続きです
平成14年10月8日
17:58 胎盤が用手剥離により娩出された 出血は継続
17:59 サリンへス(血漿代用剤)500mlを点滴内投与
ボスミン1A静脈内投与
18:06 ボスミン2A静脈内投与
18:08 心拍上昇 心マ停止 イノバン(ドパミン塩酸塩:強心剤として)2A、ドブトレックス(心収縮力増強剤として)2Aの持続点滴開始
18:13 輸血開始
18:28 分娩台からストレッチャーに移動
循環器内科医により心エコー(右心系異常なし、左室機能異常なし)
18:37 ICU入室
ラボナール(麻酔薬:抗痙攣薬として)持続点滴
レスピレーター装着、低体温療法、DIC治療、脳圧降下療法を開始
会陰部及び膣からの出血継続
8日午後(時間不明)及び9日午前(時間不明)に血清を検査したところ、亜鉛コプロポルフィリン(Zn‐CP1)及びムチン(STN)はいずれも正常値であった
11日 脳CTの結果 脳浮腫著明 DIC継続
23日 脳CTの結果 多発性出血及びくも膜下出血
対光反射消失
24日 自発呼吸なし
11月下旬頃 血圧低下、尿量減少
12月10日 死亡
死亡診断書の死因
羊水塞栓、多臓器不全
さて・・・医療過誤の匂いはしますか?
ここでもう一度、争点と原告・被告それぞれの主張を見てみましょう
(1) 大量出血の原因
原告の主張
Bに生じた意識消失と大量出血に始まる一連の病態について羊水塞栓症は発症しておらず、産道損傷及び弛緩出血による大量出血からDICを発症した
被告の主張
羊水塞栓症を発症し、これに伴い大量出血がおきた
(2) 帝王切開をすべきであったか否か
原告の主張
Bが、重症妊娠中毒症であったこと、AIH(配偶者間人工授精)を4回行って妊娠したこと、高齢初産であること、出産前の血圧のコントロールができない状態であったことからすれば、複数のリスクが重なったハイリスクな状況であり、帝王切開の同意書を取得している本件では、予め帝王切開を実施すべきであった
また、経膣分娩での分娩を開始したとしても、同年10月8日午後5時までに帝王切開に切り替えるべきであった
被告の主張
重症妊娠中毒症=帝王切開ではない
AIHによる妊娠と帝王切開は関係しない
高齢出産は35歳以上の初産婦をいうがBは34歳であるので高齢初産ではない
原告は分娩直前の血圧が不安定であったことをもって予定帝王切開の適応を言っているが、根拠にはできない
また、帝王切開承諾書は、予定的帝王切開術の事前に徴する場合と、分娩経過の途中で帝王切開術となるリスクがあり、緊急時に説明する時間的余裕がないことが予測される例において、予め帝王切開術になり得る状態を説明し承諾書に同意署名を徴する場合があり、本件は後者であったものである
分娩様式の判断は、血圧の状態と経膣分娩に要する今後の時間の見通しによって決定され、午後5時に子宮口全開大が確認され、30分前後で分娩に至る見通しであったことから経膣分娩と判断したことは適切であり、また、当日の帝王切開への変更は母体適応よりも胎児適応で判断する
(3) 医師の立会いの遅れによる治療及び救命行為の遅れの有無について
原告の主張
Bの血圧が上昇していたことから、G医師が平成14年10月8日午後5時00分に分娩室に来室後、そのまま同所に留まるべきであった
また、午後5時21分に医師立会いの連絡がされた際に、直ちに2名以上の医師が駆けつけ、1名以上の医師が直ちにBの救命行為を行うべきであった
Bの呼吸停止が確認された午後5時35分の時点で、麻酔科医師の立会の下で気管挿管を行うべきであった
被告の主張
午後5時に訪室したところ、血圧は155/108と改善しており、内診を行ったところ、子宮口全開大ではあるものの、児は下降しておらず、分娩まで少し時間がかかると考えられたため1から2分で訪室できると思われる病棟に移動したもので、分娩室にそのまま留まるべき注意義務はない。
午後5時21分の時点ではまだ強直性痙攣などの母体の症状は認められていなかったのである。そして、コールから1ないし2分後に同医師が駆けつける少し前から強直性痙攣、意識レベル低下が出現したのであるから分娩室に留まっていた場合に比べて、とくに処置が遅くなったなどという事実はなく、本件結果との間の因果関係も否定される。
児心音の低下の場合には、まずは医師1名が訪床し、その観察結果次第で応援を要請することになるのであって、児心音が低下したからといって直ちに複数名の医師が駆けつけるべきであるとはいえない。
G医師が訪床した時点では強直性痙攣が出現していたため、他の医師にもコールするよう指示しつつ、助産師4名とともに、胎児の吸引分娩と並行して、気道確保(舌根沈下を防ぐための下顎挙上)やバイトブロック挿入、ホリゾンの投与などを行っている。そして、午後5時25分には他の医師も訪室して、救命処置に加わっているから、医師2名が駆けつけた場合と結果に差異が生じたとは考えられず、因果関係は否定される。
Bの酸素飽和度が80%に低下して呼吸停止が確認された午後5時35分の時点でバッグアンドマスクによる呼吸管理を行っており、気管挿管と同様の効果を期待できる。
また、麻酔科医が気管挿管を行う場合にも、必ずバッグアンドマスクによる呼吸管理を行ってから気管挿管に取り掛かるのである。
本件においても、午後5時35分にはバッグアンドマスクを行っている。したがって、呼吸管理の方法として何ら問題はない。
気管挿管を行っていれば酸素飽和度が低下することはなく、致死的状況にはならなかったとの主張であるが、本件ではバッグアンドマスクによる呼吸管理にもかかわらず、酸素飽和度が低下しているのである。そうであれば、循環系にも問題が生じているというべきである。本件に即していえば、羊水塞栓症により肺の血流が不足している状態であったものである。
したがって、気管挿管の時期が早ければ、酸素飽和度が低下しなかったとか、致死的状況に陥らなかったなどということはできない。
続きます