このブログは毎月更新です。内容は「闘病記(私が脳梗塞を発症してからの私の手記と妻の手記を中心に掲載)」と「旅行記(私が病気になってから車いすで旅行したもの)」と「デイサービス小景(私が通っているデイサービスの面白い出来事やキャラクターを中心にデイサービスの日常を紹介したもの)」を交互に掲載。旅行記は障がい者(車いす利用者)と健常者との観光モデルコースともなっており(障がい者も健常者もどちらも楽しめます)、闘病記は発病からの経過を記録したものです。「旅行記」と「闘病記」と「デイサービス小景」の3部構成で障がい者や高齢者の理解が進めば幸いです。

 

 

 

 旅行仲間ががんの治療中で出発ぎりぎりまで参加できるかどうか分からなくて、気をもんだが、直前になって何とかいつものメンバーで出かけることができた。まだ治療は続けており、体力も戻ってないので、様子を見つつ出発した。

 今回は淡路島・宮島・しまなみ海道といった瀬戸内海縦断の大旅行である。それにたくさんの橋が見られると思うとわくわくする。私には橋は人と人、文化と文化、経済と経済をつなぐ象徴に思える。しかも橋のある風景は絶景が多いと思う。

 今回は1日目だけは初めて介護タクシーを使うことにした。今まで運転やナビなどに負担をかけていたし、年齢も考えるといい時期かもしれない。しかし使ってみて、目的地に正確につくだけでなく、現地情報やバリアフリー情報についても教えてもらえるので、貴重である。これなら免許が無くても、車がなくても旅行が可能だ。旅行をあきらめる必要はない。介護タクシーを使う場合は、行く観光地の自治体(今回は神戸市役所総合インフォメーションセンタ-)に信頼できる業者を紹介してもらうといい。できれば複数の業者の見積りを取って、選ぶといい。

 待ち合わせは新幹線新神戸駅の改札。車は駅を出て、高速道路に入る。すぐトンネルが続き、真っ暗になる。が、突然視界が開け、何本もの明石海峡大橋の橋脚が頭上を通過して行く。明石海峡大橋は全長3911m、高さは約300m、世界最大級の吊り橋である。

 明石海峡大橋を渡ればもう淡路島である。車は「うずの丘大鳴門橋記念館」に止まる。私たちは2階のレストランに入ったが、混んでいて、かなり待たされたので、予定はくるってしまった。眺めは絶景(レストランの窓から大鳴門橋が見える)。人気があるらしい。玉ねぎが名産でどのメニューも、ボリュームがすごいのでびっくりしてしまった。屋上に展望台があるということなので行ってみたが、車いすの目線の高さまで、塀があり、何も見ることはできなかった。

レストランから大鳴門橋を望む

このボリューム!

 

 

 食後は大鳴門橋を渡って四国の大塚国際美術館に。同館の入り口・受付(健常者はここから入る)と障がい者の入り口(エレベーター)は別なので、障がい者は通常の受付をしたうえで、別の入り口に車で入り直さなければならない(この点は改善してほしいものだ)。私たちはまず地下2階・モネの睡蓮の大壁画の前で記念写真を撮った(ここは屋外にあり自然光がある)。ゴッホのひまわり、モナリザ、最後の晩餐、首飾りの少女などなど、世界的な多くの名画がここ一か所で見られるのはうれしいことだ。私は時間を忘れて見て回った。圧巻なのはシスティナホール(教皇選挙をやるところ)である。実物大で再現され、圧倒的な迫力がある。

モネの睡蓮の壁画の前でハイポーズ!

モナリザ

ゴッホのひまわり

圧巻のシスティナホール

 

 

 淡路花さじきにも向かったが、4時半までに受付を済まさないと入れないということで、入園はできなかった。

あわじ花さじきはタイムアップ(テレビの旅行番組より)

入園できず

 

 

 しょうがなく、私たちはホテルに向かった。車は明石海峡大橋をいったん離れ市街に近づくも、大きく迂回して再び明石海峡大橋のたもとに近づいた。「シーサイドホテル舞子ビラ神戸」のユニバーサルルームを予約しているので、入ると。バスルーム(洗面台とトイレはバスルームにある)は冗談かと思うほど広い。角部屋なので2方向が窓。窓は展望列車のように大きい。しかも明石海峡大橋は手が届くかと思うほど近い。絶景である。食事は和食・洋食・バイキングから選ぶ(和食を選んだが美味しかった)。接客もよく、私が今まで泊まったバリアフリールーム(ユニバーサルルーム)の中で1・2を争うホテルだ。このホテルはお薦めである。

笑っちゃうほど広いバスルーム

バスルームにトイレや洗面台も

バリアフリールームのバスルームからは絶景が

 

 

 

来月(10月)は旅行記淡路島・宮島・しまなみ海道編中編を掲載する予定です。

このブログは毎月更新です。内容は「闘病記(私が脳梗塞を発症してからの私の手記と妻の手記を中心に掲載)」と「旅行記(私が病気になってから車いすで旅行したもの)」と「デイサービス小景(私が通っているデイサービスの面白い出来事やキャラクターを中心にデイサービスの日常を紹介したもの)」を交互に掲載。旅行記は障がい者(車いす利用者)と健常者との観光モデルコースともなっており(障がい者も健常者もどちらも楽しめます)、闘病記は発病からの経過を記録したものです。「旅行記」と「闘病記」と「デイサービス小景」の3部構成で障がい者や高齢者の理解が進めば幸いです。

 

 

●このブログ(闘病記)中で夫婦の手記が混じっているため

 私の手記―太文字

 妻の手記―普通サイズ

 とし書体を替えて、一目でわかるようにした

●文中によく出てくる略語の意味は次のとおりである

 ST[speech therapy(therapist)]:言語療法(言語聴覚士)

 PT[physical therapy(therapist)]:理学療法(士)

 ОT[occupational therapy(therapist)]:作業療法(士)

 

 

                 目次

  第1章・・・・・発病してS病院に入院

  第2章・・・・・Kリハビリセンターに転院

  第3章・・・・・Мリハビリ病院に転院

  第4章・・・・・K医療センター

  第5章・・・・・再びセンターへ

  第6章・・・・・自宅での療養生活

  第7章・・・・・発症後、初めての旅行

  第8章・・・・・ショートステイ

 

 

第6章…‥自宅での療養生活(2005年8月~2008年)

 

 

■「私はお父さんのお手伝いさんじゃないよ!」

 夫が退院して自宅に戻り、比較的順調に生活が送れている。しかし、様々なとまどいもある。本人にしたら、病院の生活はプライバシーがなく、いろいろなストレスもありながらも、こんなもんだというあきらめで納得できたことも多かったのでははないかと思う。しかし、自宅では病気前の生活がそのまま残っているので、パソコンをやりたい、はがきを作りたい、デジカメの準備をしたいといういろいろ要求が出る。しかしそれをするには他の人の援助が必要になり、家族との摩擦がおきる。

 退院当初は、私も休みを取っていたので荷物の整理をしていた夫にそれなりに対応していたが(それでも何度も呼ばれると、用事を何個かまとめてから呼んでと切れていた)、仕事が始まるとそうはいかない。

 仕事が終わると、一目散に家をめざす。買い物をする余裕もない。家に着くと、すぐ夕食の準備。みんなの夕食を頭に描きながら、まずは夫のミキサー食の準備。食事をしながら夫の胃ろうのセット。私たちの食事が終わり、夫の胃ろうも終わり、やっと一息ついた頃、これ手伝ってあれやってとの要求・・・・・・。ここで切れてしまうのである。娘も同様。明日デジカメを持っていくためサンプルのカードはどこにいった、パソコンでフォーマットしたいなどの要求に娘もついに切れてしまい、

 「今すごく疲れているのに、そうやって次から次に。私はお父さんのお手伝いさんじゃないよ!」

 しかし、夫は首を何度もかしげて、なんでやれないか?という感じでこちらの状況を理解しようとしない。最近よく感じることで、どうしてこんなに自分中心にしか考えられないのだろう、まわりの様子を思いやることができないんだろう、病気から性格が少し変わったのか、あるいは障がいから依存的になっているのか、まわりがやって当然と思っているのか。これが最近の喧嘩の種になっている。

 

 

 

来月(9月)は旅行記淡路島・宮島・しまなみ海道編前編を掲載する予定です。この続きの闘病記は闘病記第83回を来年(2027年)2月初めに掲載する予定です。

 

このブログは毎月更新です。内容は「闘病記(私が脳梗塞を発症してからの私の手記と妻の手記を中心に掲載)」と「旅行記(私が病気になってから車いすで旅行したもの)」と「デイサービス小景(私が通っているデイサービスの面白い出来事やキャラクターを中心にデイサービスの日常を紹介したもの)」を交互に掲載。旅行記は障がい者(車いす利用者)と健常者との観光モデルコースともなっており(障がい者も健常者もどちらも楽しめます)、闘病記は発病からの経過を記録したものです。「旅行記」と「闘病記」と「デイサービス小景」の3部構成で障がい者や高齢者の理解が進めば幸いです。

 

 

   最終日は耶馬渓の渓谷美を楽しむ予定だ。耶馬渓に入ると車いす用トイレが少ないので、道の駅なかつに寄る。まず最初のポイントは青の洞門だ。

    青の洞門は禅海和尚という僧が住民が山を越えるのに苦労しているのを見て、ノミと金づちの手彫り(一部数人の石工で掘った部分もある)でほぼ30年かけて掘ったトンネルである。菊池寛の小説にも「恩讐の彼方に」というのがあるが、これは青の洞門の話をモチーフにしている。ノミの跡もくっきりと残っており、苦労がしのばれる。今年(2026年4月より)から青の洞門は歩行者専用で車両の通行が禁止になったそうで、安心して見学できるようになった。ルートも南の公共駐車場(身障者用駐車スペース、バリアフリー対応トイレあり)からほぼフラットの舗装路で青の洞門まで行けるようになったそうである。

    そのすぐそばには競秀峰があり、いかにも山が威厳をお互い競い合ってるようだ。

禅海和尚像

競い合う峰々

 さらに車で道を進み、一目八景へ行く。駐車場に車を止め、展望台の案内板があったので、進んでみたが、舗装もしてない山道が続いている。私は途中であきらめて、他の人に行ってもらった。先に行った人の話ではしばらく山道を登ると展望台があるが、私たちが止めた駐車場の先に大きな駐車場があり、そこからは舗装されていてすぐに展望台へ行けるそうである。私たちは早速車を止めなおし、展望台に。私たちはようやく渓谷美を堪能できた。

一目八景

 

 そろそろお昼になるので、渓石園で昼食にすることにした。渓石園は耶馬渓にダムを造ることを記念して造られた日本庭園。広さ2万㎡で、耶馬渓の渓流を再現。庭とソバ屋が設けられている。車いす用トイレもあるので、とりあえずトイレ休憩した。ここは紅葉の名所でもある。庭を眺めながらそばを食べることができる。私たちはしばらくここで一服することにした。休憩も終わると私たちは中津の市街へ向かった。

紅葉の名所

庭が美しいー渓石園

庭を見ながらそばを食べる

 

 中津は唐揚げの聖地ということで、やはり唐揚げを外すわけにいかない。唐揚げブームの先駆けとなった唐揚げもり山へ行った。帰りの電車の中で食べたが、塩味であっさりしている。中津には唐揚げ専門店がバラエティー豊富にあり、自分の好みに応じて選ぶことができる。

唐揚げもり山

 

 中津の駅に着くと、福沢諭吉生誕の地と書かれている、今までは1万円の顔ということで関連したお土産も多かったが、今は渋沢栄一になって大変だ。きっとまた新たな売り出しポイントを考えていることだろう(大きなお世話だが)。久大本線の特急に揺られながら、ふとそんなことを取りとめもなく考えた。

 

 

来月(8月)は闘病記82回を掲載する予定です。この続きの旅行記は淡路島・宮島・しまなみ海道編前編を9月初めに掲載する予定です。