続きです

争点3までの裁判所の判断を見てきました

次は輸血が適切に行われたのかです

争点(4)(輸血の実施時期が適切であったか否か)について

午後5時24分からICU入室の午後6時37分までの間に

3390mlの出血があった

ことを前提に、被告病院医師らは、午後5時36分までに輸血を準備し、午後5時56分までに輸血を実施すべきであったかどうかについて

1 分娩時においては1500mlの出血の時点において輸血を考慮すべきであるとされている

2 分娩記録では、出血量の記載として

「2640+750ナート中」・・・(ナート=会陰部の縫合)

「総出血量3390ml」との記載がある

これは、分娩時の出血量については、ICU入室時にマットを取り替えたときに計測した結果が2640gであり、ICU入室後分娩後2時間までの出血が750gであったという意味と理解できる

この分娩経過の記載に基づき、事後的に記載されたカルテ及び経過要約等において出血量3390mlとの記載がされたものと解される

午後5時53分には輸血がオーダーされている

その時点までの出血量を計算すると、出血が開始したのは午後5時24分頃であり、ICUに転出したのは午後6時28分であるから、その間は64分間である。

その間に、2640gの出血があったのであるから、1分間当たりの出血は、約41mlとなる。

出血開始時である午後5時24分から輸血オーダー時点である午後5時53分までの29分間の出血量は、約1189mlであると推認される。

したがって、出血量が1500mlに達する以前に輸血のオーダーを開始しており、その後の輸血措置も特に遅れはなく実施しているのであるから、被告病院における輸血の開始時期に遅れがあったとは認められない

輸血の遅れがあったとする原告らの主張には理由がない

争点(5)(ヘパリンの投与時期が適切であったか否か)について

羊水塞栓症に対してヘパリンが有効であることは認められる

被告病院担当医師らは、ヘパリンの投与に先立ち、薬剤の投与を含めた各種の蘇生措置を行って、それを経てもなお症状の改善が見られない段階に至った後にヘパリンを投与しており、出血を助長することとの関係でヘパリンの投与は難しい判断となること及びまずは救急の蘇生措置を行うべきであることを考え合わせると、午後5時57分にヘパリンを投与した担当医師らの措置は、不適切であったとは認められない。

したがって、原告らの主張には理由がない。

争点(6)(経膣分娩のリスクについての説明義務違反の有無)について

重要なところなので、判決文を詳しく掲載します

(1)ア 原告らは、被告病院担当医師らは、Bに対し、分娩方法の決定及び帝王切開術の同意に際し、重症妊娠中毒症であること、AIHを4回行って妊娠していること、高齢初産であること、出産前の血圧のコントロールができない状態で経膣分娩を行うことの危険性等について、具体的な説明を行う義務があったと主張する。

イ AIHを行ったことは分娩方式の選択とは医学的に無関係であり、分娩を行うに当たってのリスクということはできず、また、Bが高齢出産であったということはできない。さらに、出産前に血圧のコントロールができない状態であったと認めることはできない。

したがって、AIHを4回行って妊娠していること、高齢初産であること、出産前の血圧のコントロールができない状態で経膣分娩を行うことの危険性について説明すべき義務は認められない。

ウ これに対し、Bは重症妊娠中毒症であったところ、重症妊娠中毒症の妊婦につき経膣分娩を行うに当たっては、血圧上昇及び分娩子癇などの危険性や胎児仮死の発症などの可能性があり、これに対する注意が必要とされているのであるから、被告病院担当医師らは、これらの危険性について説明すべき義務があると認められる。

(2)ア 次に、被告病院担当医師らが行った説明について検討するに、原告らは、被告病院においては、帝王切開術の同意書への署名に際して、「単にお守りのようなものです。」と言ったのみであると主張し、原告Cは重症妊娠中毒症であることについて説明を受けたことはなく、帝王切開術の同意書への署名に当たっても詳しい説明がなかったとして、同旨の供述をする

これに対し、G医師は、妊娠中毒症の状態とリスクについては、入院を勧める説明をしたとき、産科病室からMFICUに移るとき、妊娠36週で妊娠を終了させる方針を説明したとき、十分に説明をしており納得を得ている旨の陳述をし、帝王切開の同意書に署名を求めるに当たっても、重症妊娠中毒症には母体の血圧上昇や胎児の状況が悪くなる危険性があることを説明したと証言する

イ 同年9月25日にBは重症妊娠中毒症と診断され入院をしているが、入院に当たって担当医師が妊婦の現在の状況と入院が必要となる根拠について説明をしないことは考え難い。

また、Bは、血圧が安定しなかったことから、同月30日にMFICUに移動しているところ、移動に当たって、担当医師らがMFICUでの集中管理が必要となる理由について説明をしないとは考え難い。

さらに、同年10月6日に、妊娠中毒症の増悪所見が見られたことから、G医師は翌日の分娩の誘発を決定し、その旨及び帝王切開になる可能性を原告Cに対して説明し、その際に、B及び原告Cは、帝王切開を行うことについての同意書に署名押印をしている。

この同意書には 「病気について」との欄に「重症妊娠中毒症」、「目的・必要性について」との欄に「母児の安全のため」との記載があり、これらの内容は原告Cが署名押印する際に既に記載されていたものである

これらの同意書の記載からすると、この同意書を徴したG医師は、B及び原告Cに対し、Bが重症妊娠中毒症であること、重症妊娠中毒症の妊婦の経膣分娩に当たっては、母児に対する危険があるため、その危険を回避するために帝王切開になる可能性がある旨の説明をしたと理解できる。

また、Bは、夫である原告Cの立会いの下での分娩を強く希望しており、原告Cも、帝王切開の同意書への署名に際し、できれば帝王切開を避けたい旨の希望があったと供述するところ、経膣分娩に伴う危険性についての説明なしに、B及び原告Cが帝王切開の実施に同意するとは考え難い。

さらに、被告病院看護記録には、同年10月2日の欄に「C/S(帝王切開)の可能性は否定しきれないため、また本人よりC/Sについての質問が出ているため、実母を混じえてC/S前オリエンテーションす。本人経膣に対する希望強いため、C/Sの流れにはあまり興味もてず。どういう様になったらC/Sになるのかということに意識が集中している様子。」との記載がある。この記載からすれば、Bは、帝王切開についてのオリエンテーションを受け、その際に看護師から、帝王切開を選択する基準、すなわち、経膣分娩に伴うリスクが発生した場合にはそれを避けるために帝王切開を行うことになることについて説明を受けたと理解でき、そうすると、帝王切開の適応について説明する中で、経膣分娩を行うに当たっての危険性についての説明が行われたと認められる。

ウ 以上からすると、重症妊娠中毒症であることについて説明を受けたことはなく、帝王切開術の同意書への署名に当たっても詳しい説明がなかったとする原告Cの供述は採用できず、被告病院担当医師ら及び看護師は、B及び原告Cに対し、Bが重症妊娠中毒症であること及び重症妊娠中毒症の妊婦が経膣分娩を行うに当たっての危険性について、説明をしたと認められる。

したがって、説明義務違反をいう原告らの主張には理由がない。

続きます