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裁判所の判断

争点①「被告病院担当医師は、気管切開術を行

うに先立って、輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状

靱帯切開を実施して、気道を確保すべき注意義

があったか否か」について

平成15年12月23日午後6時45分から
AはE医師の診察を受けたが、Aは喉が腫れ
て自力で口が開かない状態で、仰臥位の状態
で呼吸することが困難であったことが認めら
れる。
また、証拠(乙A3、4の1・2、6、証
人G)によれば、喉頭ファイバーで、喉頭
蓋に限らず喉頭破裂部も炎症により著明に
腫脹し、中央に声門の気道空間がわずかに
観察される状態であり、気道狭窄の程度は
高度であったことが確認され、頸部CT写
真によっても気道狭窄の程度は高度であり
頸部の軟部組織が左を主体として腫脹して
いる(また、頸部のリンパ節が多数、かつ
大きく腫れていた。)ことが確認された

G医師らはAの症状は急性喉頭蓋炎であり
気道確保が必要であると判断したことが認
められる。
そして、Aの頸部の腫脹は通常の喉頭蓋炎
における腫脹と比較するとその程度は著し
いものであったと認められる。
上記本件における基礎的な医学的知見のと
おり、急性喉頭蓋炎において、呼吸困難が
高度の際には、気道を確保することが大事
であるところ、急性喉頭蓋炎における気道
確保の方法としては、輪状甲状靱帯穿刺、
輪状甲状靱帯切開及び気管切開が考えられ
る。
G医師は、本件当時、被告病院の耳鼻咽喉
科の講師であり、本件当時まで、急性喉頭
蓋炎による気管切開は、自身が執刀医とし
て行ったものが5、6例、助手として関与
した例が15例くらい、喉頭蓋炎以外のも
のを含めると100例以上の気管切開の経
験を有していたこと、トラヘルパーを使用
したのは2、3例、輪状甲状靱帯切開を行
ったのは2、3例くらいであることが認め
られる(証人G)。

上記認定のとおり、Aの頸部の腫脹は、通常
の喉頭蓋炎における腫脹と比較するとその程
度は著しかったことが認められるから、かか
る著しい腫脹のために輪状甲状靱帯の部位を
明確に特定することが困難であった旨のG医
師の供述は信用できるというべきである。
そして、G医師は、100例以上の気管切開
の経験を有していたことを考慮すると、緊急
時に備えてトラヘルパーを用意しつつ、確実
に気道確保を行える気管切開の方法を選択し
たことが、医師として不合理な判断であった
ということはできないというべきである。
なお、輪状甲状靱帯穿刺、輪状甲状靱帯切開
と気管切開について、「まず、アンビュバッ
グとマスクによる換気、気管内挿管を試み、
換気ができない場合で、時間に余裕がなけれ
ば、輪状甲状靱帯穿刺、輪状甲状靱帯切開で
気道を確保し、その後に気管切開を選択する
のが安全で確実な方法と考える。
上記の方法がうまくいかない場合や、手技に
熟達している場合には気管切開を行う。」と
する文献(甲B18p28)や「気管切開は、
確実に気道確保が行えるという長所がある
一方、ある程度の手術時間を要することは否
定できず、さらに頸部の伸展が制限される例
や、慢性甲状腺炎等により皮膚から気管まで
の長い例では操作にやや時間を要することもあ
り、気道閉塞のおそれのある例や窒息を生じて
いるような緊急時には不向きである。」「上気
道狭窄による呼吸困難、呼吸停止を生じた症例
においては、その後の循環動態の変動、脳合併
症などが予想されるため、可及的早期の気道確
保、呼吸管理が必要となる。上記したように、
気管切開ではある程度の手術時間を要すること
経皮的輪状甲状膜穿刺では十分な呼吸換気が困
難であることを考えると、このような症例に対
しては、経口・経鼻気管内挿管が困難である場
合には、輪状甲状膜切開が第一選択かと考える。」
とする文献がある。
一方、「緊急気道確保に気管切開を挙げるの
には若干の異論があるかもしれない。
緊急とはいってもある程度の時間的余裕があ
れば、患者の状態や術者の熟練度に依存はす
るものの、第一選択として可能な手技と考え
る。」とする文献もある。
結局、上記文献によれば、一般的には輪状甲
状靱帯穿刺及び輪状甲状靱帯切開の方が気管
切開よりも短時間に気道を確保することがで
きること、しかし、常に輪状甲状靱帯穿刺又
は輪状甲状靱帯切開を優先させるべきもので
あるとはいえず、術者が気管切開に熟練して
いる場合には、気管切開を選択することも許
される場合があるとするのが相当である。
上記認定のとおり、本件においては、Aの頸
部の腫脹は著しく、輪状甲状靱帯の位置を特
定することは容易でなかった反面、Aはなお
自力呼吸をしており、気管切開術の施行中に
呼吸困難な状態に陥ることが明らかな状況で
あったとまではいえなかったのであるから、
気管切開の経験が豊富なG医師が、緊急時に
備えてトラヘルパーを用意しつつ、確実に気
道確保を行える気管切開を選択したことが不
合理な判断であるとはいえないというべきで
ある。

したがって、争点①に関する原告らの主張は

理由がない。

原告の主張は

「Aの急性喉頭蓋炎は極めて重篤な状態であり、いつ窒息してもおかしくない状態であった。

このような切迫した呼吸困難に対して、被告病院担当医師は、気管切開術を行うに先立って、輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状靱帯切開を実施して、気道を確保する注意義務があった

というものでした

これに対し裁判所は

Aの頸部の腫脹は通常の喉頭蓋炎における腫脹と比較するとその程度は著しいものであったと認められる

としているが

Aはなお自力呼吸をしており、気管切開術の施行中に呼吸困難な状態に陥ることが明らかな状況であったとまではいえなかった

として、「いつ窒息してもおかしくない状態」とまではいえないと判断しています

また「気管切開の経験が豊富なG医師が、緊急時に備えてトラヘルパーを用意しつつ、確実に気道確保を行える気管切開を選択したことが不合理な判断であるとはいえない

から

気管切開術を行うに先立って、輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状靱帯切開を実施して、気道を確保する注意義務があった

とまではいえないと判断しています

「従って、争点①に関する原告らの主張は理由がない。」

と、原告の主張を退けています。