もう20数年前の話。

僕は、標高1300メートル近く、

山の中にあった「元寺場」という

中世の遺跡を発掘調査していた。

 

遺跡とはいえ、現地は森の中。

登るための道もなく、けもの道や

水が流れた後の道を切り開いた。

それだけで数日かかった。

当然、現場の遺跡も森の中。

先ずは木を伐採しなければならない。

 

しかし、この場所は国有林で、

国の管理下にあった。

国の出先となる森林管理署という機関が、

松本地区の山を管理していたのだが、

とにかく、管理が厳しい、と評判であった。

 

聞いた話によると、

「木を1本切っただけでもいけない。」

「それどころか枝を落とすことさえ、

その都度、相談しなければならない。」

等など。

事前に打ち合わせにいくと、

やはり基本的には

「木などの資源には、一切ふれない」

と言われ、辟易とした。

もちろん、そんなこと無理なのだが・・・

 

かくして発掘調査が始まり、

うっそうとした森と化した現場を切り開く。

木を切らないとどうにもならない。

「どうする?山本くん。」

一応、責任者であった僕に、皆が尋ねる

ちなみに現場の作業員は、

町の文化財関係者(委員会の方とか年長の方)、

連日、町役場各課からのお助け職員、

地元、信州大学の学生アルバイトら。

 

少し悩んだものの、

思い切りの良さ(いい加減さ)だけが

売りだった僕は、

「邪魔になる木は、全部、切りましょう!」

さて、その言葉に、

文化財を愛する年長者の方は、

「全部、切りましょう!」

としか聴こえなかったのか、切る切る。

もうチェーンソーで切りまくる。

「そうだった。この人たちもクレイジーだった。」

僕がそうつぶやく向こうで、

彼らは木だけに、嬉々として木を切っていた。

 

そして、数日の作業で、陽の光が入るようになり、

風通しも良くなった。

まるでアフロヘア―の人が、

丸刈りになったようなもの。

もともとあった建物跡の礎石もきれいに見えて、

やる気もアップ、良い写真も撮れた。

まあなんだかんだ良かった、というか、

仕方ないよな、と思っていた矢先・・・

 

ある日、

森林管理署の担当官が、

何の前触れもなく、ふらりとやってきた。

上への報告のため、

現場の確認にやってきたのだ。

僕だけではなく、焦る現場一同。

その刹那、

「まちゃ、ここは俺に任せろ」

と、町の考古のベテラン、

昔から付き合いのあるОさんが僕を制した。

「俺がうまくごまかしてやる。」

自信満々のOさんの目が鋭く光った。

 

Оさんとは、子どもの頃からの付き合い。

Oさんの娘さんとは、

小学校のクラスメイトであり、中学も一緒。

僕が町役場に就職から、

特に異動で文化財の仕事をすることになってからは、

Oさんはずっと助けてくれた。

このとき、僕は異動して2年目。

文化財の素人であったし、29歳の若造だった。

加えて、Oさんにとっても、

念願だった事業であったのだ。

ここで止めるわけにはいかない。

 

担当官の方、

何度か会ったこともある50代のベテランである。

表情や物言いから分かる通り、

実直で真面目なタイプ。

とてもじゃないが、

笑ってすましてくれるような雰囲気は無い。

「ああ、どうもどうも~。」

にこにこと近寄る僕。

まずはスマイルである。スマイルは0円である。

 

「かなり伐採しましたね。」

ろくに挨拶も返さず、担当官が言う。

明らかに不機嫌な物言いだ。

すかさずOさんが、実に穏やかな口調で返す。

「いやね、伐採はしましたが、

生木(生きている木)は一切、切っていません。」

なるほど!良い言い訳である。

枯れたような木しか切っていない、ということだ。

 

「森林管理署も管理が大変だと思うんですよ。

枯れたような木は、早く切らないといけないでしょう。

風を通さないと、荒れるだけですよね。」

穏やかに、さとすように、

畳みかけるように話すОさん。

もう神の域である。

「うーん。」

険しい表情で、納得できない、

といった感じの担当官であったが、

ここで、気をきかした作業員の一人が、

「どうですか、お茶でも。」

こちらも神の如き、おばちゃんの一言。

 

「うーん」と首を傾げながらも、

管理官の表情が少し和らぐ。

「よし!」

心の中で、ガッツポーズの僕。

秋の日、山々の景色を一望しながら、

コーヒーとお菓子で一服。

さらに、畳みかけようと、

Оさんがこの遺跡の素晴らしさを語り始める。

見る見る、穏やかな表情になる担当官。

まあ、この方はもともと理解のある良い方であった。

事務方と現場では、圧倒的に現場の人間は理解がある。

 

もう天下を取った如く、

流ちょうに朗らかに話すOさん。

で、ふと見ると、

Oさんが腰かけているのは、

切ったばかりの生木なのであった・・・。

 

若い頃は、ずいぶんと冒険をさせてもらった。

壮大でも無ければ、

魔法を使うようなものでもなく、

小さな現実社会での

小さな小さな冒険であったけれど、

ちょっぴりファンタジックだったよ。