このブログは毎月更新です。内容は「闘病記(私が脳梗塞を発症してからの私の手記と妻の手記を中心に掲載)」と「旅行記(私が病気になってから車いすで旅行したもの)」と「デイサービス小景(私が通っているデイサービスの面白い出来事やキャラクターを中心にデイサービスの日常を紹介したもの)」を交互に掲載。旅行記は障がい者(車いす利用者)と健常者との観光モデルコースともなっており(障がい者も健常者もどちらも楽しめます)、闘病記は発病からの経過を記録したものです。「旅行記」と「闘病記」と「デイサービス小景」の3部構成で障がい者や高齢者の理解が進めば幸いです。
●このブログ(闘病記)中で夫婦の手記が混じっているため
私の手記―太文字
妻の手記―普通サイズ
とし書体を替えて、一目でわかるようにした
●文中によく出てくる略語の意味は次のとおりである
ST[speech therapy(therapist)]:言語療法(言語聴覚士)
PT[physical therapy(therapist)]:理学療法(士)
ОT[occupational therapy(therapist)]:作業療法(士)
目次
第1章・・・・・発病してS病院に入院
第2章・・・・・Kリハビリセンターに転院
第3章・・・・・Мリハビリ病院に転院
第4章・・・・・K医療センター
第5章・・・・・再びセンターへ
第6章・・・・・自宅での療養生活
第7章・・・・・発症後、初めての旅行
第8章・・・・・ショートステイ
第6章…‥自宅での療養生活(2005年8月~2008年)
■「私はお父さんのお手伝いさんじゃないよ!」
夫が退院して自宅に戻り、比較的順調に生活が送れている。しかし、様々なとまどいもある。本人にしたら、病院の生活はプライバシーがなく、いろいろなストレスもありながらも、こんなもんだというあきらめで納得できたことも多かったのでははないかと思う。しかし、自宅では病気前の生活がそのまま残っているので、パソコンをやりたい、はがきを作りたい、デジカメの準備をしたいといういろいろ要求が出る。しかしそれをするには他の人の援助が必要になり、家族との摩擦がおきる。
退院当初は、私も休みを取っていたので荷物の整理をしていた夫にそれなりに対応していたが(それでも何度も呼ばれると、用事を何個かまとめてから呼んでと切れていた)、仕事が始まるとそうはいかない。
仕事が終わると、一目散に家をめざす。買い物をする余裕もない。家に着くと、すぐ夕食の準備。みんなの夕食を頭に描きながら、まずは夫のミキサー食の準備。食事をしながら夫の胃ろうのセット。私たちの食事が終わり、夫の胃ろうも終わり、やっと一息ついた頃、これ手伝って、あれやってとの要求・・・・・・。ここで切れてしまうのである。娘も同様。明日デジカメを持っていくためサンプルのカードはどこにいった、パソコンでフォーマットしたいなどの要求に娘もついに切れてしまい、
「今すごく疲れているのに、そうやって次から次に。私はお父さんのお手伝いさんじゃないよ!」
しかし、夫は首を何度もかしげて、なんでやれないか?という感じでこちらの状況を理解しようとしない。最近よく感じることで、どうしてこんなに自分中心にしか考えられないのだろう、まわりの様子を思いやることができないんだろう、病気から性格が少し変わったのか、あるいは障がいから依存的になっているのか、まわりがやって当然と思っているのか。これが最近の喧嘩の種になっている。
来月(9月)は旅行記淡路島・宮島・しまなみ海道編前編を掲載する予定です。この続きの闘病記は闘病記第83回を来年(2027年)2月初めに掲載する予定です。







