真額洋裁堂で暮らし始めて1週間。ここでの生活にも少しずつ慣れ始めた感じ。わたしに与えられた部屋は、元々物置として使われていた4畳ほどの小さな部屋だった。だけど、ミシンが置けるだけの小さな机と、布団が敷けるだけのスペースがあれば今のわたしにはじゅうぶん。元々ぜいたくを言える立場じゃないんだ。
詩織さんのことも、だんだんわかってきた。初対面の時の凛としたイメージは最初の朝から簡単に崩れ去った。
詩織さんは、朝が弱い。午前10時頃になってやっとのそのそと部屋から出てくる。それまでに私は1階のお店の中と外の掃除、洗濯、朝食の支度をしておく。
1階の奥にあるこじんまりとしたダイニングキッチンで朝食(詩織さんは朝からご飯を食べたい和食派だった)後、彼女は再び部屋に戻る。お昼前、お化粧と着替えを済ませて姿を現すと、もうまるで別人。真額洋裁堂の女店主としての立ち振る舞いは、午前中からは想像つかないほどキリっとしている。
「ヒトエちゃんのおかげで、開店準備が楽になって助かるわ」
一緒にお昼を食べながら、詩織さんはわたしに言った。わたしが来るまでは、掃除などもぜんぶ自分でやっていたのだろう。2時間ほど前に遅い朝食をたべたばかりなのに、スラリとした見事なプロポーションなのに、彼女はずいぶんしっかりお昼も食べる。
私が漬けたキュウリの浅漬けは気に入ってくれたみたい。でも初対面の時みたいな服装でお漬物をポリポリ食べているその姿は、なんというか、とても…可愛い、と思ってしまった。
開店はだいたい午後1時。しばらくは専業主婦、それも生活にゆとりのありそうな女性の来店がちらほら。固定客もついているみたいで、この1週間で何度も見かけるお客さんもいる。オーダーメイドの採寸に来たり、単なる世間話をしに来たり、詩織さんはそんなお客さんを大切にしてるのだろう。ただの世間話にもにこやかに応じている。
夕方になると、近所にある大学や高校の女子学生など、若いお客さんも姿を見せるようになる。彼女たちにとっては、「美人店主のいるちょっとお洒落なお店」、ということになっているみたい。扱っている商品も、オーダーメイドでない「吊るし」の中には彼女たちでも手が出る範囲のものもある。
安いものも含め、お店で扱っている服は、ぜんぶ詩織さんひとりの手作りだというからすごい。デザインや生地の柄はけっして流行に乗っているというわけでもなく、地味なものが多いのに、手作りの、丁寧な仕事が評判になっているんじゃないかと思う。
お客さんの状況にもよるけど、閉店は午後6時ぐらい。
「最近だけどね、たまにいるのよね…万引き」
閉店後片付けを手伝っているとき、詩織さんはつぶやくように言った。
「もしかして、最初に会ったとき、わたし、疑われてました?」
「あのときは、またちょっと…ん、まあ、そんなところよね。ごめんなさいね」
「い、いえ、気にしてませんから!」
考えてみれば、あのときのわたしは緊張からずいぶん挙動不審だったんじゃないかなと思う。大きなバッグも持っていたし。
「吊るしは儲けるためにやってるってわけじゃないんだけど、それでも持っていかれちゃうと困るわね」
「もっと高くても売れるんじゃないかと思いますよ。とっても素敵ですもの」
「ありがとう。でもね、誰が着るかわからない服に、必要以上のお金を貰うわけにはいかないの」
わたしは、その時、その言葉の意味を深く考えることはなかった。
片付けが終わった後は、店の奥にある作業室に仕事場が移る。壁に並んだ棚にはいろんな種類、色、柄の生地がたくさん置かれている。わたしの卒業した専門学校より種類が揃ってるかも。
注文の入っている一品ものの製作、仕立て直し、修繕など。余裕があるときは吊るし用に一般的なサイズでブラウスやスカートも手がける。
夕食は質素なもので、詩織さんが用意するんだけど、これがまた美味しい。ただ、毎晩ついてくる納豆はちょっと苦手。
「健康にもいいのよ」
「残しちゃだめよ」
そう言われて我慢して食べる。いまに慣れて普通に食べられるようになるのかな。
食後は後片付けをしている間にお風呂を沸かし、詩織さんに先に入ってもらってから、わたしも使わせてもらう。
寝るまでの間、キッチンでお茶を飲みながらふたりでいろいろなお話をした。
わたし自身がこれまで勉強してきたこと、地元の友達のこと、両親やおばあちゃんのこと。
詩織さんは穏やかに笑いながら、わたしの話をしっかり聞いてくれて、なんだかすごく安心できた。その一方で彼女はあまり自分のことを話さず、そのかわりこの町や商店街のこと、よく来るお客さんの話をしてくれた。
真額洋裁堂の歴史はずいぶん長そうだけど、詩織さんはいつから店主になったのかな。普通に考えれば苗字からしても先代の後を継いだ、とかなんだろうけど、家族とかもいないみたいだし、謎の美女、って感じだ。そもそも年齢だってわからない。
それでも、わたしは詩織さんのことがどんどん好きになっていって、このお店で働けることになって良かったな、と思っていた。
2階に上がって狭い部屋に布団を敷いて、翌朝の献立を考えながら、わたしは眠りにつく。
(つづくのかな?)
詩織さんのことも、だんだんわかってきた。初対面の時の凛としたイメージは最初の朝から簡単に崩れ去った。
詩織さんは、朝が弱い。午前10時頃になってやっとのそのそと部屋から出てくる。それまでに私は1階のお店の中と外の掃除、洗濯、朝食の支度をしておく。
1階の奥にあるこじんまりとしたダイニングキッチンで朝食(詩織さんは朝からご飯を食べたい和食派だった)後、彼女は再び部屋に戻る。お昼前、お化粧と着替えを済ませて姿を現すと、もうまるで別人。真額洋裁堂の女店主としての立ち振る舞いは、午前中からは想像つかないほどキリっとしている。
「ヒトエちゃんのおかげで、開店準備が楽になって助かるわ」
一緒にお昼を食べながら、詩織さんはわたしに言った。わたしが来るまでは、掃除などもぜんぶ自分でやっていたのだろう。2時間ほど前に遅い朝食をたべたばかりなのに、スラリとした見事なプロポーションなのに、彼女はずいぶんしっかりお昼も食べる。
私が漬けたキュウリの浅漬けは気に入ってくれたみたい。でも初対面の時みたいな服装でお漬物をポリポリ食べているその姿は、なんというか、とても…可愛い、と思ってしまった。
開店はだいたい午後1時。しばらくは専業主婦、それも生活にゆとりのありそうな女性の来店がちらほら。固定客もついているみたいで、この1週間で何度も見かけるお客さんもいる。オーダーメイドの採寸に来たり、単なる世間話をしに来たり、詩織さんはそんなお客さんを大切にしてるのだろう。ただの世間話にもにこやかに応じている。
夕方になると、近所にある大学や高校の女子学生など、若いお客さんも姿を見せるようになる。彼女たちにとっては、「美人店主のいるちょっとお洒落なお店」、ということになっているみたい。扱っている商品も、オーダーメイドでない「吊るし」の中には彼女たちでも手が出る範囲のものもある。
安いものも含め、お店で扱っている服は、ぜんぶ詩織さんひとりの手作りだというからすごい。デザインや生地の柄はけっして流行に乗っているというわけでもなく、地味なものが多いのに、手作りの、丁寧な仕事が評判になっているんじゃないかと思う。
お客さんの状況にもよるけど、閉店は午後6時ぐらい。
「最近だけどね、たまにいるのよね…万引き」
閉店後片付けを手伝っているとき、詩織さんはつぶやくように言った。
「もしかして、最初に会ったとき、わたし、疑われてました?」
「あのときは、またちょっと…ん、まあ、そんなところよね。ごめんなさいね」
「い、いえ、気にしてませんから!」
考えてみれば、あのときのわたしは緊張からずいぶん挙動不審だったんじゃないかなと思う。大きなバッグも持っていたし。
「吊るしは儲けるためにやってるってわけじゃないんだけど、それでも持っていかれちゃうと困るわね」
「もっと高くても売れるんじゃないかと思いますよ。とっても素敵ですもの」
「ありがとう。でもね、誰が着るかわからない服に、必要以上のお金を貰うわけにはいかないの」
わたしは、その時、その言葉の意味を深く考えることはなかった。
片付けが終わった後は、店の奥にある作業室に仕事場が移る。壁に並んだ棚にはいろんな種類、色、柄の生地がたくさん置かれている。わたしの卒業した専門学校より種類が揃ってるかも。
注文の入っている一品ものの製作、仕立て直し、修繕など。余裕があるときは吊るし用に一般的なサイズでブラウスやスカートも手がける。
夕食は質素なもので、詩織さんが用意するんだけど、これがまた美味しい。ただ、毎晩ついてくる納豆はちょっと苦手。
「健康にもいいのよ」
「残しちゃだめよ」
そう言われて我慢して食べる。いまに慣れて普通に食べられるようになるのかな。
食後は後片付けをしている間にお風呂を沸かし、詩織さんに先に入ってもらってから、わたしも使わせてもらう。
寝るまでの間、キッチンでお茶を飲みながらふたりでいろいろなお話をした。
わたし自身がこれまで勉強してきたこと、地元の友達のこと、両親やおばあちゃんのこと。
詩織さんは穏やかに笑いながら、わたしの話をしっかり聞いてくれて、なんだかすごく安心できた。その一方で彼女はあまり自分のことを話さず、そのかわりこの町や商店街のこと、よく来るお客さんの話をしてくれた。
真額洋裁堂の歴史はずいぶん長そうだけど、詩織さんはいつから店主になったのかな。普通に考えれば苗字からしても先代の後を継いだ、とかなんだろうけど、家族とかもいないみたいだし、謎の美女、って感じだ。そもそも年齢だってわからない。
それでも、わたしは詩織さんのことがどんどん好きになっていって、このお店で働けることになって良かったな、と思っていた。
2階に上がって狭い部屋に布団を敷いて、翌朝の献立を考えながら、わたしは眠りにつく。
(つづくのかな?)