昨日の予告どおり

経膣分娩後大量出血し死亡した妊婦の遺族が病院に対し損害賠償を求め提訴した事件について書いてみる

死亡された患者さんのご冥福をお祈りします

平成19年3月16日判決言渡

平成16年()第7007号 損害賠償請求事件

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070330121454.pdf

事件の概要

被告の設置する病院で分娩をした産婦が、分娩後に大量出血とともに呼吸停止及び心停止を起こし、多臓器不全により死亡した事案において、患者の急変の原因は羊水塞栓症によるものである蓋然性が高いとした上で、担当医師らには、帝王切開ではなく経膣分娩を選択した過失及び急変時に行うべき措置を怠った過失等のいずれの過失も認められないとして、患者の遺族からの損害賠償請求が棄却された事例。

死亡した産婦は昭和43年2月6日生(当時34歳)

平成14年10月8日 経膣分娩で男児出産後大量出血

同年12月10日死亡(死亡診断書の死因:羊水塞栓症、多臓器不全)

原告   死亡した産婦(B)の夫(C)と生まれた男児(D)

請求金額 原告それぞれに約6,800万円

被告   東京都渋谷区の総合病院(A病院)

争点

(1) 大量出血の原因

(2) 帝王切開を実施すべきであったか否か。

(3) 医師の立会いの遅れによる治療及び救命行為の遅れの有無

(4) 輸血の実施時期が適切であったか否か。

(5) ヘパリンの投与時期が適切であったか否か。

(6) 経膣分娩のリスクについての説明義務違反の有無

(7) 損害額(判断の必要がなかった。)

事実関係

Bは、4回の配偶者間人工授精(以下「AIH」という。)等の不妊治療を経た後、平成14年2月に妊娠した

BとCの希望により分娩立会ができるA病院に平成14年7月から通院しH医師の診察を受けていた

平成14年9月25日(妊娠34週6日)重症妊娠中毒症(今は妊娠高血圧症候群という)のため入院した

26日  トランデート(α1及びβ受容体遮断薬)及びアダラートL(カルシウム拮抗薬)投与を受ける

27日  血圧 10:00 132/82 

23:20 200/100

28日      0:20 200/100

29日       不明  200/106

30日  MFICU(母体胎児集中治療管理室)入室

10月1日から4日は血圧安定

6日  増悪所見が見られたので、G医師は妊娠を終了させる時期と判断し翌日に分娩の誘発を行うこととした

7日  分娩誘発のためラミナリア桿(ラミナリアカン:子宮頚管を拡張させる棒状の器具で羅臼昆布の茎根からできている。徐々に水分を吸って膨張するので、安全と言われている)を17本挿入した

8日  G医師が9:20にラミナリア桿を抜去したところ、子宮口は5cmで頚管の成熟が認められると判断し、アトニン(陣痛促進剤)の点滴を開始した(開始時の血圧は127/94)

    12:30 陣痛発来

     16:00まで血圧 132~158/94~100

     点滴の速度(アトニン入りのブドウ糖5%)

     10:52(開始) 30mlh

     11:25     45

     12:10     60

     14:05     75

     14:40     90

     15:25    105

     16:05    120

     16:50    135

以下時間のみの表示はいずれも8日

16:00  胎児心拍数変動  I医師が確認し内診

16:20  血圧 160/120

16:45  血圧 172/107

       分娩経過記録の記載

「血性分泌+羊水」「高位破水様(子宮の上のほうの卵膜が破れて羊水が流れ出ること)」

16:52  立会のため原告Cが分娩室に入る

17:00  G医師が内診 子宮口全開大 卵膜触知

       BP 155/108

17:20  胎児心拍数60台で除脈が認められる O2開始

17:21  胎児心音低下 G医師コール

17:22  CはBの顔が陣痛に伴い赤くなり、その直後に大きな全身の痙攣を起こして嘔吐し、その後顔が青くなったのを確認、Bに異変が生じたことを助産師に知らせた。

助産師は強直性痙攣と意識消失を確認し、口腔内にバイトブロック(痙攣で舌を噛まないようにする器具)を挿入した

17:23  G医師到着 ホリゾン(ジアゼパム:鎮攣剤)投与、J医師到着、G医師が内診 子宮口全開、卵膜なし、児頭確認 吸引分娩に

17:24  男児娩出(2320g) 出血が始まる

17:27  硬直性痙攣持続のためG医師によりホリゾン10mgとマグネゾール(硫酸マグネシウム:子癇に用いる)0.2gを静脈投与しマグネゾールの持続点滴を開始

17:30  医師H到着

17:34  医師K到着 呼名に反応せず呼吸抑制あり、マスクで酸素開始

17:35  SPO2 80%台に低下 呼吸停止

17:36  アンビューバッグで補助換気開始

17:38  L医師到着 除脈から停止 心マ開始

17:40  SPO2 40%~60%に低下 麻酔科医到着

17:43  気管挿管施行

17:44  ボスミン(アドレナリン注射薬)1Aを気管内注入

17:45  ボスミン2A注入

17:47  ボスミン1A注入 除脈継続 心マ、補助呼吸継続

17:49  動脈血ガス pH7.11 BE(base excess)-19.2

17:52  メイロン(炭酸水素ナトリウム:アシドーシスの補正)20ml静脈投与

17:53  輸血オーダー

17:55  ソルメドロール(副腎皮質ホルモン剤:急性循環不全、この場合出血性ショックに用いる)500mgを静脈内投与

17:57  医師Hと麻酔科医の判断でヘパリン(抗凝血薬:この場合DIC=播種性血管内凝固症候群に対応)5000単位を静脈内投与

続きます