黄昏時を迎えたオリンピック 2021年8月5日
終盤を迎えた東京オリンピック。
大会の進行と歩調を合わせるように、コロナ感染は急拡大している。
日本選手のメダルラッシュが続いているとマスコミは連日大騒ぎしている。
「だから何だ」と言いたい。「日本が勝った」と大声を出すのではなく「個人やチームが勝った」のだと褒めるべきである。メディアとしても日本のメダル数を吹聴するのではなく、コロナ感染終息に力を注ぐべきである。
前回のオリンピックでは、新幹線や高速道路が整備され、色々な施設も拡充された。そして、それがレガシー(遺産)と称され、日本人の心に印象付けられた。全て経済至上主義が成した業である。人間が成した物的資産は、やがては消えゆく存在である。
「高度成長時代の輝きをもう一度」の発想はもう古すぎる。特に、年配者の方々は、その夢を忘れないでいる人も多いと思う。世間の皆さんも、深く考えずに、再度の夢を見ているのかもしれない。果たして、「柳の下に、ドジョウはまだいるのだろうか?もうドジョウは絶滅危惧種である」のを知る時期に来ている。今回の大会に対する私の「レガシー感」については「物ではなく、精神的なこと」であると先日書いたばかりである。
平和記念式典 2021年8月6日
広島に原子爆弾が投下されてから、今日で76年の歳月が流れた。この1年間で4800人の被爆者が亡くなられたそうである。被爆体験者も段々と少なくなっている。
広島市長が平和宣言の中で印象に残っている言葉がある。「コロナウイルスが蔓延する中、世界各国は、それを早期に終息させる方向で一致し、その対策に当たっている。核兵器禁止条約も、同様に全世界が一致すれば、世界平和につながっていくはずだ。日本も核兵器禁止条約の批准国となるよう一刻も早く・・」訴えられた。
菅首相の言葉も添付しなければ、一方的な意見になってしまう。「核兵器のない核軍縮の進め方を巡っては、各国の立場に隔たりがあります。・・・」と主張したのはいいが「核兵器のない世界の実現に向けて努力を続けていく」との文言を読み飛ばした。式典を生放送していたNHKは彼の挨拶に合わせ字幕を表示していたが、一時表示できなかった。放送を見ていた私も「あれ!と思った」。
その他、彼の基本姿勢や「真剣でない証拠」等々の批判が相次いでいる。また、「うつろなまなざしとスッカラカンの内容が心に響かない」などの痛烈な批評なども書かれている。
ここで、なぜ日本が核兵器禁止条約を批准しないのか、解説しておきたい。その大きな理由として「中国や北朝鮮などが核兵器を保有している中で、この条約に参加してしまえば、米国の『核の傘』から抜ける必要があり、日本が核の脅威にさらされる。国際社会が、安全保障上のバランスを崩すことなり、逆に不安定な状況を作り出すことになる」との専門家の意見があることも付け加えることとする。
しかし、公共放送であるNHKも、今年に限って、戦争に関する報道は、この実況放送のみであり、その後はオリンピック一色である。何かおかしくはないか。書きたいことは山ほどあるが、書けば長くなるのでこの辺で。
オリンピック種目 2021年8月7日
東京オリンピックも明日閉会式を迎えることとなるが、トータルで見ると競技種目が多くなったように感じている。また、私にとって名前も聞いたことのない日本選手がメダルを受賞し、メダルラッシュの一因をなしていると思っている。
今夕、野球の決勝戦「日本対アメリカ」が行われる。恥ずかしながら、前回同様、最終回当たりでは、私も、映像を覗くことになるだろう。
一つだけ書きたいことがある。アメリカは「五輪にメジャーリーグの選手は出席させない」そうだ。現にメジャーはその期間中も試合を続けている。日本はどうか。「プロ野球選手ばかりで試合を行い、必死で金メダルを狙っている。その間、プロ野球は中止だ」まるで、メダルが欲しくて試合に臨んでいると言ったら、言い過ぎだろうか。
メダルの数で一喜一憂するメディアに対し「それが何だ!それがどうした!」。そんなことにうつつを抜かす人達がいるとすれば、私の好みに反する。
嘗て、五輪はアマチュアの競技だと思っていた。世界で多くの国が参加している競技以外は種目に入っていなかったと思う。例えば、ソフトボール、野球、ゴルフなど毎回実施されるとは限らない。プロが参加するようになって五輪は肥大化し、施設、セレモニーも国力を自慢する場と化した。その結果、富裕国である大国だけが開催国になってしまった気がしてならない。