米国とイランの軍事衝突によって、これまでほとんど意識されてこなかった世界の急所が顕になった。

ホルムズ海峡といえば、原油やLNGの通り道として知られてきた。しかし、その海底にはもう一本の大動脈が走っている。世界のクラウド、金融、物流、行政、軍事を結ぶ海底光ケーブルである。

新しい弱点が生まれたのではない。以前から存在していた弱点が、戦争によって可視化されたのである。

インターネットは分散型のネットワークだから、一部が切れても別の経路へ迂回できる。私たちは長くそう理解してきた。だが、論理的には分散していても、物理的には狭い海峡、限られた陸揚げ地点、特定のデータセンターや通信拠点に集中している。

十本のケーブルがあっても、同じ海峡を通り、同じ陸揚げ局へ入り、同じ電源と同じ制御装置に依存していれば、実質的には一本である。

今回の問題は、海底ケーブルが露骨に切断される可能性だけではない。切断は発見されやすく、攻撃者も特定されやすい。第三国の通信まで巻き込めば、国際的な非難も強い。

むしろ恐ろしいのは、もっと静かな攻撃である。

海中ロボットが密かに接近する。ケーブルそのものは切らない。給電や中継、分岐、経路制御に異常を起こし、通信を別ルートへ誘導する。特定の情報だけを遅らせ、消し、監視し、あるいは誤った経路へ送る。

通信が完全に止まれば、誰もが障害を認識する。予備回線への切り替えも始まる。

しかし、通信が正常に流れているように見えながら、実は選別され、遅延し、改変されていたらどうなるか。

軍司令部は命令が届いたと信じる。金融機関は決済が完了したと信じる。発電所は制御情報が正しいと信じる。港湾は船舶の位置情報を信じる。

それらが一部でも偽られていたら、国家は自分が攻撃されていることさえ認識できない。

これは、相手の手足を破壊する攻撃ではない。

国家に脳梗塞を起こさせる攻撃である。

発電所や石油施設をドローンで破壊すれば、炎上する映像が世界へ流れる。被害も攻撃者も分かりやすい。だが、海底ケーブルや陸揚げ局、通信制御への攻撃は、外からは単なる通信障害に見える。

都市の灯は消えていない。建物も壊れていない。人々は歩き、車も走っている。

それでも、金融、物流、行政、医療、電力、軍事を結ぶ情報だけが届かない。あるいは届いている情報が信用できない。

これは爆発音のしない戦略爆撃である。

しかも、ケーブルを物理的に切断しなければ、和平後の復旧は比較的容易である。給電装置や制御系を戻し、端局設備を復旧させれば、再び通信を流すことができる。

破壊するのではなく、必要な時間だけ止める。

占領するのではなく、必要な時間だけ判断能力を奪う。

攻撃側にとっては、きわめて誘惑の強い手段である。

日本は、この問題を他人事として見てはいられない。

四十年前、海外通信は外国と連絡するための特別な通信だった。国際電話、電報、専用線を利用するのは、商社、航空会社、報道機関、金融機関など一部の組織だった。

海外との通信が止まれば国際業務は困った。しかし、国内の銀行、役所、病院、工場、小売店の多くは、紙、電話、現金、人手によって動き続けることができた。

現在は違う。

日本は、外国と連絡するためだけに海外通信を使っているのではない。日本国内を動かすために海外通信を使っている。

クラウド、外国製ソフトウェア、認証サービス、半導体設計、決済、物流、保険、航空、船舶運航、データ分析、サイバー防御、AI。国内にサーバーが置かれていても、運用、認証、更新、データ複製、海外本社との接続まで含めれば、日本だけで完結しているシステムは少ない。

海外との通信を完全に絶たれた場合、日本人が直ちに生存できなくなるわけではない。国内通信と電力が残り、物資の輸入も続けば、非常体制で数か月持ちこたえることはできるだろう。

しかし、現在の社会を通常どおり動かせる期間は、おそらく数日である。

最初に不足するのは石油でも食料でもない。

信用と確認手段である。

外国為替相場が分からない。海外銀行の決済を確認できない。船舶の位置が確認できない。保険が有効か分からない。海外クラウドへ接続できない。ソフトウェアの認証が通らない。部品がどこにあるか分からない。

物資が倉庫に残っていても、次の船を手配し、代金を払い、保険を付け、港へ誘導する通信がなければ、物流は止まる。

攻撃側は、日本を何か月も孤立させる必要すらない。

開戦直前から七十二時間、海外通信を混乱させればよい。

政府と同盟国の連絡が乱れる。軍事情報が届かない。攻撃主体が分からない。金融市場が止まる。偽情報が国内へ流れ込む。その間に軍事的、政治的な既成事実を作られれば、通信が復旧したときには手遅れである。

ここに、先進国ほど弱いというパラドックスがある。

先進国は、在庫を減らし、人員を減らし、設備を集中し、処理を自動化し、海外との分業を深めてきた。平時にはそれが効率となり、豊かさとなった。

しかし、無駄をなくすことは、非常時の余白をなくすことでもある。

現金をなくし、紙をなくし、人手をなくし、地域の倉庫をなくし、国内だけで動くシステムをなくしてきた。高度な社会ほど、外部との接続を前提としている。

先進国の強さは、単独の強さではない。

巨大な相互接続網の中にいるときだけ発揮される強さである。

接続を失えば、その高度さ自体が弱点に反転する。

これからの国力は、通信速度やデータセンターの規模だけでは測れない。

外部との接続を失ったとき、どこまで縮退運転できるか。海外クラウドが停止しても国内行政を続けられるか。国際決済が止まっても国内決済を守れるか。紙、現金、無線、人手へ戻ることができるか。

進歩する能力だけでなく、必要なときに退化できる能力が、安全保障になる。

そして、この議論を突き詰めると、私は再び日本のとう道へ戻ってくる。

AIもクラウドも金融も行政も、最後には物理的な光ファイバーを通る。その光ファイバーは、管路、とう道、電柱、局舎、陸揚げ局に収容される。

どれほど高度なデジタル社会をつくっても、その神経を収める空間が無防備なら、国家は守れない。

とう道は、NTTという一企業の古い通信設備ではない。日本社会の神経を収容する国家的な空間である。

重要なのは、コンクリートの構造物だけではない。

誰が入れるのか。誰が工事できるのか。誰が監視するのか。異常を誰が検知するのか。非常時に誰が利用を命じるのか。将来、どの設備を収容するのか。

光ファイバーの所有者は民間企業でよい。競争も必要である。

しかし、それを収容する基盤空間まで、企業の経営判断だけに委ねてよいのか。

海底ケーブルの問題が教えているのは、設備を所有する者より、その設備が置かれる空間を支配する者の方が強いという事実である。

海外との通信を完全に守ることは難しい。海底のすべてを監視することもできない。衛星ですべてを代替することも、現時点ではできない。

それでも国内だけは守らなければならない。

国外との接続を失っても、行政、金融、医療、電力、物流、防衛を結ぶ国内の神経だけは生かし続ける。

その最後の器が、とう道である。

AI時代の国家安全保障は、地上のデータセンターから始まるのではない。

地下から始まる。

せめて、とう道だけでも守ろう。

2026年7月11日、少し不穏な記事を読んだ。トランプ米大統領が、自分がイランに暗殺された場合に備えて、報復の「指示」を残したと語ったという。自分に何かが起きれば、イランは「地獄のような代償を支払うことになる」。さらに、これまで経験したことのない規模で爆撃されることになるとも示唆したらしい。

ずいぶん物騒な話である。だが僕がまず引っかかったのは、別の点だった。

亡くなった大統領の命令は、その後も生き続けるのだろうか。

法律上の答えは、おそらく単純である。大統領が死亡すれば、副大統領がただちに大統領を継ぐ。米国大統領の軍事権限は、その人間個人に永久に付着しているものではない。大統領という職に属している。したがって、トランプ氏が死亡した瞬間から、軍の最高司令官は後継大統領になる。

前大統領が残した作戦計画は残る。攻撃目標も残る。待機中の部隊も残る。しかし、それを実行するか、中止するか、変更するかを最終的に決めるのは、新しい大統領である。死者が墓の中から爆撃命令を出し続けるわけではない。

それでも、今回のトランプ氏の発言には、十分に意味がある。

これは作戦の中身を明かしたものではない。どこを攻撃するのか、いつ攻撃するのか、どの兵器を使うのか、どの程度の規模になるのかは語っていない。軍事上の手の内は、何一つ見せていない。

ただ一つだけ、はっきり伝えた。

自分を殺しても、それで終わりにはならない。

むしろ、その後に圧倒的な報復が待っている。

おそらくトランプ氏が伝えたかったのは、そういうことだろう。

僕には、この発言の背後に、ケネディ大統領暗殺の記憶があるように思える。

1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領は、テキサス州ダラスで暗殺された。大統領は死亡し、副大統領だったリンドン・ジョンソンがただちに大統領職を引き継いだ。

ケネディ暗殺には、その後もさまざまな説が語られてきた。ソ連、キューバ、マフィア、情報機関、軍需産業。公的にはリー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯行とされたが、疑念は現在まで消えていない。

しかし少なくとも、ケネディの死を理由として、米国がどこかの国にただちに大規模報復を行ったわけではなかった。暗殺の背後に国家がいたとしても、大統領を殺せば、その人物の政治的意思を消すことができる。敵対する側から見れば、そういう印象を持つ余地は残った。

トランプ氏の今回の発言は、それに対する一種の回答にも聞こえる。

俺はケネディのようなわけにはいかないぞ。

俺を殺せば、それで政策が終わると思うな。

俺が死んだあとも、報復は必ず来る。

そういうメッセージである。

トランプ氏が実際にケネディ暗殺を念頭に置いて語ったかどうかは分からない。しかし、米国大統領が暗殺の可能性を語るとき、ケネディの影を完全に切り離すことは難しい。

大統領暗殺とは、単に一人の人物の生命を奪うことではない。国家の政策を変え、外交方針を転換させ、政権の意思を断ち切る手段にもなり得る。

もしイラン側が、トランプ氏個人を排除すれば米国の強硬政策も終わる、と考えているなら、トランプ氏はその計算を壊さなければならない。

暗殺しても利益はない。

政策は終わらない。

それどころか、はるかに大きな損害を受ける。

そう相手に信じさせることができれば、暗殺という選択そのものを思いとどまらせることができる。

つまり今回の発言は、死後の復讐を誓った感情的な言葉というより、暗殺を割に合わないものにするための抑止である。

歴史上、指導者や政府が消滅しても報復能力が残ると敵に信じさせる仕組みは、いくつも存在した。

よく知られているのが、英国首相が核ミサイル原潜の艦長に宛てて書く「最後の手紙」である。

新しい英国首相は就任すると、原潜の艦長に向けて直筆の手紙を書く。それが開封されるのは、英国が核攻撃を受け、政府も首相も消滅し、本国との通信も完全に絶たれたと判断された場合である。

手紙に何が書かれているかは明らかにされていない。

核報復を行えと命じているのか。報復をせず同盟国の指揮下に入れと書かれているのか。あるいは艦長の判断に委ねるのか。

内容は秘密である。

しかし、手紙の存在そのものは知られている。

ここが重要である。

具体的な手の内は明かさない。

しかし、国家の指導部を壊滅させても、その後に何かが起こる可能性だけは、相手に知らせる。

それが抑止になる。

冷戦期のソ連が構築したとされる「ペリメートル」も同じ発想だった。西側では「死の手」と呼ばれた。

米国の先制核攻撃でソ連指導部が全滅しても、残存する核戦力に報復命令を伝えるための仕組みである。

完全自動だったのか、人間の判断が残されていたのか、細部には議論がある。しかし目的は明瞭だった。

指導者を殺せば報復を止められる。

敵にそう思わせてはならない。

モスクワを破壊しても、報復は飛んでくる。

その可能性を相手に信じさせることで、最初の攻撃を思いとどまらせる。

トランプ氏の発言も、規模こそ違うが、同じ論理の上にある。

彼は報復の手段を明かしていない。

ただ、報復が存在することだけを強調した。

何をするかは言わない。

しかし、何もしないことだけはない。

これは、敵に手の内を明かしたのではない。敵の計算に、一つの確実な恐怖を埋め込んだのである。

おそらく、トランプ氏の真意はこうだ。

俺を殺しても、米国は混乱して終わるわけではない。

後継者が弱腰になることも期待するな。

すでに軍も国家機構も準備している。

俺が死んだあとも、報復は必ず行われる。

もちろん、実際には後継大統領が最終判断を行う。前大統領の言葉が、新しい大統領を法的に拘束するわけではない。

だが政治的には、大きな意味を持つ。

トランプ氏が生前に、自分が暗殺された場合は必ず報復すると世界に宣言しておけば、後継大統領が何もしないという選択は難しくなる。米国が暗殺に屈したと見られれば、次の大統領も、その次の大統領も標的になり得るからである。

したがって、これはトランプ個人の復讐心だけの問題ではない。

大統領暗殺を、国家政策を変えるための有効な手段にさせない。

そういう国家的な抑止でもある。

もっとも、危険がないわけではない。

実際に暗殺が起きた場合、誰が命じたのかを慎重に確認しなければならない。

イラン政府の正式な命令なのか。

革命防衛隊の一部なのか。

代理組織なのか。

単独犯なのか。

あるいはイランに責任を負わせるための偽装工作なのか。

怒りと混乱のなかで誤った相手を攻撃すれば、報復は抑止ではなく、戦争の引き金になる。

だからこそ、実際の判断は生きている後継大統領に委ねられる。

死者は、法律上、戦争を命令できない。

しかし、自分が死んでも国家の意思は続くと、生前に敵へ知らせることはできる。

トランプ氏は、作戦の中身を明かしたのではない。

自分を殺しても、政策は終わらない。

ケネディのときのように、大統領を一人消せば歴史の流れを変えられると思うな。

俺を殺せば、必ず報復が来る。

その一点を、あえて強い言葉で相手に伝えたのだろう。

これは死後の命令ではない。

死後にも国家が動くと信じさせるための、生前の抑止である。

 

この三頁は、かなり重要ですね。
ここで突然、「ロンタル文書(ヤシ葉写本)」の保存史が前面に出てくる。

つまりこの共同体は、

* 戦争の記憶
* 王族史
* 市場
* 祭礼

だけでなく、

「知識そのものをどう守るか」

を必死に記録している。



まず25頁。

タイトル:

Kumpulan Koleksi Lontar A.A. Putu Oka Manek
(A.A. Putu Oka Manek のロンタル・コレクション)

ロンタルとは、
ヤシ葉に刻まれた伝統文書ですね。

宗教、
医学、
占星術、
叙事詩、
儀礼、
歴史、
呪術、
舞踊、
建築……

バリ文明の“記憶媒体”です。



内容が面白い。

1970年、
巨大な収納棚を作ってロンタルを保存。

その後、

* 建物改修
* ホテル化
* 移設
* 再保管

が続く。

つまり観光化の波の中で、
古文書が移動し続けている。



しかも重要なのはここ。

「1980年、Ruko Toko Agustus は Hotel Puri Alit へ改装された」



つまり今滞在し観察している
「古いホテル文化」と、
ロンタル保管史が繋がっている。

観光ホテルと古文書保存が、
同じ空間で重なっている。



26頁はさらに切実。

1996年時点で、

* ロンタル箱 68
* 冊子型 115
* 未記入ロンタル 3

など細かく記録している。

しかしその後――

消失

が始まる。



例えば、

2001年:12箱消失
Saraswati祭でさらに1消失
未記入ロンタル消失
Betara Wisnu像消失
ワヤン楽器消失

……

つまりこれは、

バリ文明の“静かな散逸記録”

なんですね。

戦争で燃えたわけではない。

むしろ、

* 観光化
* 老朽化
* 管理困難
* 世代交代

の中で少しずつ消えていく。




そして27頁。

ここで突然、

「Hotel ABB のロンタル」

が出てくる。

つまりホテル空間が、
古文書保管場所になっている。

しかも写真の雰囲気がすごい。

供物、
ロンタル、
棚、
観光施設、
王族空間

が全部混ざっている。



さらに下段。

2002年時点の博物館所蔵一覧:

* 大型仮面
* 小型仮面
* 古いジャティ箱
* 槍
* クリス
* 古い箪笥


しかし最後に、

「2006年、その博物館は消失」

とある。

短い一文ですが重い。



ロンタル、
仮面、
市場、
古いホテル、
古文書棚……

それらが観光化と老朽化の中で、
少しずつ散逸する。

 

 

七十八歳の僕に「胃がんリスク」をどう説明するのか

健康診断で、胃がんリスク検診を受けた。

結果はB群だった。

血清ペプシノゲンは、PGⅠが92.8、PGⅡが25.2、PGⅠ・Ⅱ比が3.7。ヘリコバクター・ピロリ抗体は51だった。

結果表の説明には、B群の胃がん発生予想頻度は、年間千人に一人程度と書かれていた。

僕は七十八歳である。

おそらくピロリ菌には、幼いころに感染したのだろう。上下水道や衛生環境が現在とは違った時代に育った僕たちの世代では、ピロリ菌感染は決して珍しいものではない。

それでも、僕の胃はこれまで快調だった。

胃潰瘍になったこともない。食欲はある。胃もたれもほとんどない。五十代で受けた胃カメラでも、特に異常はなかった。

そこへ突然、年間千人に一人の胃がんリスクだと言われる。

もちろん、千人に一人はゼロではない。

しかし七十八歳の僕にとって、この数字を重大な警報として受け止めるべきなのか。

少し調べてみた。

厚生労働省の2024年簡易生命表によると、七十八歳男性が一年以内に何らかの原因で死亡する確率は、およそ3.9パーセントである。

千人に直せば、約三十九人だ。

一方、検診票に示された胃がんの発生予想頻度は、年間千人に一人、つまり0.1パーセントである。

並べると、こうなる。

七十八歳男性が一年以内に何らかの原因で死亡する確率は、千人に約三十九人。

検診票に示された胃がん発生予想頻度は、千人に一人。

単純に比較すれば、年齢相応に何らかの原因で死亡する確率は、胃がんが発生すると予想される確率の約三十九倍ある。

しかも「千人に一人」は、胃がんで死亡する確率ではない。

胃がんが発生する確率である。

国立がん研究センターの2024年人口動態統計によると、男性全体の胃がん死亡率は人口十万人あたり42.3人である。当然ながら、死亡率は年齢とともに上昇する。

七十五歳から七十九歳の男性では、年間の胃がん死亡率は人口十万人あたりおよそ百三十人台、千人に換算すると約1.3人から1.4人程度になる。

つまり七十八歳男性全体で見ると、胃がんで死亡する人は年間千人に一人強という規模である。

これに対して、すべての原因を合わせた年間死亡確率は千人に約三十九人。

胃がん死亡は、七十八歳男性が直面する死亡要因全体の一部にすぎない。

ただし、ここで注意が必要である。

検診票の「千人に一人」は、B群に分類された集団の胃がん発生頻度である。

一方、「千人に約1.4人」は、七十五歳から七十九歳の男性全体の胃がん死亡率であり、過去に胃がんと診断された人の死亡も含んでいる。

母集団も数字の意味も違うので、二つを直接割り算することはできない。

それでも、七十八歳の僕が胃がんという一つの危険を、人生全体の中でどの程度の大きさとして受け取るべきかを考える材料にはなる。

さらに胃がんは、発見された時期によって、その後が大きく違う。

国立がん研究センターによれば、日本の胃がん全体の五年相対生存率は66.6パーセント、男性では67.5パーセントである。

しかし、これは早期がんから進行がんまでを全部合わせた数字だ。

Ⅰ期で発見された胃がんの五年生存率は非常に高い。一方、Ⅳ期になると大きく低下する。

つまり、胃がんは「なったら一定の割合で死ぬ病気」ではない。

いつ発見されたかによって意味がまったく変わる。

だから僕は、胃がん検診が不要だと言いたいのではない。

検診によって、症状がない段階で胃がんを発見できることには、明らかな意味がある。

国立がん研究センターも、胃がんは早い段階では自覚症状がほとんどなく、かなり進行しても症状がない場合があるとしている。

胃が快調だから、胃がんがないとは言い切れない。

今回、僕がピロリ菌の感染を知ったことも、無意味ではない。

問題は、検診を受けるか受けないかではない。

検診で示された数字を、本人がどう受け取るかである。

僕のペプシノゲン値は、一般的に萎縮性胃炎の判定に使われる「PGⅠが70以下、かつPGⅠ・Ⅱ比が3.0以下」という条件には当てはまらない。

PGⅠは92.8、比は3.7である。

したがって、血液検査上は、ピロリ菌抗体は陽性であるものの、高度な胃粘膜萎縮を示す典型的な結果ではない。

これは安心材料の一つである。

もちろん、血液検査だけで胃の中を完全に判断できるわけではない。リスク分類は、現在胃がんがあるかどうかを直接診断する検査でもない。

しかし少なくとも、数字を一つずつ読めば、直ちに重大な危険が迫っていると受け取る必要もなさそうだ。

ここに、公衆衛生と個人医療の違いがある。

公衆衛生は、千人、万人、百万人という集団を相手にする。

年間千人に一人でも、百万人を検査すれば千人になる。そこから胃がんを早期に発見し、死亡を減らせるなら、社会全体として検診を行う意味は大きい。

ピロリ菌陽性者を見つけ、除菌を勧めることにも、公衆衛生上の合理性がある。

だが、集団全体にとって正しい方針が、七十八歳の一人の人間にとって、そのまま最善であるとは限らない。

若い人がピロリ菌を除菌すれば、その後何十年にもわたる胃がんリスクを減らせる可能性がある。

七十八歳の人が今から除菌する場合は、期待できる利益の期間が違う。

薬による下痢、味覚異常、薬疹、他の薬との相互作用なども考える必要がある。

胃カメラにも身体的、心理的な負担がある。

その負担を受けても、胃がんの可能性をできる限り確かめたい人もいる。

今までの経過と自分の年齢を考え、症状が出た時に調べるという選択をする人もいる。

どちらか一方だけが正しいとは思わない。

血圧についても同じことを感じる。

集団全体では、血圧を下げれば脳卒中や心筋梗塞が減る。

だから基準値が作られ、一定以上なら治療が勧められる。

しかし二十歳と八十歳を、ほぼ同じ数字だけで扱ってよいのか。

高齢者では、血圧を下げすぎることによるふらつき、転倒、腎機能への影響も考えなければならない。

元気に歩いている人と、寝たきりに近い人でも、治療の目的は違うはずだ。

医学的な基準は必要である。

だが、基準値は出発点であって、結論ではない。

そこで必要になるのが、医療リテラシーである。

医療リテラシーとは、医者を疑うことではない。

検診を拒否することでも、薬を勝手にやめることでもない。

検査で示された数字が何を意味し、何を意味しないのかを知り、自分の年齢、体力、持病、治療の負担、生活の質の中で、その数字の重さを考える力である。

しかし、現実の医療現場では、そこまで丁寧に説明されることは少ない。

結果表には、陽性、陰性、要精密検査と書かれる。

医師も限られた診察時間の中で、ガイドラインに沿って説明する。

一人一人の人生観や、残された時間をどう考えているかまで聞き取り、数字の意味を一緒に考える余裕はほとんどない。

これは医師に思いやりがないという話ではない。

現在の医療制度が、集団に適用する基準を示すことには長けていても、その基準を一人の人生の中でどう受け止めるかまで支援する仕組みにはなっていないのである。

昔、こんな冗談を聞いたことがある。

「生きていること自体が、死亡の最大の危険因子である」

乱暴な話だが、七十八歳になると妙に説得力がある。

検査をすれば、胃がんの危険、脳卒中の危険、心筋梗塞の危険、肺炎の危険、転倒の危険と、次々にリスクが示される。

どれも嘘ではない。

しかし、それらを一つずつ最大の脅威のように受け止めていたら、最後には、生きていることそのものを治療しなければならなくなる。

大切なのは、危険があるかどうかだけではない。

その危険が、自分の年齢と残された人生の中で、どれほど大きな意味を持つのかである。

だから僕は、検診を受ける。

結果も尊重する。

医師の説明も聞く。

だが、数字に無条件で服従することはしない。

今回の検査で、僕にはピロリ菌の感染歴があるらしいことが分かった。

ペプシノゲン上は、高度な胃粘膜萎縮を示す結果ではなかった。

検診票に示された胃がん発生予想頻度は、年間千人に一人。

七十八歳男性が一年以内に何らかの原因で死亡する確率は、千人に約三十九人。

七十五歳から七十九歳の男性が胃がんで死亡する年間の割合は、千人に一人強である。

これらを一緒に見て、初めて数字の位置が分かる。

検診を否定せず、検診結果にも支配されない。

医療常識を尊重する。しかし、百パーセント信仰しない。

最後は、自分の年齢、体調、治療の負担、そしてどのように生きたいかを加えて判断する。

七十八歳の僕にとって、年間千人に一人という数字は、恐怖を命じる警報ではない。

無視してよい数字でもない。

人生という大きな地図の片隅に貼られた、小さな注意書きのようなものだと思っている。

【参考資料】
厚生労働省「令和6年簡易生命表」
国立がん研究センターがん情報サービス「胃 がん種別統計情報」
国立がん研究センターがん情報サービス「院内がん登録生存率集計」
日本ヘリコバクター学会「H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2024改訂版」

トランプ米大統領が、ウクライナによるパトリオット迎撃ミサイルのライセンス生産を認める考えを示したという。

 

一見すると、これはウクライナ支援の一環である。ロシアのミサイル攻撃、ドローン攻撃から都市や発電所を守るため、防空能力を強化する。そう説明すれば、その通りである。

 

しかし、この決定はそれだけではない。

私はむしろ、これはトランプ氏にとって、かなり見事なディールではないかと思う。

トランプ氏はこれまで、NATOに対して強い不満を示してきた。なぜ米国ばかりが負担するのか。なぜ欧州はもっと自分で防衛しないのか。米国が世界の警察官として前面に出続ける構図は、もう受け入れられない。そういう主張である。

 

今回のパトリオット・ライセンス生産容認は、この不満をかなりうまく解消する形になっている。

米国は、技術とライセンスを出す。
欧州NATOは、資金と工場と人員を出す。
ウクライナは、実戦でそれを使う。
米軍需企業は、中核技術と重要部品で主導権を握る。
そしてトランプ氏は、国内向けに「米国だけが金を出しているのではない」と説明できる。

 

これは単なる援助ではない。ウクライナ支援を名目にした、NATO軍需産業の再起動である。

もちろん、ウクライナだけでパトリオット級の迎撃ミサイルを作るのは無理だろう。パトリオットは、金属の筒に火薬を詰めればできるような兵器ではない。誘導装置、センサー、電子部品、ロケットモーター、品質管理、試験設備、暗号管理、米企業との契約、部品供給網。そうした巨大な産業システムの上に成り立っている。

 

しかも、ウクライナ国内に大規模工場を置けば、ロシアのミサイル攻撃の標的になる。したがって現実的には、ドイツやポーランドなどNATO後方圏の工場で作り、ウクライナに供給する形になるだろう。ウクライナ国内では、整備、修理、一部組立、分散保管、運用改善などが中心になるのではないか。

つまり、正面に立つのはウクライナである。
その後ろに欧州NATOの工場と資金がある。


さらにその背後に、米国の技術、ライセンス、部品、情報、外交的後ろ盾がある。

これは、トランプ氏にとって理想形に近い。

米国が単独でロシアと対峙するのではない。
しかし、米国は退かない。
NATO欧州に負担させる。
ウクライナに戦わせる。
米国は背後から、技術と軍需産業の中核を握る。

 

実にトランプ氏らしい構図である。

ここでさらに穿った見方をすれば、米国はすでにパトリオットの次を見ているのではないか、という疑問が湧く。

パトリオットは、今でも第一級の防空兵器である。弾道ミサイルに対抗できる数少ない実戦的なシステムであり、ウクライナにとっては喉から手が出るほど必要な兵器だ。

しかし、米国の防空思想は、もはやパトリオット単体ではない。次に来るのは、衛星、レーダー、センサー、AI的な指揮管制、複数の迎撃手段をつないだ統合防空網である。

パトリオットは、地上の発射装置である。


しかし、本当に重要なのは、どこからミサイルが飛んできたかを、誰よりも早く、誰よりも正確に知る能力である。
そして、その最上位にあるのが衛星である。

またしても衛星である。

 

最近の軍事インフラを見ていると、必ずここに戻ってくる。通信も衛星。偵察も衛星。ミサイル警戒も衛星。防空も衛星。戦争の上位レイヤーが、どんどん宇宙へ移っている。

地上の兵器は、もはや単独では機能しない。
衛星が見る。
地上レーダーが補足する。
統合指揮管制が判断する。
パトリオット、THAAD、イージス、将来迎撃弾が撃つ。

この構造になる。

 

通信の世界にいた者としては、これは非常に見覚えのある構図である。昔は交換機が主役だった。加入者線が主役だった。局舎が主役だった。ところが、やがてインターネット、クラウド、データセンター、衛星通信が上に乗り、主導権は上位レイヤーへ移っていった。

軍事でも同じことが起きている。

 

パトリオットは砲台である。
衛星は目である。
統合指揮管制は頭脳である。
米国は、その目と頭脳を握ろうとしている。

そう考えると、パトリオットのライセンス生産容認は、単に「お古を渡す」という話ではない。パトリオットはまだ十分に強力な現役兵器である。しかし、米国自身の視線は、すでにその上位にある統合防空ネットワークへ移っている。

 

旧世代の標準兵器を同盟国に広げる。
その量産と負担はNATO欧州に担わせる。
ウクライナには実戦で使わせる。
そして米国は、次世代の宇宙・センサー・指揮管制レイヤーを握る。

これは、米国が得意とする構図である。

 

パソコンではOSを握った。
インターネットではプラットフォームを握った。
クラウドではデータセンターと制御層を握った。
軍事でも、迎撃弾そのものより、センサー、衛星、ネットワーク、指揮管制を握る方向へ進んでいる。

今回の決定は、ウクライナ支援である。


同時に、NATOの軍需産業の再建である。
さらに、米国による次世代防空レイヤー支配の布石でもある。

ロシアから見れば、これは嫌な展開だろう。

相手はウクライナ軍だけではない。
その背後にNATOの工場がある。
さらにその背後に米国の技術と宇宙インフラがある。


ロシアが時間を味方につけ、防空弾切れを狙う戦略は、少なくとも揺さぶられる。

もちろん、これで戦争がすぐ終わるわけではない。パトリオットの生産には時間がかかる。欧州の軍需生産力も、すぐに戦時体制へ移れるわけではない。ウクライナ全土を守ることもできない。パトリオットは面を守る兵器ではなく、重要地点を守る兵器である。

それでも、意味は大きい。

 

キーウ、ハルキウ、オデーサ、ドニプロ、主要発電所、港湾、軍需工場。こうした国家の背骨にあたる場所を守れる可能性が高まる。ロシアの弾道ミサイル攻撃が、以前ほど簡単には効果を出せなくなる。

パトリオットは、前線を一気に押し返す兵器ではない。
しかし、国家の背骨を折らせない兵器である。

そして今回の本質は、その背骨をウクライナ単独ではなく、NATOと米国の産業構造で支えるという点にある。

 

トランプ氏は、停戦仲介者の顔を残しながら、ロシアに対しては長期戦の産業基盤を見せた。米国が前面に立つのではなく、NATOとウクライナを前面に出し、その背後に米国がいる形を作った。

これは、かなり巧妙なディールである。

そして、そのさらに背後には衛星がある。

結局、ここでも最後に出てくるのは宇宙インフラである。
通信も、防空も、軍需も、同盟も、宇宙を抜きに語れなくなっている。

 

パトリオットのライセンス生産というニュースは、一見すると迎撃ミサイルの話に見える。
しかし、少し深く見ると、それはNATO再軍備の話であり、米国の同盟管理の話であり、さらに宇宙時代の軍事インフラの話でもある。

 

トランプ氏は、ウクライナを助けるというより、NATOに払わせる形を作った。
しかし結果として、それはウクライナにとって大きな支援になる。

ここが、このディールの面白さである。

 

これは「Pemelaspas(清め・落成儀礼)」のページですね。
戦争史の後にこれが来るのは、とても象徴的です。

タイトル。

Pemelaspas Bale Banjar Gerenceng
(グレンチェン集会所の清祓い・落成儀礼)

“Bale Banjar” は、
バリ共同体の中心施設。

会議し、
祭礼準備し、
音楽練習し、
葬儀相談もし、
村が“呼吸”する場所です。



新しい建物か施設の前で、
儀礼準備をしている。

白装束も見える。

これは建築完成そのものより、
「空間へ魂を入れる」儀礼ですね。

バリでは建物は、
建てただけではまだ“生きていない”。

Pemelaspas によって、
はじめて空間が共同体へ接続される。


ペンジョールが並び、
行列が進む。

今サヌールで見る祭礼風景そのものですね。

つまりこの本は、
1906年のププタンから始まりながら、
最後には「祭礼の継続」へ戻っていく。

これは非常にバリ的構造です。



供物を運ぶ女性たち。

ここが重要ですね。

戦争のページでは男たちが武器を持っていた。

しかし共同体を実際に持続させているのは、
こういう女性たちです。

チャナンを編み、
供物を運び、
祭礼を循環させる。


「バリの神々は女性がお好きなのだ」



この本全体を通して見ると、

* 王族
* 戦争
* 植民地
* 日本軍
* 独立戦争

よりさらに深い基層に、

「祭礼共同体の持続」

がある。

だからバリは何度壊れても戻る。

王宮が崩壊しても、
海岸に軍隊が上陸しても、
最終的には女性たちが供物を運び、
Banjar が再び動き始める。

そこに、この島の異様な回復力があります。

 

 

ニュピ前夜の市場 ― Pasar Majelangu に見る共同体の息づかい

今回、Puri Gerenceng Pemecutan(グレンチェン王家)に伝わる資料の中に、「Peken Majelangu」と題された興味深いページを見つけた。

Peken はバリ語で市場を意味する。インドネシア語では Pasar だ。写真には屋台や飲食店、人々が行き交う賑やかな市場風景が収められている。

説明文には「Bazar Hari Raya Nyepi(Pasar Majelangu)」という文字が見える。

ニュピ(Nyepi)はバリ島の新年にあたる特別な日である。空港は閉鎖され、道路から車が消え、人々は家の中で静かに過ごす。観光客でさえホテルや宿の敷地から出ることができない。

その静寂の日を迎える前、人々は食料や供物の材料を求めて市場へ集まる。

写真に写る人々も、そんな準備の最中だったのかもしれない。

現在の地図を調べても「Pasar Majelangu」という名称はほとんど見当たらない。おそらく古い市場名か、祭礼の際に開かれる特別市場の名前だったのだろう。

しかし名前の由来以上に興味深いのは、その場の空気である。

屋根の下に並ぶ露店。

腰を下ろして談笑する男たち。

買い物をする女性たち。

店番をする人々。

そこには大型スーパーもショッピングモールもない。

あるのは顔の見える取引であり、人と人とのつながりである。

バリについて語るとき、多くの人は寺院や祭礼に注目する。

確かに寺院は重要だ。

しかし共同体を支えているのは寺院だけではない。

バンジャール(地域共同体)があり、スバック(水利組合)があり、そして市場がある。

市場は単に物を売り買いする場所ではない。

人々が顔を合わせ、近況を語り合い、祭礼の準備を確認し、共同体の一員であることを再確認する場でもある。

私は長くバリに通っているが、こうした古い写真を見るたびに思う。

観光地としてのバリは変わった。

海岸には新しいレストランが並び、スマホ決済も普及しつつある。

しかし人々が市場に集まり、祭礼を中心に暮らしを営むという根本の姿は、今も大きくは変わっていないのではないか。

屋根のある仮設の売店か屋台の中で、複数の人が座っています。箱、包み、調理器具のようなものが見え、左下には子どもらしき人物もいます。雰囲気としては、売り場というより、バザールの準備場または休憩を兼ねた屋台内の様子に見えます。女性や子どもが混じっているので、軍事や政治ではなく、村落共同体の日常的な催しの記録でしょう。

 

写真02
人が集まり、中央の人物が立って何かを手渡している、あるいは品物を確認しているように見えます。左手前の後ろ姿の女性、中央奥の数人、右側の立つ人物から、売買というより「配膳」「受け渡し」「準備の指示」の場面にも見えます。屋根下で人が密集しており、ニュピ前の共同作業の熱気があります。

写真03
これはかなり「厨房」に近い印象です。右側の男性が白い服で立ち、鍋、瓶、器のあるカウンターに向かっています。左には座っている男性が二人。調理場、飲食の提供場所、またはバザールの食事係のように読めます。瓶が見えるので、飲み物も扱っていた可能性があります。

写真05
竹または木の床を張った高床状の場所に、大きな鍋や器が並んでいます。人々がその周りで作業しているので、これはかなり確度高く調理・配膳の準備場です。市場というより、地域行事に伴う共同炊事の雰囲気があります。ニュピ前後の「食を介した共同体」の記録として面白い一枚です。

写真06
屋外の通りに人が出ており、右側に建物、中央に座っている人、左側に通行人が見えます。ページの元キャプション位置から見ると「Basar tiap hari Nyepi」に対応している可能性があり、ニュピ関連の市の外観、つまり人が集まる通りの様子でしょう。かなり白飛びしていますが、日中の村道または集落内の市の雰囲気です。

写真07
「Bazar Hari Raya Nyepi / Pasar Majelangu」に対応する写真だと思います。建物の前に人が集まり、地面には品物や籠のようなものが並んでいます。左に屋根付きの建物、右奥にも人影があり、かなり庶民的な市の風景です。宗教儀礼そのものではなく、ニュピという祝祭に付随した生活の市場・物資のやりとりを撮っている感じです。



ニュピ前の市場の賑わい。

そして翌日に訪れる島全体の静寂。

その対比こそが、バリという島の不思議な魅力なのかもしれない。

古びた資料写真は、そんなことを静かに語りかけているようだった。
 

 

オーストラリアのマールズ副首相兼国防相が、シンガポールのシャングリラ会合でそう語ったという。

少し大げさな言い方にも聞こえる。海の底に戦場がある。そう言われても、多くの人には実感が湧かないだろう。インターネットは空気のようにそこにあり、スマホはいつもつながり、株価もニュースも動画も、指先で当たり前のように動く。だが、実はその空気のようなものは、海の底を這う細いケーブルに支えられている。

 

私には、そのことを身にしみて感じた朝がある。

かつてバリに長く滞在していた頃、毎朝のようにクタ周辺の海辺のカフェに出かけ、パソコンを開いて仕事を始めるのが日課だった。海風が吹き、観光客が歩き、店員がコーヒーを運んでくる。日本にいる時とは違う、少しゆるやかな時間が流れていた。

 

ところが、その朝だけは違った。

パソコンを起動しても、ネットがまともにつながらない。最初はカフェのWi-Fiの不調かと思った。バリではそういうこともある。ルーターを再起動すれば直るだろう、別のカフェに行けばいいだろう、と軽く考えた。

 

しかし違った。

周囲でも同じようにネットが重い。ページが開かない。証券会社の画面が進まない。私はその頃、株式投資の売買をしていた。しかも、時間が勝負の局面だった。注文を入れたい。価格を確認したい。だが画面が動かない。

これは焦った。

 

日本では、そんな経験はほとんどなかった。ネットは遅くなることはあっても、国全体が外とつながりにくくなるような感覚はなかった。ところがバリでは、それが現実に起きた。あとで聞くと、原因はシンガポールとインドネシア方面をつなぐ海底ケーブルの不具合だったらしい。切断だったのか、設備障害だったのか、そこまでは記憶にない。

 

しかし、私の中にはその朝が深く刻まれた。

インターネットは、雲の上にあるのではない。海の底にある。

この当たり前の事実を、私はバリの海辺のカフェで思い知らされたのである。

 

The Economistの記事によれば、いまアジアの海底ケーブル網は静かに描き替えられつつあるという。理由は二つある。ひとつはAIとクラウドの急拡大で、データセンター間の通信量が爆発的に増えていること。もうひとつは、海底ケーブルそのものが安全保障上の弱点として意識され始めたことだ。

 

バルト海ではケーブル損傷が相次ぎ、台湾周辺でも海底ケーブルの切断が問題になっている。南シナ海、台湾海峡、マラッカ海峡。これらは単なる地図上の海ではない。世界のデータが通る喉元である。そこに政治的緊張が重なると、通信インフラは一気に軍事と外交の問題になる。

「海底は戦場だ」という言葉は、そういう意味で出てきたのだろう。

 

かつて通信の安全保障といえば、電話局、交換機、無線基地局、衛星、電波の話だった。私自身も、通信業界にいた頃は、道路占用、とう道、管路、電柱、局舎、MDFといった陸上の設備を見てきた。通信は、地上にあるものとして考えていた。

だが、国際通信の本体は海底にある。

 

そして海底ケーブルは、陸に上がった瞬間に、陸上のとう道、局舎、データセンター、電力網につながる。海底と陸上は別々ではない。ひとつの神経系である。

AI時代になると、この意味はさらに重くなる。

 

生成AIも、クラウドも、金融取引も、動画配信も、半導体の設計も、国際決済も、すべてデータセンターとデータセンターの間を流れる膨大な通信に依存している。データセンターは国内にあるように見えても、その背後には国境を越えた海底ケーブル網がある。

 

つまり、これからの国力とは、単に半導体を持つことでも、データセンターを持つことでもない。海底ケーブル、陸揚げ局、とう道、局舎、電力、冷却、低遅延ネットワークを一体として持つことだ。

バリの朝、私はそこまで考えていたわけではない。ただ、証券会社の画面が動かず、冷や汗をかいていただけである。

 

しかし、あの小さな体験は、いま思うとずいぶん大きな意味を持っていた。

日本にいると、インターネットはあまりにも普通に動く。だから、その背後にある海底ケーブルの存在を忘れてしまう。日本列島がいくつもの国際海底ケーブルで世界と結ばれていることも、陸揚げされたケーブルが国内の通信網へ流れ込んでいることも、日常生活では意識しない。

だが、海底線が一度おかしくなれば、南の島のカフェで株式売買が止まる。企業活動が止まる。観光業も、金融も、行政も、物流も、すべて影響を受ける。

 

これは単なる通信障害ではない。

国家の血流が詰まるということだ。

いま世界では、海底ケーブルのルートが中国周辺や地政学的リスクの高い海域を避ける方向に変わり始めているという。シンガポール、香港、南シナ海、マラッカ海峡といった従来の重要地点に加えて、オーストラリア、インド洋、太平洋諸島、日本、グアム、米国を結ぶ新しい経路が重視されるようになっている。

 

これはアジアの通信地図の変更である。

同時に、AI時代の世界地図の変更でもある。

日本はこの変化をどう見るべきか。

 

私は、NTT法の存廃だけを議論していては足りないと思う。大事なのは、海底ケーブルの陸揚げから、国内のとう道、局舎、データセンター、APN、電力網までを一体で見る視点である。

海底ケーブルは海の底にある。とう道は都市の地下にある。局舎は町の中にある。データセンターは郊外にある。普通は別々の設備に見える。

 

しかし、AI時代にはそれらが一本の神経網になる。

そして、その神経網を誰が持ち、誰が守り、誰が使えるようにするのか。これは通信政策であると同時に、国家安全保障そのものになる。

バリの海辺のカフェで、私は一度だけその神経網の細さを見た。

画面が開かない。注文が入らない。価格が見えない。

その時はただ焦っただけだった。

 

だが今になって思う。

あの朝、私は海底の戦場を、ほんの少しだけ見ていたのかもしれない。

 

完全に「独立戦争史」。
バリの英雄グスティ・ングラ・ライへ繋がっていく。


1946年3月2日
NICA(オランダ民政復帰軍 “赤い象”)がサヌール海岸に上陸。
バリ・ホテルとサトリア兵営を宿営地とした。

ここでいう「Gajah Merah(赤い象)」は、
オランダ復帰軍の通称。

つまり、

* 日本敗戦
* 空白期間
* オランダ再侵攻

が始まる。

しかも再びサヌールから上陸する。

1906年と同じ海岸です。



1946年4月11日
深夜から朝にかけてデンパサール総攻撃が発生。
 Ida Bagus Japa が Yang Batu 兵営で戦死。




「オランダ植民地軍がバドゥン川を渡河する様子」

川を渡る兵士たちの写真ですね。

1906年のページでも、
川越えが重要でした。

 Tukad Badung(バドゥン川)は、
侵攻線として何度も登場している。


オランダ軍(赤い象)は1946年3月2日にサヌールへ上陸。
再植民地化を企図したため、マルガラナ戦争を引き起こした。
 I Gusti Ngurah Rai は Ciung Wanara 部隊とともに戦った。
そして1946年10月20日、歴史的な「ププタン・マルガラナ」が起きた。

ここで1906年の「ププタン」が、
1946年に再び現れる。

つまりバリ人にとって「ププタン」は単なる一回の事件ではなく、

外部支配に対して尊厳を賭けて全滅覚悟で抗う様式

として繰り返される。


今のバリ人の柔らかさや穏やかさを見ると、
つい「争いを避ける文化」に見える。

しかし実際には、

* 1906 ププタン・バドゥン
* 1946 ププタン・マルガラナ

と、“最後まで退かない記憶”を持っている。

しかもその入口は、
またしてもサヌールの海岸だった。

毎朝歩いている静かな海岸は、
バリ近代史の「玄関口」でもある。

 

北大西洋条約機構、NATOのルッテ事務総長が、中国人民解放軍による潜水艦発射弾道ミサイル、いわゆるSLBMの発射について、「私たちはナイーブでいられない」と述べたという記事を読んだ。

 

最初に引っかかったのは、中国のミサイルそのものではなかった。

いや、もちろんミサイルは重大である。潜水艦から弾道ミサイルを撃つということは、海中から核の名刺を差し出すようなものだ。どこにいるか分からない潜水艦から、いざとなれば報復できる。これは核抑止の中核であり、周辺国にとっては洒落にならない。

 

しかし、僕がまず引っかかったのは、そこに添えられた「ナイーブ」という言葉だった。

「私たちはナイーブでいられない」

日本語として、なんだか妙にやわらかい。

僕の世代にとって「ナイーブ」は、ずいぶん長い間、繊細とか純情とか傷つきやすいとか、そういう意味の言葉だった。

 

恥ずかしながら、僕が英語の naive の本来の意味を知ったのは、三十代になってからだったと思う。それまでは、ある漫才コンビの「ナイーブやね」という決まり文句に、頭の中をかなり汚染されていた。いやその頃の日本人のこの言葉に対する理解に。

 

「ナイーブやね」

そう言われると、少し気が弱く、傷つきやすく、どこか憎めない人間を思い浮かべる。言われた方も、たいして怒る言葉ではない。むしろ、ちょっと愛嬌すらある。それが世間一般の受け取り方だった気がする。

 

あの時代の漫才には、言葉を一瞬で別の場所へ連れていく力があった。難しい外来語も、茶の間に入れば、たちまち大阪弁や東京弁のツッコミに変わる。ナイーブもその一つだったのだろう。英語の教科書より先に、漫才の間合いで言葉を覚えてしまった。だから僕の中では、長い間、ナイーブは「世間知らず」ではなく、「繊細で、ちょっと傷つきやすい人」の顔をしていた。

 

ところが英語の naive は違う。

政治や安全保障の文脈で “We cannot be naive” と言えば、それは「われわれは繊細でいられない」という意味ではない。「甘く見てはいけない」「お人好しでいてはいけない」「相手の意図を善意に解釈しすぎてはいけない」という、かなり厳しい警告である。

つまり、ルッテ氏の発言を自然な日本語にすれば、

「中国の軍事的動きを甘く見てはならない」

でよい。

 

さらに踏み込めば、

「中国の意図を善意に解釈している場合ではない」

ということだろう。

ところが記事では「ナイーブでいられない」となる。誤訳ではない。原語には近い。しかし、日本語読者に届く意味としては、どうにも輪郭が甘くなる。

 

こういうカタカナ語のずれは、ナイーブだけではない。

たとえば、日本語で「スマート」と言えば、すらっとした体型を思い浮かべる人が多い。しかし英語の smart はまず「賢い」である。「彼はスマートな人です」と言えば、英語では細身ではなく、頭のよい人になる。

「マンション」もそうだ。日本では集合住宅だが、英語の mansion は大邸宅である。海外で “I live in a mansion.” と言えば、相手は豪邸に住んでいるのかと思う。僕の住むマンションを、そこまで立派にしてくれるならありがたいが、現実はそう甘くない。

 

「クレーム」も危ない。日本では苦情の意味だが、英語の claim は主張や請求に近い。苦情なら complaint である。客からクレームが来た、をそのまま英語に戻すと、何か権利請求でも起きたように聞こえる。

 

「コンセント」に至ってはさらにややこしい。日本では電源の差し込み口だが、英語の consent は同意である。ホテルで “Where is the consent?” と聞けば、「同意はどこにありますか」という妙な哲学問答になってしまう。正しくは outlet や socket だ。

 

「テンション」もそうだ。日本語では「テンションが上がる」と言えば気分が盛り上がることだが、英語の tension は緊張や対立である。国際会議で “The tension is high.” と言えば、場が盛り上がっているのではない。むしろ一触即発である。

 

「リベンジ」も、日本では再挑戦や雪辱戦くらいの軽い意味で使われる。しかし英語の revenge は復讐である。ゴルフの次回リベンジくらいならよいが、外交の文脈で revenge と言えば、かなり物騒になる。

 

こうして見ると、カタカナ語は便利だが、時に危うい。日本語の中で独自に育った言葉を、英語の原語に戻そうとすると、とたんに別の顔を見せる。

今回の「ナイーブ」も、その代表格である。

 

ここに、僕は少し穿った見方をしてしまう。

こうした国際政治の記事は、記者が一人で書いてそのまま出るものではないはずだ。少なくともデスクが見る。場合によっては編集幹部の目も通るだろう。ならば、「ナイーブ」という言葉をそのまま残すことの危うさに、誰かが気づかなかったのか。

あるいは、気づいた上で残したのか。

 

「中国を甘く見るな」と書けば、見出しも本文も強くなる。かなりはっきりした警告になる。読者にも、中国の軍事的膨張に対するNATO側の危機感が直接伝わる。

一方で、「ナイーブでいられない」と書けば、少し角が丸くなる。英語に詳しい読者には意味が分かる。しかし多くの日本語読者には、どこか曖昧に響く。少なくとも「中国を甘く見るな」ほどの鋭さはない。

この差は小さくない。

 

報道の言葉には、不思議な力がある。同じ内容でも、「脅威」と書くか、「課題」と書くかで、読者の受け止め方は変わる。「非難した」と書くか、「懸念を示した」と書くかでも温度が変わる。「対抗する」と書くか、「対応する」と書くかでも、印象はかなり違う。

そして今回の「ナイーブ」も、まさにその一つではないかと思う。

 

もちろん、記者や編集者が意図的に中国批判を和らげた、と断定することはできない。外からは分からない。単に外信翻訳の癖かもしれない。英語の naive をそのままカタカナで置くことが、専門記事では普通になっているのかもしれない。

しかし、結果としては、警告の刃先が少し丸められている。

 

それが僕には気になる。

中国のSLBM発射は、単なる一回の軍事実験ではない。潜水艦から弾道ミサイルを撃つということは、中国が地上だけでなく海中からも戦略核を運用する意思と能力を示したということだ。日本、台湾、グアム、豪州、米本土までが、一つの戦略空間としてつながってくる。

 

かつて欧州の安全保障はロシアの問題であり、東アジアの安全保障は中国の問題だと分けて考えられていた。しかし今は、そう単純ではない。ロシア、中国、北朝鮮、イランが緩やかに連動し、米国、NATO、日本、豪州がそれに向き合う構図になっている。

 

だからNATOの事務総長が中国について語る。
だから中国のSLBM発射が、欧州の同盟にも関係してくる。
世界の安全保障地図は、すでに一枚につながっている。

そのときに必要なのは、「ナイーブやね」と笑って済ませる感覚ではない。

 

もちろん、笑いは大事である。僕などは、今でも「ナイーブ」という言葉を見ると、つい昔の漫才の声が頭のどこかで響いてしまう。これだけカタカナ語にだまされてきた日本人が、いまさら一つ二つ誤読したところで驚くにはあたらない、とも思う。

しかし、潜水艦から弾道ミサイルが飛ぶ時代に、それだけでは済まない。

 

ルッテ氏が言いたかったのは、おそらくこういうことだ。

中国を、ただの巨大市場として見ていた時代は終わった。
中国を、いずれ豊かになれば穏健化する国として見ていた時代も終わった。
中国を、経済相手だから軍事的にはほどほどだろうと考える時代も終わった。

われわれは、甘く見てはならない。

 

これを日本語で「ナイーブでいられない」と書くのは、やはり少し軽い。
少なくとも僕の耳には、あの漫才の「ナイーブやね」が混じってしまう。

だから、ここははっきり書いたほうがいい。

 

NATO事務総長は、中国を甘く見るなと警告した。

そのほうが、ずっと正確である。
そして、ずっと怖い。