バスターミナルのある地上広場、地下広場、地下駐車場、道路からなる新宿立体広場が完成したのは昭和41(1966)年のこと。
JR、小田急線、京王線、地下鉄丸ノ内線、都営新宿線の各線、そして、小田急百貨店、京王デパートへの通路として常に多くの人が行き交う「広場」です。
この地下広場では昭和40年代の反戦運動の中で、若者による反戦フォーク集会が自然発生的に開かれるようになり、昭和44(1969)年6月29日には約7,000人で埋まったこの広場に機動隊が導入され、ガス弾での制圧が行われました。
それ以後、この「西口地下広場」は「西口地下通路」と名称が改められ、許可のない集会は禁止されています。