サンライズ麹町は都内の有名企業の役員を務める35歳の男だ。会社役員と言うと大抵はお堅い雰囲気を漂わせているものだが、彼は快活な性格で、文字どおり太陽のように周りの人間を明るくさせていた。

 

なぜ彼は役員でありながらそのような性格を持ち続けることができたか、それは彼の過去にある。彼は幼いころ言葉がうまく喋れなかった。そのため周囲から常に距離があり、なかなか友達を作ることができなかった。そんな状況に彼は苦しみ、そして考えた。言葉は使えないけど表情は使える。彼は顔を使ってコミュニケーションを取り始めた。初めはうまくいかなかった。それはそうだ、何も話さず歯茎むき出しで話す彼はどう考えたってキモい。しかし彼は続けた。徐々に受けのいい表情などもわかってきて、言葉こそ交わさなかったが、麹町が笑いかけると笑い返してくれる子がちらほら現れた。そして彼は徐々にノンバーバルなコミュニケーションを学び、手術で奇跡的に声を取り戻した暁には、すっかり周囲の人気者。現在まで疾風の如く人生を駆け抜け、楽しい時間を過ごしていた。

 

とここまでが彼のこれまでだ。そんな困難を打ち破ったサンライズ麹町に今回、新たな困難が訪れる。

 

その日彼は同僚と麻布のクラブにいた。麹町行きつけのクラブで今日も彼はVIP席で仲間と騒いでいた。するとそこに同僚が先ほどまでプレイしていたDJを呼んできた。DJは”Shadow”と呼ばれていた。彼は同僚たちに挨拶を交わすと、麹町にも挨拶をしにきた。麹町は持ち前の明るさでDJと打ち解けようとした。しかし、麹町が友好的に接しても彼はマイペースというか、どこかとっつきにくさを感じた。

 

微妙な空気感が二人の間に流れ、麹町は久しぶりにこの感覚に包まれた。そう、自分の波長と相手の波長が全く噛み合わないこの感覚は幼少期、なかなか言葉がうまく喋れず周りとコミュニケーションが取れなかった時に感じた、居心地の悪さを同じだ。あの時以降、麹町はその感覚が訪れそうになると言葉をうまく使い、なんとか相手との決定的なミスコミュニケーションをとってきた。それでもうまくコミュニケーションを取れない時は、相手が自分に合わせられないバカだと自分から切り捨て、自分をコミュニケーション能力に対する自己評価を高めてきた。

 

しかし今回は違う。本当に相手が何を考えているかわからない。何を話しかけても大した反応は示さずかといって全く興味がないわけでもないらしく、しきりにこちらの顔に視線を投げかける。なんとも居心地の悪い空気感だ。

 

ひとしきり話すと麹町はいよいよ話すことがなくなった。彼は依然として横に立っているだけだった。麹町は会話を切り上げて仲間のところに戻ろうともしたが、なぜか周りに仲間の姿はない。

 

どうしよ。そんな些細な不安が頭の中をかすめた時、麹町は幼少期の自分を思い出した。自分だって昔、彼のように振舞っていなかったか。自分はうまく喋れない自分を表情を作ることで周りに伝えた。それが彼の場合は音楽だったのではないかと。確かにマンツーマンでは人とうまく喋れないかもしれない。でもそんな自分でも何か伝えたい、そんな想いが彼をDJにさせたのではないか。

 

麹町はそう思うと急に優しい気持ちになった。目の前の、決して自分のことを言葉で伝えてこない若者の、感情の部分が知れ、どこか満足感のようなものを得たのかも知れない。その後麹町は彼と別れ、フロアへ仲間を探しにいった。仲間を見つけ、いよいよ帰ろうと思い出口に向かうと、先ほどのShadowが仲間と話していた。麹町は最後に挨拶だけ言おうと近づくと彼らの会話が聞こえた。

 

「いやさっきはほんときつかったわー。おっさんつまんない話ばっか振ってくるからさー、もうなんも返す気力なかったよ。でなんか途中から急ににやにやしてこっちみてきて、さも俺のことなんかわかっちゃったよ的な空気感出してきてさー。そんな積まんねぇー話しかできないお前が俺のこと理解できんのかよって思ったわ!」

 

麹町はそれを聞くと踵を返して出口へ向かった。サンライズはまだまだ甘かった。