犠牲的な精神 2017年1月10日
「利便性追って人類滅亡する」
「犠牲的精神という言葉が消えた」agape:自己犠牲的、非打算的な愛
二人の朝の会話 2018年1月10日
今日は「はれのひ?」成人式での晴れ着の貸し衣裳詐欺問題でメディアが賑わっている。
最近、朝食時間に会話が少なくなっているのは、私は新聞を読みながら、家人はスマホを見ながら、その時間を費やしているのが原因の一つではなかろうかと思うのである。どちらも、最新の情報を得るためには便利なツールであり、お互い話題作りの情報が得られているのも確かである。情報を得るのに上も下もなかろうと思うが、私にしてみれば、新聞の方になんとなく優位性を感じてしまう。その理由は定かではないが、新聞は「自分の知りたい情報を自分で見つけることが出来る」のに対し、スマホは「与えられた情報の中から自分が見つけられる」うん? 違いが無いではないか!驚きである。「冬の朝、テレビばかり見なさんな」と、上からの目線で見ている自分がいる。
嘗ては「新聞やテレビを見ながら食事をしてはいけない」とか、子供達には「携帯を弄りながらの食事はダメ!」と主張していた二人である。今後はどの様な展開になっていくのだろう。科学技術の発達は楽しみよりも不安が先立つのである。
すみれの花咲く頃 2019年1月10日
スミレの花の咲く頃
最年少10歳プロ棋士、菫さんにエールを送ります。可愛い、実に可愛い。私にも同じ年頃の孫がいるが、「爺の欲目」か、顔も仕草さも似ている気がするし、何とも言えず可愛いくてたまらないのである。名前の「菫」という音感も漢字も素敵である。両親と共に、小さい頃から、囲碁の世界に足を踏み入れたという「スミレさん」の今後の旅は、どのように進んでいくのだろう。
メディアは大衆の感情を操作する魔物の装置である。願わくば、マスコミの餌食になることなく、これからも、囲碁の世界に精進して欲しいものである。高齢の私が、彼女の成長を確認できるかどうか別にして、いつの日か、囲碁の世界で輝くことを願ってやまない。「孫たちよ!スミレさんに続け!」