乳がんと告知された時のことを
30代半ばを過ぎてから、年相応に体重が増えてきました。
何だか右脇がポヨっとしている?と思った時もありましたが、その時は仕事も忙しく、
右利きだから左右差あるのかな、と放っていました。
その後、体重が増えたせいか、バストも1カップ程大きくなっていました。主に右が。
2023年8月に、右胸に柔らかいシコリを感じました。カントリーマアムくらいのサイズでした。
近くの総合病院に、市民向けの健康診断の申し込みで予約の電話をかけ、しこりがあると伝えると、乳腺外科の予約をおとりします、と言われ、40歳で初めてマンモを受けました。
乳腺外科を独立して構えている外科ではなく、他の外科が専門(消化器など)の医師が、
週に2回だけ乳腺も観てる、とゆう感じでした。
触診も、マンモも、難しい表情をしておられました。すぐにエコー。30分くらいかけて見ておられ、先生呼んできて、とゆう会話。
あー、癌かも。と思い、手足が冷たくなりました。
一旦、待ち合いに案内された時、
癌だったとしても受け入れる。と、手帳に書きました。
その後すぐ、診察室で。
すでに石灰化、画像では4センチがあって、リンパも腫れています。癌の可能性が極めて高いです、と言われ、そのまま針生検となりました。
検査を終え、結果は1週間後、治療についてはその時に、と、先生とお話した際に、
私は手術は希望しますが、化学療法は希望しませんとお話しました。
看護師として、10年程、化学療法に携わっていました。私は血液内科にいましたが、乳、肝臓、大腸など、固形がんの患者さんもおられたので、どうなっていくかはある程度想像がつきました。
働いている時から、もし癌になっても、化学療法はしたくない、と思っていたし、
前夫が亡き後、生きている意味が分からず、そんなに長生きしたいとも思っておらず。。
やっと少し、運動したり、元気になってきた所なのに、自分のメンタルが治療に耐えられるか分からない。
もう心が壊れるのは嫌です。
腫瘍で臭くならないようにだけ、してもらえたら…と。
先生は、ご事情は分かりました。でも、治療をしないなんて、非常に勿体ないです。乳がんは、他の癌に比べて、治療法が進んでいます。と言われました。
診察後、
頭では整理できていても、体はストレスを感じ、動悸、冷や汗、そして涙が出ました。
まずパートナーに連絡。
友達に連絡。
車で来ていたので、運転は危ないかもと思い、母に連絡して、迎えにきてもらいました。
帰りは自転車で。タバコとコーヒー、簡単に食べらそうなもの、を買って、ゆっくり帰りました。途中、休憩に一服しましたが、紙タバコがとてもキツく感じました。
夜、家で話し合い。
母は普段、パニックになりやすいタイプですが、1人で検査に行かせなければよかった、大丈夫?ゆっくり治療しなさいと、冷静でした。
父は、しょうがない!治療頑張ろう!それしかないじゃん!と。
両親は意外に前向きで、ご飯もモリモリ食べていました。
仕事を終えたパートナーが、マグロだったら食べれらる?と、お寿司を買って会いに来てくれました。
治療するの嫌と言ったら、
何言ってるの!頑張ろうよ!大丈夫だから!
生きてくれてるだけでいいから!
と、皆に説得されました。
私は、治療も、容姿が変わるのも嫌だ、
生きてるだけでいいとか、そんな訳ないやん、嘘や!と、メソメソしていました。
パートナーに、別れようと言いました。
今のパートナーとお付き合いを始めてすぐ、
元夫が自死し、私の心は壊れ、働けなくなったり、普通に外出ができないなど、負担をかけてきたのに、今度は癌。見た目も変わる。
これ以上、あなたの人生に迷惑をかけられない。
私は1度結婚しているけど、
あなた(パートナー)はまだキレイだから、
普通じゃない自分が、申し訳ない。
私は初期じゃない、治療も長くなる。
私じゃなくても、いいんじゃない?
彼は、何言ってるの?治療頑張ろう?
頑張ろうよ!と泣いてくれました。
それから3日くらいは、泣いて過ごしました。
状況を受け入れるのに、3日くらい。
4日目くらいからは、あぁ、私、癌か。
会いたい人に会っておかなければ。
食べたい物を食べておかなければ、と、
スイッチが入り、
友達と会うことや、出かける事にいそしみました。
