年頭にあたって 2022年1月1日
年頭にあたって「明けましておめでとう」と言いたいところであるが「明けまして・・」はコロナが明けた時の言葉にしようと思う。
朝から、家人お手製の正月料理に舌鼓をうちながら、お神酒とワインを頂いている。
早々から、色々な人から年賀の挨拶が届くが返事をしないままである。せめて孫たち3人が来宅して一日くつろいで賑やかであることは有り難いことであった。末孫が主張した猫の名前は、結局「秋月ナノ」と決めたが呼び名は「ナー」とした。孫自身は最後まで「ナノ」と呼ぶとして頑張っている。東京からも孫夫婦の写真が送られてきたが、我が周辺の家族は「キッチンカー」での販売で忙しいらしく、寄りつかなかった。毎年撮っている正月用の家族写真ぐらいはせめて取りたい気持ちである。
さて、今日から2022年(一回目)のエッセイのスタートであるが5月には80歳の誕生日を迎え「八十路の扉を開けるまで」が終結を迎える。外出など動きが少ない中どんな内容のエッセイが書けるのか期待薄でもある。しかし、先日書いたように、次は「八十路の扉を開けてから(仮題)」を続編として続けたい気持ちに変わりはない。今年もよろしくご愛読のほどをお願いします。
Today is the firstday of the rest of my life.
「住吉神社」にて 2022年1月2日
50年前、私たちが新鮮な結婚式を挙げた住吉神社境内で、こともあろうか、娘二人が「お汁粉屋」のキッチンカーを出している。昨日は200杯近く売れたと言って「ホクホク顔」である。二人の娘の夫も応援に駆け付けている。境内の様子も以前と変わっているが、なぜか私たちの歴史に傷をつけられた気がしてならない。境内のわき道に出店しているが、本通りでは「梅ケ谷餅」など福岡の名物など老舗の屋台が並んでいる。
正月の為、大勢の客が本堂を賑わしている。孫娘の進学を祈って、私もお参りしようとしたが、正月の為、50メートルもの参拝者が並んでいる。たどり着くには時間を要し、順を待つのが嫌で早々に引き返した。
「お汁粉屋」は明日も出店するという。きっと商売とは楽しいものだろう。サラリーマンを辞め、自分の道に進もうとしているように見える。彼女らの夫の顔も生き生きと輝いていた。昨年とは全く様変わりしたお正月になった。
しかし、我が家では、せっかく用意した、家人の正月料理も二人だけで頂くことになった。
あ~、刺身が悪くなる!仕方ない、朝の内からお神酒と共に頂くとするか。
時代の節目 2022年1月3日
久し振りに博多駅周辺を歩き、時代の節目を感じた。カップルは寄り添っているが話を交わすことなく、お互いスマホがカップルより仲良しなのだ「スマホが一番であなたは二番」。
人は、誰からだって人から尊敬されたいものだと思ってきたし、それなりの努力もしてきたはずである。小さい子供だって仲間にリスペクトされたいし、認められたいと思っているはずだ。ところが今ではスマホが親代わりであり、友達であり、それ以上でもある。
ポストコロナが来るかどうかは別にして、科学技術の進歩により、確実に時代は大きな転換期を迎えている。AIに使われる人間、更に温暖化によりこの地球さえもどうなるか分からない時代に来ているのだ。私たち高齢者の時代ももう直ぐ終わりが来るだろう。しかし、その後、次々に新しい高齢者が誕生する。結果として、人間は段々と少なくなり、最後は人間が消えてしまうかもしれない。
2022年の初頭にあたり、こんなことが頭の中を駆け巡っている。私も断末期を迎えたのだろう。
皆さん!こんな意見に惑わされることなく、楽しい一年をお送りください。