親愛なる弟ナスへ

僕らは、5歳になるまで一緒に育てられた。一緒に遊んでいたときの記憶は、僕には少しだけあるし、これからの僕にとってその記憶は大きな心のより所になるだろう。少々退屈な所に行かなくちゃならないんでね。

順を追って話をしようか。それぐらいの時間は残されているし、僕にはそれを君に伝える義務があるだろう。こうして手紙を書いているけれども、これが君に届く頃には、クラという生徒は宵月学院には『存在しない』ことになっているはずだ。

まず、僕らには、小さい頃から不思議な力があったようだ。僕は自分の『意識』の一部を体から切り離すことができた。そしてナス、君はそれを様々な生き物に自由に打ち込むことができた。僕ら二人は、そうやって無意識のうちに動物を従えたり、花が咲くのを早めたりなんてことをして遊んでいたんだ。
本家の大人たちが、僕らの能力を調べ始め、長時間使わないでいたほうがお互いの力が強まることがわかった。こうして二人は引き離され、別々に育てられることになったわけだけれど、ひょとしたらこの力を人間相手に使うようになることを大人たちが恐れたためなんじゃないか、という気もする。

大人たちは、最終的に僕らの力を利用する気でいたんだ。
一部の人間しか知らないことだけれども、あちこちに存在する世界樹、これは実は世界中に相互接続された生体コンピュータユニットなんだ。今の人類に作ることは到底無理だと思われる代物であり、宇宙人が設置したという説もある。しかし、生体である以上、僕の意識でコントロールできる可能性があって、うまくやれば世界中に思う通りの様々な影響を引き起こせるかもしれないってわけさ。
しかし最近になって知ってのとおり世界樹を中心として時空の歪みが発生し、人や物が消えたり、『概念』自体が消失したりする事件が起こるようになった。多くの世界樹の近くには学校が設置されていたから影響も大きく、先生や『授業』の概念が消えた。これがEVP、無限放学現象というわけだ。

直接的な原因は世界樹というコンピュータの暴走だけれど、さらにそれを招いた原因となるとどうもはっきりとはしていない。それでも僕らの力を使えば暴走を押さえ込んでEVPを治めることもできるはず、というのが彼らの考えだ。

世の中の平和のためにEVPを止めるというのなら僕も協力したいところだけど、その先本家の大人たちの私利私欲のために世界樹をコントロールし続けなければならないのは御免だ。EVPが治まったら二人で逃げて、ただの兄弟に戻ろう、僕はそう考えて、君の消息を調べ、彼らより先にコンタクトを取ろうとしたんだ。

まあ、結果から言うと僕は君と別れた直後に捕まって本家へ連れ戻された。僕の反逆計画はとっくの昔からバレていて、泳がされていたってわけだ。そこで僕は、以前から考えていた別のアイデアを本家の大人たちに説明し、交渉することにした。

僕が切り離した意識は、君の能力なしにはコントロールしたい対象に打ち込むことができず、あっという間に消え去ってしまう。しかし、『僕自身』を楔として物理的に対象に打ち込んでいればどうか、ってことだ。僕がどこかの世界樹の幹に埋没され、半ば融合した状態になれば、切り離した意識を各地に繋がった他の世界樹に伝播させて一括でコントロールできるはず、僕は彼らにそう説明した。
僕が彼らに協力する代わりに、弟である君をこの件に巻き込まない、という条件も飲んでもらった。監視はつくかもしれないけれど、本家の人間が君に手を出すことはないはずだ。

僕はもう少ししたら体を清め、宵月学院裏の世界樹の幹に体ごと打ち込まれることになるだろう。僕の体が世界樹と融合し、コントロールができるようになるまでにどのぐらいの時間がかかるかはわからないが、EVPもじきに止められるようになるだろう。


さて、突然現れて混乱させておいてムシのいい話かも知れないが、君に兄がいたということをたまには思い出してくれ。そして、僕ができない分、君だけでも穏やかな日常を取り戻し、学生生活を思い切り楽しみ、卒業してほしい。

僕は死ぬわけじゃない。文字通り世界の一部になるだけ。


だからさよならじゃない。またどこかで会えるかもね。


        マニュファテューレ・クラバッタ(君の兄、クラ)より