう、死ぬまで続くがんの痛みの苦しさを取るか。
痛みをごまかすために、痛み止めを使うことになるだろうが、その時に倦怠感、頭がぼーっとするなど、別の辛さも想像できる。どのような死に方をイメージするか。理想は長寿を全うして、老衰で死んでいくこと。

がんのステージで寿命が決まるわけでもなさそうだ。すい臓がんはステージが低くても重篤のようだし、他の癌ではステージ4でも10年以上余命があることもあるらしい。

楽に死んでいくためには、やはり頑張って治療するしかないと思う。
patientは患者を意味する単語だが、耐えるという意味もある。

病気をしていなくても、年齢が高くなってくると、これから先、あと何年生きられるかと思う時がある。
残された人生で、やりたいことをやっておくか、名もなき人として終わるのが嫌なら、黒澤明の「生きる」という映画のように、良い意味で人のためになることはをやるか。自分にはそこまでのバイタリティはないが。「生きる」は、おじさんが公園でブランコに座って歌っているシーンが印象的な映画だ。

自分ががんの宣告を受けなければ、実際には分からない。想像するだけ。
今できることは、重い病気にかかるかもしれないことに備えて、余計な病気、生活習慣病の類、高血圧、脂質異常、心筋梗塞、脳梗塞のリスクを避ける努力をすることくらいか。でも、もう高血圧だった。改善しないと。