今回からは、民事訴訟の判決を解説してみます

なん救先生のエントリ↓にもある、急性喉頭蓋炎に関する訴訟です

http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/20071203

事件の概要

昭和49年生まれの女性A(29歳)が平成15年12月N日夕方にD総合病院を受診した

訴えは次のとおり

N日昼頃    のどの腫れで普通に声が出ない 体温上昇傾向

  夕方    悪寒戦慄あり、水も飲み込めない 1日中食事することができなかった

18時頃    D病院の救急外来受診

E医師が診察し、のどを診ようとしたが、口をあけることができず、自分で手を使って開けようとした

        E医師は制止した Aは、苦しいので座位で点滴

20時頃    耳鼻咽喉科のF医師がAを診察

        耳鼻咽喉科のG医師、H医師を呼び出し

20時40分頃 コンサルされた耳鼻咽喉科のG医師及びH医師が到着

        G医師らは気管切開が必要であると判断した。

そこで、G医師は、Aの母Cに対して、Aについて急性喉頭蓋炎という病気で窒息の危険があり、早急に気管切開をする必要があること等を説明し、気管切開術を行うことにつきCの承諾を得た。

21時10分頃 G医師の執刀(H医師・F医師が助手)で気管切開を開始した

21時18分頃 Aは、午後9時18分ころ、突然、窒息を来たし、意識消失、呼吸停止、血圧測定不能となった。

G医師は、輪状甲状靱帯の下の気管を切開し、挿管チューブを挿入し、アンビューバックで換気を開始した。

その後、自発呼吸が再開し、心電図も拍動を示した。

21時40分頃 午後9時40分ころ、Aの自発呼吸がしっかりしてきたので、アンビューバックによる補助呼吸が中止された。

その後、今後の気管カニューレ交換に備えて、通常の中気管切開を施行し、気管カニューレを挿入した。

22時20分頃 手術終了

        Aは、低酸素脳症によりベジタブルとなった

Aは、平成17年2月3日午後3時3分、多臓器不全で死亡した。

本件の争点
① 被告病院担当医師は、気管切開術を行うに先立って、輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状靱帯切開を実施して、気道を確保すべき注意義務があったか否か。
② 被告病院担当医師は、Aが呼吸停止となった際、トラヘルパーの施行を試みたか否か。
仮に、トラヘルパーの施行を試みたが呼吸が確保できなかった場合、その原因は、被告病院担当医師のトラヘルパーの施行方法に過失があったことによるものか否か。
③ 被告病院担当医師は、Aが呼吸停止となった後、輪状甲状靱帯切開を実施して、気道を確保すべき注意義務があったか否か。
④ 損害の有無及び金額

争点①に対する主張
 原告
Aは、遅くとも平成15年12月22日の朝から喉の変調を訴え、呼吸が困難な状態であった。
同月23日午後6時45分にE医師の診察を受けた時には、著しい呼吸困難を示し、起座呼吸となり、開口障害も存在した。
ファイバースコープ、CT画像による診察では、気道は著しい閉塞を示していた。
したがって、Aの急性喉頭蓋炎は極めて重篤な状態であり、いつ窒息してもおかしくない状態であった。
このような切迫した呼吸困難に対して、被告病院担当医師は、気管切開術を行うに先立って、輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状靱帯切開を実施して、気道を確保する注意義務があった
その理由は、以下のとおりである。
輪状甲状靱帯付近は、皮膚から気管までの距離が短く、血管も少なく、筋肉もほとんどない構造になっている。
輪状甲状靱帯部から下に向かうに従って、気管の位置が深くなり、皮膚組織と気管との間に筋肉群も存在するため操作がしにくく、大きな血管が近くにあり、出血の危険が大きくなる。
そして、気管切開は、皮膚切開の後に筋肉をより分け、さらに甲状腺を移動させて気管を切開して挿管するという手順を踏むため、輪状甲状靱帯穿刺、輪状甲状靱帯切開よりも時間を要する。
そのため、一般的には、緊急性が高く、時間に余裕がない場合には、輪状甲状靱帯穿刺、輪状甲状靱帯切開が選択される(甲B10号証1016頁には「挿管輪状甲状間膜穿刺や切開は気管切開に比べて手技が容易、迅速で特殊な器具を要しない。合併症が少ないなどの利点があり、緊急時の気道確保に有用である。しかし、一時的な処置であり、vitalが落ち着いたら通常の気管切開を行う。」との記載がある。また、甲B19号証470頁には「気管切開は、前述の方法と比較し確実に気道確保が行えるという長所がある一方、ある程度の手術時間を要することは否定できず、さらに頸部の伸展が制限される例や気道閉塞の恐れのある例や窒息を生じているような緊急時には不向きである。」との記載がある。)。
以上によれば、本件のようにいつ窒息が生じてもおかしくないほど緊急性が高い事例に対しては、原則として輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状靱帯切開が選択され、その後に気管切開術が施されるべきであった。
したがって、気管切開術に先立って輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状靱帯切開を実施しなかった被告病院担当医師には過失がある
 被告
F医師は、Aに対し、喉頭ファイバースコープ検査を行った結果、急性喉頭蓋炎で窒息の危険性があると判断し、その旨を説明した。
また、Aの前頸部の著しい腫脹があり、頸部膿瘍の可能性も考えられたので、至急頸部のCTを行うよう説明し、少しでも呼吸困難を緩和するため酸素マスクの装着を行った。
F医師は、開口障害があるので経口的気管内挿管が困難な上、前頸部腫脹が著しいため、トラヘルパーもかえって窒息の危険を助長する危険性が考えられ、気管切開が必要なのではないかと判断し、この処置にすぐれているG医師とH医師を至急呼び出すように病棟に指示をした。
F医師は、午後8時40分ころに到着したG医師、H医師に今までの経緯と検査結果や、気道がかなり狭く、頸部の腫脹があるのに併せて、開口障害と座位でしか居られないなどの状況であることを説明した。
G医師及びH医師も、病棟で緊急気管切開するしかこの緊急事態を打開する方法がないと判断し、Aに対し、気管切開術を行うことになった。
なお、気道確保の方法としては、開口ができず頸部伸展位がとれないうえ、頸部軟部組織が腫脹していたため、気管内挿管、輪状甲状靱帯穿刺及び輪状甲状靱帯切開はいずれも困難であり、半座位での気管切開術を選択したものである。
急性喉頭蓋炎の過去10年間の本邦報告例において、気道確保の方法として気管切開が74.4パーセントを占めており、気道確保法の主体であり、急性喉頭蓋炎の気道確保については一般に気管切開術が第一選択とされている。
また、輪状甲状靱帯切開は、適切な処置が行われない場合には、肉芽形成も含めて、後日、カニューレ抜去困難症などが発症する可能性が高くなる。
緊急性があるとはいっても、輪状甲状靱帯穿刺、輪状甲状靱帯切開は、喉頭にダメージを及ぼす処置であるため、極力避けるべきである。
したがって、G医師が、輪状甲状靱帯穿刺又は輪状甲状靱帯切開を行わないまま、気管切開術を選択したことが過失に該当するとはいえない
 続きます