詳しいことは知らないのだが、僕はラファエル前派に所属したイヴリン・ド・モーガンという女性画家が描いた『フローラ』という作品が好きである。まあ、ローマ神話に登場する女神さまだ。古くはルネサンス期、ボッティチェリ作、ウィフィツイ美術館所蔵の『プリマベーラ』にも描かれている美しい花や春の女神。
 この絵を初めて知ったのは植物と絵画の関係を主題にした書籍だった。専門書である。この絵がハードカバーの表紙になっていた。最初、絵のタッチから見てルネサンス時代の作品なのかな、と思った。拡大されたフローラの髪の毛の質感や瞳の描き方でそう見えた。だが一五〇〇年代にしては随分と綺麗な彩色に感じて違和感を持った。それで本の中にある情報を見るとラファエル前派と言うことが発覚した。四百年近く後の作品だった。

 ご存じの方も多いが、このラファエル前派は、フランスの後期印象派から象徴主義、アール・ヌーヴォー時代に相当する年代だ。コンチネンタルの国々が次々と科学技術との融合を試みる中で、英国だけが古典回帰を行っている時代だ。それもこれもジョン・ラスキンという大物美術評論家が長きにわたって英国美術界を支配していたことに起因する。
 昔、ナショナルトラストの文章などで書いたこともあるのだが、まあ、怒りん坊の偏屈屋。拗らせ系の元祖みたいな人である。
 ロマン主義のターナーの頃からラファエル前派後期のウィリアム・モリスの時代まで十九世紀時代のほぼ全域にわたって、その影響力を持った文化人である。実はこの人、僕は苦手(笑)。何冊か翻訳書読んだけど、相変わらず相容れないなあ。やっぱり美術史家、文化史家ならブルクハルトとかが好きだなあ。

 ラファエル前派は、アール・ヌーヴォー様式と同じく暗い世紀末世相の美術界に華やかさを投じてくれた素敵な芸術様式なのだが、まあ、この時代の英国美術界の乱れ具合も「光と影」と言ったところで、少々オイタが過ぎる部分もある。

 ラファエル前派自体、ロセッティとミレイの両者によって確立された芸術様式だ。ただ知名度を格段に上げたのはモリスである。

 ミレイの名画『オフィーリア』のモデルとなったエリザベスという美女は有名で(水に浮かんでいるあの絵である)、後のロセッティ夫人なのだが、その人生そのものは悲劇のヒロインでもある。詳細はご自分でお調べ下さい。結婚で失敗した人だ。

 ラファエル前派の歴史の中に登場する女性は、もうひとりふたり、有名どころでモリス夫人がいるが、この人も一癖ある女性。
 そう言う意味で芸術に真摯に向き合ったのが、先に述べた『フローラ』のモーガン女史である。
 この当時、絵画のモチーフや主題として美術アカデミーなどで認められているのは、歴史画、神話画、宗教画、風景画、肖像画であり、その中でも前者三つが抜きん出ており、風景画と肖像画でアカデミー主催のコンクールに入選するのは難しいと言われていた。

 このモーガンの作品はそんな神話画のモチーフだ。それもスコットランドに訪問したローマ神フローラだ。凄い設定で描いたな。地中海から北海の町に飛来するのか……。寒そう(笑)。

 様式共通とも言えるラファエル前派の味としては、花の忠実な模写が挙げられる。これはロセッティやミレイにも共通する。
 そして筆致は前述の通り、なかなかの美女であるこの女神様、『プリマベーラ』や『ヴィーナス誕生』のボッティチェリを思い出させる。ラファエロ以前に戻ろうという趣旨のラファエル前派なので、ルネサンスの香りがして当然なのだが、後ろのビワの実は日本固有のもので、当時開園して間もないキュー植物園での写生だろうと言われている。
 絵のタッチはルネサンス様式っぽいが、ポージングと衣装はどこかミュシャのリトグラフを思い起こさせる。そこが僕のツボにはまったのだろうと自己分析する。
 それほど日本国内では有名な画家ではないので、興味のある人はネットなどで調べることになるが、美人の女神様にお目にかかりたい方は『イヴリン・ド・モーガン フローラ ラファエル前派』でググってから、リンクを辿って英国サイトに行くとよい。ちなみにお姿だけ拝見という方にはリンクをはっておこう。今回は少し真面目に文学歴史、文化史のお話。ではまた。

『フローラ』イヴリン・ド・モーガン
http://and-finearts.com/artist/evelyn-de-morgan/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9-2/