とある日曜日。
  六本木で幕末を舞台にした映画を見た帰り、天気もいいので溜池、虎ノ門を抜けて新橋までぶらぶらと歩いてみました。 高速道路が交差し、ガラス張りの個性あふれるビルが並ぶオフィス街は、休日とあって人がまばら。歩きながら先ほど見た映画の影響で、無意識に自分が歩いている街並みに江戸の街を重ね合わせてみました。

  たった140年前、ここ「江戸」では、ちょんまげを結った人が忙しそうに往来を行き来していた……。
電車もなければ、車も走っていなかった。


どんな音がして、どんな空気が張りつめていたのでしょうね。
  建物が低かったから、きっと今よりも空が大きく見えたことでしょう。

  私たちは100年前、200年前の東京を意外なほど知りません。でも東京には、「昔」を垣間見ることのできる場所がたくさんあるのをご存じですか。いながらにして昔が見えてくる。そんなタイムマシンのような場所を隠し持っている東京が、私は大好き!

★見事なオーシャンビューが一望できる「江戸城」
  まあるい緑の山手線の中ほどに、航空写真で見ると本当に緑色の固まりで見えるのが皇居。
  皇居の中には自然を手つかずのままにしている場所があり、本来の武蔵野の面影を残しているとか。皇居の緑は、周囲のオフィス街にきれいな空気を運んでくれています。
  西暦1400年代に、初めてこの場所に城を築いたのは太田道灌(おおたどうかん)
  皇居の中には今も太田道灌がつくった「道潅堀」という堀が残り、外堀も含めて豊かな水に囲まれた場所です。

  その昔、海岸線は今よりずっと内側にあったそうで、道灌のころの江戸城は見事なオーシャンビューのお城だったのでしょう。海は、晴れておだやかなときは綺麗ですが、天気の悪いときは白波が立って灰色の海原に風が吹きすさび、荒々しい様も見せます。
  江戸城は本来戦い守る城で、太田道灌は攻撃と防備の工夫をこらしたとか。攻め寄せる敵を想定しながら、城から怒濤の海を眺める苦悩の日もあったに違いありませんね。

★「おてんば祖母」に一本取られる……の巻
  私の祖母は、東京生まれの東京育ち。若いころはオシャレをして街に出る「おてんばさん」だったというのが自慢でした。会話の中に言葉遊びのような独特の決まり文句が入る粋なヒト。
  たとえば、家族がへまをやらかすと

  「あら、マサちゃんは大馬鹿三太郎だよ」
  「ほんと、あの人はひょうろく玉なんだから」

  と言ったり。

  裁縫箱の前からは  「どっこいしょーの、しょーろきさん」  とかけ声をかけて立ち上がります。
  極めつけはおみおつけのだしの煮干しがなかなか飲み込めない食の細い孫に、ぱっぱと食卓を片付けながら耳元で、

  「いつまでも飲み込まないでいると、
    口の中でウ○コになっちゃうよ」

  びっくりして思わずゴックン。「よくない言葉も悪口もほかにもたくさん知ってるけど、口に出しては滅多に言わないよ」とにこにこ笑っていました。
  あれは東京の言葉だったのか、祖母のオリジナルだったのか。今となっては知る術がないのが何とも心残りです。