1月14日、前日はレコーディングを中止したので、
早めにホテルを出てスタジオに向かった。
 
誰もいないスタジオでピアノを弾きながら、なんとなく「Georgia on my mind 」やBluesを歌ったりしていると、デイヴィッド・Tも早めに来て「Hey ! Masaki ! 」と言いながらいろいろ話しかけてくれた。
 
そして「Georgia on my mind」を、僕のとつとつとしたピアノに合わせて、彼は一緒に弾き始めた!心拍数が上がるくらい緊張した!「Help me ! 」と叫びそうだった。そこに運良くピアニストのクラレンス・マクドナルドが来た。デイヴィッド・Tの提案もあり、急遽プログラムにはない「Georgia on my mind」をレコーディングすることになった。なんかその時、不思議に自分の気持ちが安らいだのを覚えている。
 
そして、ミュージシャンが集まりJimmy Cliff(ジミー・クリフ)の名曲「Many Rivers to Cross」を、やってみた。歌いながら、ダニー・ハサウェイを想い浮かべた。
 
河を、人生に例えた歌。
「乗り越えなければいけない河が、たくさんあるのに、まだ乗り越えられないでいる…」
33才で逝った偉大なるアーティスト、ダニー・ハサウェイが、ずーっと脳裏に浮かんでいた。おそらくレコーディングをしているミュージシャン全員が、ダニーのことを想っていたと思う。演奏が終わっても、黙祷を捧げるような静けさが続いた。誰も言葉を、発しなかった…。
 
しかし、悲しみを乗り越えた安らぎのような空間だったように思う。世界には国や文化を超えて、価値観をも共有出来る音楽がある。はるか遠い国に生まれて、お互いどんなに環境が違っても、人と人を結びつける音楽の力を感じられた瞬間だった。
 
その後も、レコーディングはおよそ1ヶ月続いた。
井上鑑のアレンジによる、素晴らしいホーンセクションや世界のパーカッショニスト、パウリーニョ・ダ・コスタのダビングがあり、力強いと言える太いグルーヴのサウンドが出来上がって行く中、僕と井上鑑は毎日うなずき合いながら感動し合っていた。
 
全日程が終了すると今回のまとめ役のトロンボニスト、ジョージ・ボハノンが彼の自宅でウェルカムパーティーを開いててくれた。僕が彼の家を訪ねると今回のミュージシャン、スタッフそしてジョージの家族の全員が、暖かい拍手で僕を迎えてくれた。家中に出来たてほやほやの、今回のレコーディングの曲が大音量で流れていた。素晴らしいミュージシャンに囲まれて、僕は本当に幸せだった。
 
パーティーの終わりにジョージのお母さんが僕にハグをしてくれた。そしてピアノに座り、息子のジョージに「トロンボーンを吹きなさい」と言って、Bluesの弾き語りが始まった。
 
僕のアルバムのレコーディングが終わったばかりの曲を、ジョージのお母さんへ聴かせたことへの、彼女の感謝の気持ちを込めたお返しの歌だった。全員が敬虔な気持ちとなり、歌と演奏を聴いた。
 
やがて、コール•アンド•レスポンスが始まり、みんなが歌に反応していく。こんな素晴らしい文化がアメリカにあるんだと、感動した!日常の生活の中に音楽があるんだ!聴いているうちに、自然に喜びの涙が流れた。そこから、また一歩、次に進める力を与えてもらえた。
 
あの時のレコーディングで感じた事は、参加してくれたミュージシャンがお互いを尊敬し合い、横で繋がっていながら、それぞれみんなが切磋琢磨しているという、当たり前の事のようなミュージシャンの日常を教えてもらった。
参加してくれた全てのミュージシャンに感謝と敬意を表したい。
 
非常に残念なことだが最高のドラマー、Leon Ndugu Chancler (レオン・ンドゥグ・チャンクラー)は、2018年2月3日に旅立った。
 
因みに、レコーディングした「Georgia on my mind(ジョージア・オン・マイ・マインド」は、次のアルバム「After Midnight」に入っています。