医療過誤(ミス)という名の報道

 次の記事を読んでください。

あおもり協立病院:70代男性患者、麻酔薬投与後に重体

医療ミスの可能性 /青森 89111分配信 毎日新聞


青森保健生活協同組合が運営する「あおもり協立病院」(青森市東大野2、横田祐介院長)で7月中旬、不整脈で入院していた男性患者が、麻酔薬を投与された後に意識不明の重体になっていることが8日、明らかになった。

県は、医療ミスの可能性もあるとして、今月中をめどに病院を立ち入り調査する方針。

県医療薬務課によると、患者は市内に住む70代の男性。7月14日に病院から一報があり、同23日に文書で報告を受けた。同課は「病院が公表しない限り、詳細は言えない」としたうえで、「医療事故であることは確か。改善すべき点があれば指導する」としている。【後藤豪】


 下線部を比較して、正しい内容を理解する人は、医療者であっても少ないと思います。

 この記事を読めば、病院が「医療ミス」をしたのだ。県も認めている。

 こう考える人が大多数であると思います。

 しかし、県は「医療事故であることは確か」といっているのであり、「医療ミスの可能性もある」とは言っていません。

 

 ここで、「医療事故」と「医療過誤(医療ミス)」について述べてみます。

○ 医療事故と医療過誤

  厚生労働省が平成128月に作成した「リスクマネージメントマニュアル作成指針」において、医療事故と医療過誤を次のように定義しています。

1 医療事故

   医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む。なお、医療従事者の過誤、過失の有無を問わない。

ア 死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合。

イ 患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合。

ウ 患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合。

2 医療過誤

 医療事故の一類型であって、医療従事者が、医療の遂行において、医療的準則に違反して患者に被害を発生させた行為。

これによれば、病状の悪化ですら医療事故であると規定されています。従ってエンドステージの患者が死亡したら医療事故である。このことを記者は承知しているのでしょうか。

記事を読む限り、県は「医療事故であることは確か」と言っていますが、これを「医療ミスの可能性もあるとして」と報道しています。

「病院が公表しない限り、詳細は言えない。」と言っているのですから、医療ミスの可能性があるとは言っていないと思われます。

 記者は、医療事故=医療過誤=医療ミスの可能性もある と考えた結果、このような、憶測で記事にしているのではないでしょうか。


 医師は、常に最善の治療を心がけて仕事をしていますが、医療事故は、避けることができないものです。


 次の記事を読んでください。


尼崎医療生協病院、医療過誤で女性死亡

朝日新聞2009.1.8 01:50

 兵庫県尼崎市の尼崎医療生協病院で昨年12月、肝硬変で入院していた同市内の女性患者=当時(35)=が、腹水を抜く際に誤って針で血管を傷つけられたことが原因で亡くなっていたことが7日、分かった。病院側は「血管を刺したことで出血が止まらず亡くなった」とミスを認め、遺族に謝罪した。

 同病院によると、女性は昨年11月27日に入院。12月4日午前10時ごろ、主治医が立ち会い、男性研修医が腹部にたまった水を抜き出すため、針(直径約1・2ミリ)を左下腹部に刺した。1度目では水が出ず、2度針を刺したという。

 女性は同日夜から針を刺された下腹部が皮下出血で赤くなり、出血が止まらなくなるなど容体が急変。6日から病院側は輸血を開始したが、16日に女性は亡くなった。死因は出血性ショック死だった。

 病院側は「1度目に針を刺したときは出血は確認できなかった」としているが、この際に血管を傷つけた可能性が考えられるという。

 島田真院長は「主治医も立ち会っており、態勢に問題はなかったが、肝臓が悪いため出血しやすい状態だったなど危険性をしっかりと説明するべきだった。このようなことが2度とないよう取り組みたい」としている。

 女性の母親(62)は病院側の謝罪にも「家に戻ってきた娘の背中は赤紫色だった。どんなに苦しかったのだろう。もっと生きたかったはず。あの病院にさえ行かなければ」と怒りを抑えきれない様子で話している。



研修医、治療中に血管傷つけ患者死亡 兵庫・尼崎

産経 2009181155

 兵庫県尼崎市の尼崎医療生協病院は、20代の男性研修医が入院中の女性患者(当時35)の腹水を抜く際に針で血管を傷つけ、患者を死亡させたと8日発表した。同病院は「結果的に力が及ばずに極めて残念」とコメントし、遺族にも謝罪したという。

 同病院によると、患者は昨年11月27日に重度の肝硬変で入院。12月4日に主治医が立ち会って、腹部にたまった水を抜くために医療用針(外径1.7ミリ、長さ55ミリ)を腹部に刺した。1度目では水が抜けず、2度刺したという。ところがその日夜に腹部の皮下出血が確認された。その後、貧血が進み、6日から輸血したが、16日に出血性ショックで亡くなった。

 島田真院長は「腹水を抜く方法、態勢に問題はなかった。肝硬変の症状が悪化しており、出血後、患者の体に負担をかけないよう外科的処置は見合わせたが、対応が正しかったかどうか今後検証したい」と話している。


腹水抜く出術で患者死亡 尼崎医療生協病院 神戸新聞

 尼崎市の尼崎医療生協病院で昨年十二月、肝硬変で入院していた同市内の女性(35)が、腹腔内にたまった水を抜く手術による出血が原因で死亡していたことが八日、分かった。「家族への説明が不足していた」として女性の家族に謝罪したという。

 同病院によると、女性は重度のアルコール性肝硬変で昨年十一月二十七日に入院。その後発熱し、腹腔内に水がたまっていることが確認されたため、細菌感染の疑いがあるとして十二月四日、水を検査するため腹腔内に針を刺す手術を実施した。

 手術は主治医が指導し、二十代の男性研修医が実施。直径一・七ミリの針を左下腹部に刺したが水が抜けず、もう一度刺したという。同日夜に皮下出血していることが分かり、容体が急変。肝硬変のため外科的処置が行えないと判断し、輸血したが、十六日夜、女性は死亡。死因は出血性ショック死だった。

 島田真院長は「この手術に出血はあり得るが、肝硬変で出血が止まりにくく、結果的に病状が悪化し、死期を早めてしまった。現時点で医療過誤とは判断していない」と説明。今後、外部の医療機関などに検証を依頼する。


1月9日付けMBSニュース抜粋

1度目は失敗し、2度目でおよそ1.5リットルの水を抜きましたが、その後女性が腹痛を訴え、皮下出血を起こしていたことがわかりました


報道だけで判断するのは危険ですが、色々疑問がある医療事故です。

疑問1 出血性ショックで死亡するまで12日間あったことや、外科的処置(開腹止血術?)は見合わせたといっていることから、腹腔内出血であると思われる。ゼクをしていないので、出血部位は特定できていないだろうが、輸血をしていたのだし、急激な出血ではなかっただろうから、出血性ショックが直接の死因なのか。(Hb等知りたい。)

    非代謝性肝硬変⇒突発性細菌性腹膜炎⇒DIC⇒MOFではなかったか。

疑問2 35歳女性で重度のアルコール性肝硬変であったことから、患者の生活背景が想像できるが、まず低栄養状態にあっただろうし、門脈圧亢進、低アルブミン血症、食道静脈瘤、血小板減少、貧血などもあったのではないか。

    耳血や生化の結果を知りたいものである。

    この状態のままで、余命いくばくであったか。

    11月27日に入院ということであったが、それまでの治療はどうしていたのだろうか。HCV・HCCは否定してあったのか。

疑問3 検査のため腹水穿刺をするなら、もっと細いゲージで30mlもあればよいはずで、おそらく呼吸困難の解消などのために1.5ℓを抜いたのであろう。しかし、門脈圧亢進のため、静脈は怒張しているだろうし、血小板減少のため止血は困難であることは予測できる。

    重症のアルコール性肝硬変で腹水穿刺をしても2~3日で腹水は、もとの状態になるのであるから。

疑問4 「家に戻ってきた娘の背中は赤紫色だった。」のは、皮下出血ではない。死亡から死後の処置、搬送までは仰臥していたために発生した死斑である。

これを報道する必要があるのか、また、このことを医師から取材したのか。死斑であることがわかっていて報道したならば、ことさらミスを強調(ミスであることを印象付け)したいがための意図的な報道である。

病院は、現時点で医療過誤とは判断していないのにもかかわらず、医療過誤で女性死亡・・・・なんだかなぁ

疑問5 遺族は、なぜ警察に通報しなかったのか。

なぜ行政解剖を依頼しなかったのか。今後損害賠償請求訴訟を提起するにしても、解剖して原因を明らかにする必要があったのではないか。

疑問6 病院は、病状、検査結果、容態を、時系列で説明することはできないのだろうか。

    これは、病死であるといえるのなら、速やかに公表するべきであり、外部の医療機関などに検証を依頼する必要はない。

    あいまいな態度が、何か隠避していると勘繰られるのである.