僕の苗字って「清家」って書いて、


「セイケ」って読むのですが、


全国的にも結構珍しくて、


地元にいた頃も、関東に来てからも、


間違えずに呼ばれることって割とレアだったりします。


(たまに一発で呼ばれるとすごいびっくりしますwそう言う方はたまたま知り合いに同じ苗字の人がいたとか。。)






生まれた時から名前なので、


もう間違われることに慣れてしまっていたり、


相手は読めないだろうなという前提があるのですが。。。






奥さんの場合は、


旧姓が結構わかりやすい名前だったから、


結婚してから


「人の名前をこんなに間違うことってあるの??」


とびっくりしていました。。。






奥さんが電話で何かを予約した時には


十中八九聞き返されて、


「セイケです。」


「・・・セイキ様ですか?」


「いえ、セイケです」


「・・・シイキ様でしょうか?」


「・・・・いえ、セイケです」


「・・・もう一度よろしいですか?」


「・・・清(きよ)い 家(いえ)で、清家(セイケ)です」


「大変失礼しました、セイケ様ですね。。。」


みたいなやり取りが大体毎回発生していますw






僕くらいの上級者になると、


「清(きよ)い 家(いえ)で、清家(セイケ)です。」って聞かれる前から


自ら名乗るようになっておりますw


(日本にその上級者が果たして何人いるのでしょうかw)






まあ、そういうやり取りが日常的に発生するのですが、


間違えられるたびに


「まあ、それでいいわ〜」とはならなくて、


やっぱり正しく呼ばれるまで、


絶対訂正してしまうんですよね。



奥さんもどうやらそうらしいです。。。






多分、間違っているとなんか違和感を感じるというか、


それじゃない感を感じるからな〜って気がします。







やっぱり「違和感を感じること」って、


そのままにしておけないセンサーが発動するんだと思います。






物事にしても、


自分の状態にしても、


「違和感のある状態」が続いていると



なんか「違和感のない状態」というか、


「本来あるべき状態」というか、


「一致感のある状態」


に持っていこうという作用が働くような気がします。







それが外的要因のこともあるし、


内的な気づきによって促されることもあるけど、


「違和感のある状態」って


放置しておくと、必ずそれを軌道修正したり、是正する動きが出てくるんだと思います。






そして、


僕の統計的に、


「違和感」を放置して、


外的要因で何とかしようとした場合、


一見に感じるようなネガティブな出来事を


伴うこともあるんじゃないかと思います。







例えばですが、


自分で一見ネガティブな状態を引き寄せて、


「強制的に環境が変わらざるを得ない状況」にして、


一気に流れや人生の方向を転換させる


みたいなことが起こることもあったりします。







だから、


もし「なんか違う。。。」みたいな違和感を感じた時は、


結構自分自身で


「一致感のある状態」


もっとわかりやすい言い方で言うと


「自分が本来望んでいる状態」


って言うのを導き出すってことをすると、


スムーズに人生を転換させていけるような気がします。






自分の望んでいる方向性が出ると、


時間はかかるかもしれませんが、


面倒臭いと感じることをやったり、


怖いと感じることでもリスクをとってやってみることで、


意外とそっちの方に、人生が流れはじめたり、


舵が切られ始めたりします。


(人によっては「目標」とか「人生の目的」とか「ビジョン」とかいう言い方の方がしっくりくるかもしれませんが。)






「自分の望んでいる方向」って、


自分を整えたり、内観することで出てくることもあったりします。


一人で出すことが難しければ、


時には誰かに深く話を聞いてもらったり、


信頼できる人や専門家の手を借りて導き出してもらったりするのもいいかもしれません。





「違和感」って、


結構サインだったりするので、


「違和感」に気づいたら向き合ってみると、


何か新しい自分や方向性、境地が見えてくるのかもしれません。







 

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